宇都宮市の道の駅「道の駅うつのみや ろまんちっく村」に、クラフトビールの醸造所がある。クラフトビールの原料に使っているのは、本来なら廃棄されるはずだったさまざまな食材だ。栃木県は食品ロスが多いと知った地元の商社「ファーマーズ・フォレスト」が開発したが、試行錯誤の連続だった。クラフトビールの香りや味わいは、工程のわずかな違いで大幅に変わってしまうためだ。それでも廃棄食材にこだわったのは、地域への貢献を考え「エシカル」を追求したから。エシカルとは「倫理的な」の意味で、商品生産や労働環境などへの心配りが環境保全につながるとして、持続可能な社会を目指す「SDGs」とともに、近年世界的に注目されている。クラフトビールを使って「もったいない」を味わいに変えた舞台裏を取材した。(共同通信=中西里彩子)
▽栃木の食品ロスは、事業系の廃棄物が多い
開発のきっかけは、2018年度の食品廃棄物に占める食品ロスの割合が、栃木県は全国平均の約2倍と高かったこと。食品ロスの内訳をみると、食べ残しなどの家庭系からよりも事業系の廃棄物が多く、その大半は製造過程で発生していた。その理由について、県の担当者は「食品製造業が盛んな県の特色が起因しているのではないか」とみている。
ファーマーズ・フォレストは、本来は廃棄されてしまっている「もったいない」食材を有効活用できないかと考え、栃木県産麦芽と組み合わせたクラフトビール「エシカルシリーズ」を計画した。
まず製品化に取り組んだのは、ワイン製造の過程で出るブドウを搾った後に残る皮と種。皮と種を提供する栃木県足利市にあるワイナリーでは、一部を飼料として農場などへ提供し、残りは費用をかけて廃棄していた。これを副原料として使うことで、ブドウの香りを生かしたクラフトビールができるのではないかと考えた。
▽ビールにブドウのフレーバーを
クラフトビール製造は、まず麦芽の投入から始まる。使う麦芽ももちろん栃木県産だ。栃木は二条大麦というビール用の麦の一大産地で、100年以上日本一の生産量を誇った麦どころという歴史がある。
麦芽にお湯を加え、麦のデンプンを糖に分解する。すると、醸造所内がほんのり香ばしい麦風味の甘い香りで包まれる。
次に、できた麦汁を搾り、麦芽の殻などを取り除くためにろ過する。このろ過用の仕込み水に使われるのがブドウの皮と種だ。
あらかじめワイナリーからブドウの皮と種を受け取り、軽く乾燥させておいたものをネットに入れ、お湯につけてエキスを抽出。これを仕込み水とすることで、ビールにブドウのフレーバーが付く。
最後に、ビールに苦みと香りをつけるため、ろ過した後の麦汁にホップを加え、煮沸する。それを冷却し、酵母を添加し、発酵熟成すること1カ月でクラフトビールができあがる。
▽試行錯誤は「化学の実験」
問題は、仕込み水用にブドウのエキスを抽出するために皮と種をつけ込む時間やタイミング、どんな状態の皮と種を使うかだった。皮や種からはブドウ特有の渋みが出やすい。試作を何度も繰り返したが、ほんの少しの差でも香りや味の出方が大きく変わってしまう。醸造担当者は「まるで化学実験のようだった」と振り返る。
試行錯誤の末に製法を確立。ブドウの糖分や酸味がホップの苦みを抑え、ほのかに白ワインのような香りもする爽やかな風味のクラフトビール「ポマースエール」が完成した。廃棄されるはずの皮や種が、見事にうまみに変わっていた。
▽パンの耳でビールはできない?
他に手がけたのは、ビールではなく発泡酒。発泡酒と聞くと麦芽の使用比率が低く、味が薄かったり、値段が安かったりというイメージが強い。
しかし、ビールと発泡酒の違いはそれだけではなく、副原料として何を、どのぐらい使うかによっても決まる。米やトウモロコシなど酒税法で定められているもの以外を使うと、たとえ麦芽の使用比率がビールと同様に50%以上を超えていても、発泡酒に分類される。また副原料として認められているものであっても、使用麦芽の5%を超えると発泡酒になる。
取り組んだ廃棄食材は、パンの耳。法律で定められた副原料に該当しないため、ビールにならず、発泡酒になった。
ファーマーズ・フォレストは当初、ビールの製造免許しか持っていなかったため、発泡酒の免許を昨年冬に取得。ここでも試行錯誤と新しい挑戦の末に、パンの耳を使った「ブレッドラガー」が完成した。
▽クラフトビールで「栃木県そのもの」を発信
醸造所長の山下創さん(51)は「地域を発信する道具として、クラフトビールは便利だ」と話す。清酒やワインは、米やブドウなど法律で定められているそれぞれの原料以外のものを使うことは難しいが、クラフトビールは麦芽の他にどんなものとでもブレンドすることができるためだ。日本にクラフトビールの正確な定義はなく、ビールと発泡酒のどちらも「クラフトビール」として製造・販売されている。
栃木はビール麦の一大産地という強みがあるため、地元の食材を副原料として使うことで「栃木県」そのものを発信できる―。山下さんは約10年も前からそう考えていたという。
2種類のクラフトビール「エシカルシリーズ」が今年5月に販売開始されると、県内外からの問い合わせが増えた。
▽栃木でコーヒー栽培?
山下さんたちの挑戦は終わらない。今取り組んでいるのは、カスカラと呼ばれるコーヒーの実から種を取り除いた皮と果肉を乾燥させたものだ。コーヒーは栃木県那珂川町で栽培。栽培地はもっと暑い地域というイメージが強いが、廃材や材木の皮などを燃やして熱源を生み出す那珂川町のバイオマス発電でできた熱をハウスに入れ、栽培されている。
山下さんらは、コーヒー豆を取り除いたものを乾燥させ、まず「カスカラティー」というお茶を作る。それを煮沸を終えた麦汁に加え、発酵させて「カスカラサワー」という発泡酒にする。栃木県産の原料で作ったサワーの販売開始は今秋10月頃の予定だ。
この企画は宇都宮市内の大学生も主体となって参加し、コーヒーの実の収穫と皮むきも一緒にしたという。大学4年生の田中悠太郎さん(22)は「もったいないを最後まで使い切る形にしたい。クラフトビールを通じて伝えたいことがたくさんある」と話す。
▽「生産者の思いを無駄にしない」
エシカルシリーズの新たな企画は、今後もまだまだあるという。食品ロスを防ぎ、地域の魅力をアピールするため、常に地域の人々の声を聞き、アイデアを模索する。「地域の課題」を、付加価値の加わったクラフトビールに変えていく。ファーマーズ・フォレストの中山高行課長代理(39)は「生産者の思いを一滴たりとも無駄にしないぞという思いが、エシカルなクラフトビールには込められている」と話している。