宗教2世の詩人から、同じ境遇の子どもたちへ「君はもう1人の俺」「見殺しにしない」 信仰の強制、教義に反すると虐待…届けたい心の叫び

 

イータビーさんは思いを詩に乗せる(提供写真)

 安倍晋三元首相銃撃事件をきっかけに、新興宗教の信者を親に持つ「宗教2世」の苦しみが注目を集めている。

 生まれながらに親の信じる宗教を信仰するよう強制され、困窮した経済状況に置かれたり、自由な意思による行動を制限されたりしているケースが報告されている。しかし、家庭内の問題として放置されがちで、子も親との関係性から声を上げづらい現状がある。宗教2世たちのそんな心情を、うたう詩人がいる。
「宗教の世界しか見せてもらえず 選択肢がないと思ってる君へ 日本は信教の自由がある 信仰に生きるか、それ以外の道か 誰にも強制はできない 君には自分の思うとおりに発言する権利がある 行動する権利がある そして生きる権利があるんだ」(「虐待の証人」)
 埼玉県在住のiidabii(イーダビー)さん(31)。キリスト教系の「エホバの証人」信者を母に持ち、〝虐待〟を受けて育ったという。
 2018年ごろから、かつての自分と同じように苦しむ子どもたちに届くよう、ラップのように詩を朗読する「ポエトリーリーディング」で、若者らが集まるライブハウスなどの舞台に立つ。彼のこれまでを聞き、詩の世界をのぞいた。(共同通信=石原知佳)

 ▽容疑者の生い立ちに衝撃を受けた
 安倍元首相に対する殺人容疑で送検された山上徹也容疑者(41)=鑑定留置中=は取り調べに、母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に多額の献金をし、困窮の末に家族が離散したことを動機に挙げているという。
 

インタビューに応じるイーダビーさん=7月下旬、埼玉県内

 容疑者の生い立ちが報道で明らかとなり、イーダビーさんもその壮絶さに衝撃を受けた。母が信仰する宗教が異なり、自分の体験をそのまま重ねることは難しいが、親が生活の全てを宗教にささげてしまう状況に置かれるつらさは多少なりとも想像できた。「うちと同じだったのではないか」。少年時代の記憶が改めてよみがえった。

 ▽抑圧した気持ちが爆発したあの日
 熱心なエホバの証人の信者だった母のもとで、4人きょうだいの末っ子として埼玉県で生まれた。物心がつく頃には、毎週3回の集会に参加し、5歳からは自ら家々のインターホンを鳴らし、布教パンフレットを配って歩いた。
 集会中に眠くなったり、教義に反抗的な態度を取ったりすると、母から「神に対して、してはいけないことだよ」とおしりをムチで叩かれた。今でも「めちゃくちゃ痛かった」ことを顔をゆがませて思い出すほどで、おとなしく言うことに従うようになった小3の頃まで何度も続いた。
 教義により輸血が許されないため、小学校の担任には自分で事情を説明し、名札の裏に「輸血拒否」のカードを入れなければならなかった。運動会の騎馬戦や応援合戦にも参加できない。校歌も歌えない。当時大人気だったアニメやゲームも家では禁止された。
 同級生との違いにがくぜんとしたのは中学生の時分。同級生は「先生になりたい」「医者になりたい」とてらい無く夢を語っていたが、自分は、高校卒業後はアルバイトをしながら布教活動に従事することを求められていた。当時の教団の方針で大学進学は推奨されず、自身も他に選択肢はないと思い込んでいたが、「普通」がうらやましくてたまらなかった。本当の気持ちを押し殺し、振り切るかのように一層宗教活動にのめりこんだ時期もあった。

詩を朗読するイータビーさん(提供写真)

 だが進路の選択に迫られていた中3のある日、「バンド活動がしたい」と母に打ち明けたことをきっかけに抑圧されていた気持ちが爆発した。「音楽なんてとんでもない」といさめる母に「本当は(宗教活動を)やりたくない」とぶちまけた。「悪魔の子!」「悪霊がついているのよ」と泣かれ、互いに怒鳴り合い、つかみ合いのけんかになった。この日を境に集会には行かなくなった。
 その後、母とは最低限の会話だけを交わす関係に。高2の頃に男女交際がばれると、教義に反するとして“排斥”された。母と顔を合わせないよう、夜遅く帰宅し早朝に家を出る日々。卒業後は実家から少し離れた町で1人暮らしを始めた。「排斥者とは関わっちゃいけない」と言う母とは、以降ほとんど会っていないという。

 ▽涙とともにあふれた詩
 

路上ライブをしていた高校時代(提供写真)

 路上での弾き語りを始めたのは15歳の時だ。自作の詩を書き始め、次第にポエトリーリーディングの世界へ移っていった。宗教について書く勇気はまだ持てなかったが、自身の心情を詩で表現することは、生きていく支えになった。
 家を出てから就職し、一時は創作活動を離れていたが、その間にお金をためて通信制の大学を卒業した。生活が落ち着いた2018年ごろ、再び詩に取り組みはじめた。27歳になっていた。通勤で運転する車にボイスレコーダーを持ち込み、即興で口ずさむ詩を録音した。
 ある時、こんなことがあった。ふと母のこと、宗教のことが頭に浮かんだ。なぜだか分からないが、言葉が、涙が、後から後からあふれた。気付けば一編の詩ができあがっていた。初めて宗教を題材にした作品だった。

イーダビーさんが書き留めた詩。何度も推敲する

 「僕は分からない 白か黒でずっと判断するように言われてきた 神にとって何が善か悪か ただそれだけで 自分の判断するものなんてなにもない」「それでも僕は空に出会えて 言葉に出会えた うまくいかないことばかりでも生まれてきてよかったと思う」(「夜空を見る」)

 ▽あの少年は「俺」に他ならない
 ライブハウスで「夜空を見る」を披露した時、1人の少年に「いっしょですね」と声を掛けられた。聞けば、彼も宗教2世。同じように親にムチ打たれて育ち、家出を繰り返していた。

イーダビーさんが書き留めた詩。「神様のいない世界をください」

 自分は過去を克服したと思っていた。だが、目の前にいるのは「もう一人の俺」に他ならないのではないか。「何かやらなければ」と強い焦燥感に駆られていた。同じく宗教2世の音楽プロデューサーとの出会いも大きかった。曲に乗せて詩を朗読するスタイルに変えたことで創作の幅が広がり、作品が持つ訴求力も増した。2020年以降、二人三脚で代表作「虐待の証人」などを発表していった。
 「声を上げるんだ 俺たちの過去は変えられない しかしこれからは変えられる 子どもたちを俺らと同じ目に遭わせないために」「俺が黙って何もしないことはあの大人たちと同じじゃないのか 俺はどこかにいるもう1人の俺を見殺しにするのはもうやめたんだ」(「虐待の証人」)
 「宗教って人を幸せにするための物なのに なんでこんな大勢の人が泣いてるんだ 俺だってこんな曲作りたくない でも作るしかない 何でだと思う? 何も変わってないからだよ」(「地獄」)
 宗教2世の苦しみを表現した6作品をまとめた音楽アルバム「地獄に生まれたあなたへ」を昨年11月にリリース。ライブハウスなどで披露する他、一部はユーチューブでも公開している。「元気づけられた」「2世の声なき声を代弁してくれた」と、ツイッターなどSNSを中心に共感の輪が広がっている。

 ▽自由であることに気付いてほしい
 「信教の自由は誰にでもある。母に宗教をやめてほしいと思ったことは一度もない」とイーダビーさんは言う。「この宗教に出会えてよかったと言う2世もいるし、そのことは尊重されなければならない。でも『子どもが信仰しないから』と暴力や精神的に追い詰めて無理やり従わせようとすることは虐待でしかない」と強調する。

インタビューに応じるイーダビーさん=7月下旬、埼玉県内

 当時、自分が母から受けた行為が虐待だったと認識できたのは大人になってからという。きょうだいも同じ扱いを受け、父は無関心だった。学校の先生や周囲に助けを求めることは思いもしなかった。振り返ってみると、つらい記憶ばかりだった。
 これからの子どもらが同じように苦しまない社会になってほしいと願うばかりだが、それが簡単でないことも分かっているつもりだ。
 だからまずは本人が、親と同じ人生を送ることだけが正解ではないことに気付き、自分らしく生きる自由や権利があることを知ってほしいと思う。「子ども自身がそこに気付いて、『助けて』と声を上げる事が大事。めちゃくちゃ高い要求をしていると分かっているけど、今はまだそうするしかない世の中だと思う」と悔しそうに語る。
 イーダビーさんにとって、詩は自身の体験から生み出されるものだ。母がはまった宗教は、信者に極端な金銭負担を強いる教義ではなく、詩でも経済的困窮には触れていない。そのため、仮に山上容疑者が自分の詩を読んだとしても「心に響かなかったかもしれない」とも感じる。全ての人と理解し合うことはできないかもしれないが、心を寄せることはできる。苦しみの中にいる1人でも多くの人たちに「詩よ、届け」と願っている。
 「あの日の自分を迎えに行こう 遅れてごめんな 君を助けにきた」「自分の意思で歩くその一歩は神様も世間も誰も見ようとはしないけど でもその一歩はあなたの誇りになる だから絶対に諦めるんじゃねえぞ」(「キノコマン」)

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