テデスキ・トラックス・バンドの4枚のアルバムから成る6作目の画期的なスタジオ作品『I Am The Moon』の最終章『IV. Farewell』は、アメリカ屈指のロックンロール・ビッグバンドとして12年目を迎えたグループの驚くべき冒険と新しい門出を締めくくる。
8月26日のアルバム・リリースに先駆けて、全曲入りフィルムがプレミア公開された。
クリエイティヴ・ファミリーとして深く進化させたプロジェクト
4枚の異なる、そして同時に深く結びついたアルバムには、危機と分断の時代における献身の力を捉えた合計24曲のオリジナル曲が収録されており、バンドでのソングライティングと演奏によって新しいエネルギーが生まれている。「Last Night In The Rain」で始まり、「Another Day」で終わる最終章『IV. Farewell』は、ある辞書によると、「別れ際の幸福を願う言葉」であり、その先にはさらなる道と愛が待っているのだそうだ。
壮大な4作をあわせた本作『I Am The Moon』は、12世紀にペルシャの叙事詩家、ニザーミー・ガンジャヴィによって語られた、古典アラビア語の伝説として最もよく知られている「ライラ」と「マジュヌーン」の情熱、悲劇、自己発見の交錯に新しい解釈を与えるというもの。
この物語は「アイデアを生み出す出発点だった」と、妻でシンガー/ギタリストのスーザン・テデスキとグループの共同リーダーであるギタリストのデレク・トラックスはこのように話す。
「でも、その曲の中に出てくるイメージにどんどん引き込まれていったんだ。『I Am The Moon』は2020年の晩夏から2022年の初頭まで、約2年間かけて書かれ、録音され、改良されたので、その多くは、パンデミック生活の類似性からも情報を得ていた」
そしてテデスキはこう語る。
「私たちが作っているすべての音楽を理解するのには時間がかかりました。そして、シークエンスはとても重要です。曲の感じ方を変えることができるのです」
そこにトラックスはさらに付け加える。
「私たちはアルバムをエピソードとして考えるようになり、映像も一緒にリリースすることになりました」
その映像とはアリックス・ランバート監督による『アイ・アム・ザ・ムーン:ザ・フィルム』だ。『I Am The Moon』の各アルバムの収録時間は、TTBが好きな60年代と70年代のロックやジャズのアルバムと同等になっているが、これも要因のひとつだそう。「ストーリー・アークを4つのパートで考えると、完璧にフィットするんだ」。
キーボード奏者のゲイブ・ディクソンは、トラックス、テデスキ、マティソン、ドラマーのタイラー・グリーンウェルとともに『I Am The Moon』の主要作家陣の一人である。彼はこう語る。
「このアルバムがどのようなサウンドになるかについて、先入観はなかった。僕たちはただ、音楽を追求したんだ。それがこのバンドの本質なんだ」
しかし、ディクソンはこうも語る。
「もしあなたが曲を、説得力のある歌詞のアイデアや特別な次元を持っていないなら、ただインストゥルメンタルを演奏した方がいいかもしれない。このアルバムでは、バンド全員のグルーヴとフィーリング、そして演奏を披露する魅力的な曲があるんだ」
テデスキ・トラックス・バンドは、ベーシストのブランドン・ブーン、ドラマーのアイザック・イーディ、シンガーのマーク・リヴァースとアリシア・シャコール、ホーンではサックスのケビ・ウィリアムス、トランペットのエフライム・オーウェンズ、トロンボーンのエリザベス・リーと共に、『I Am The Moon』を引っ提げツアーに出ており、マティソンは「2部構成のショーの中の1部では一つのエピソードを演奏するのはどうかというアイデアについて話し合ったことがある」と言う。
また、このプロジェクト全体をライヴで演奏することも検討されているとトラックスは笑いながら言う。
「昨日、スーがその話をしていたよ。それに、いずれは最初から最後まで丸々演奏するというアイデアもいいと思っているんだ」
「ライラとマジュヌーン」を読み、そこから発想を得てバンドに提案したマティソンは、『I Am The Moon』がテデスキ・トラックス・バンドをクリエイティヴ・ファミリーとして深く進化させたと考えている。
「私たちは、自分たちが書くものをどのように構想するかということについての障壁を取り払ったのだと思う。それは今後に役立つだろう。私たちは、書こうと考えているコンセプトやアイデアをより多く持っている。それが今、僕らのヴォキャブラリーの一部になっているんだ」
それでは1曲ずつ、『アイ・アム・ザ・ムーン』の最終章『Farewell』の解説をどうぞ。
全曲解説『I Am The Moon: IV. Farewell』
1. Last Night In The Rain
ディクソンのエレクトリック・ピアノは、1970年の『John Lennon/Plastic Ono Band』に収録の「Isolation」の物思いにふけるマーチのように入り、長距離の献身の孤独を歌った曲にふさわしい響きとなった後、ジョージ・ハリスンのソロ大作『All Things Must Pass』の大きな空と広い大地へと変わっていく。この曲では、「すぐにでもそこに行けることを あなたは気づいていない 見逃していることを」。とテデスキが歌い、それはまるで苦悩と同時に挑戦しているよう。
2. Soul Sweet Song
トラックスとマティソンと共にこの曲を作曲したディクソンについて、
「あれはゲイブだった。彼がコフィについて書くというアイデアを持っていたんだ」
コフィとは、2018年末にディクソンが加入したとき、最初は一時的に病気だったオリジナルTTBキーボード奏者コフィ・バーブリッジのことだ。(バーブリッジは2019年2月、グループでの最後のアルバム『サインズ』がリリースされた日に亡くなった)。さらに以下のように続ける。
「ゲイブがコフィについて歌詞を書いている(I feel your rhythm moving me/’Cause your soul’s sweet song’s still singing)-あれは眉間に響いたよ」
スペシャル・ゲストのマーク・キニョネス(オールマン・ブラザーズ・バンドでトラックスと長年のバンドメイト)がコンガを叩き、この祝祭にふさわしい、親しみやすいリズムの要素を加えている。
3. D’Gary
「かなりワイルドな曲です」とテデスキは言う。このサハラ砂漠のブルースとスピリチュアル・ジャズを巡る長旅は、トラックスがお気に入りのギタリストの一人、90年代初頭にアメリカで初めて聴いたマダガスカルのアコースティックな名手、デガリから名付けたものである。トラックスが曲を書き、バンドが演奏し始めると、とテデスキは以下のように続ける。
「歌詞の視覚的なアイデアが浮かんできました。レコーディング中に出てきたんです。書きながら歌いました」
彼女は、シンガーソングライターのジョン・プライン(2020年4月、パンデミックの最初の数週間に死去)をインスピレーション源として挙げている。「彼の書き方はとても視覚的だったから」そして、日本の著名な作家である村上春樹についてもこのように話す。
「デレクが村上春樹を名付け親に持つ友人と話していたこともあり、デレクの音楽を聴きながら2人のことを考えてたら、歌詞が全部出てきました」
4. Where Are My Friends?
この曲は、マティソンの『I Am The Moon』の初期デモの2曲目(『I. Crescent』に収録されている「Fall In」がもう1曲)で、マティソンによれば、「ライラとマジュヌーン」の歌詞の可能性を「どこまで行っていけるかという例」として、トラックスとテデスキに送られたものだ。トラックスは「ライラとマジュヌーン」についてこのように話している。
「彼がこの曲を送ってきた頃、ちょうど読み終えたところだったんだ。パンデミック(世界的大流行)が進むにつれて、家族や人間関係にストレスがかかる。それはまるで、恋に悩むロックスターがそこから抜け出し、一人になってしまったマジュヌーンのように思えた」
この静かなR&Bの嵐は、テデスキ・トラックス・バンドやデレク・トラックス・バンドで作曲や演奏をしているギタリスト、エリック・クラスノが参加しており、最後にトラックスの泣きのスライド・ギターで絵的に華を添えている。
5. I Can Feel You Smiling
わずかにアレンジされたこのバラードは「書くのが楽しかった」とトラックスは言う。
「朝起きて、曲があって、それを携帯に入れたんだ。ウッド・ブラザーズのシンガー/ギタリストであり、テデスキ・トラックス・バンドとも長い付き合いのあるオリバー・ウッドが書いたであろう曲を彷彿させたので、彼に送ってみたんだ。彼は、『ここ数日、このメロディを頭に浮かべたまま目が覚めたよ。これに合わせて何か書いてもいいかな?』と返事をくれた。私は『好きにしろ』と言ったんだ。その後ウッドから1つのヴァースとコーラスが入った美しい録音が送られてきて、『よし、この曲は完成だ!』って思ったんだ」
ディクソンの貢献もあり、作曲、編曲、演奏というグループ・ワークの倫理が、『I Am The Moon』の全曲に反映されていることがよくわかる。
6. Another Day
「議題のひとつは、”希望に満ちた終わり方をするのか、しないのか “ということだった」
とトラックスは語る。「ライラとマジュヌーン」はそうではなかった。ガンジャヴィの詩では、ライラは恋の病で死に、マジュヌーンは彼女の墓の前で、彼女と一緒になるのだ。
「でもね、私たちは希望に満ちた終わり方をせずにはいられない–それが私たちのやり方なんだ」
本楽曲では再会はないが、『I Am The Moon』の物語を動かしてきた愛の力にも終わりはないのである。フル・バンドとトラックスのスライド・ギターは、トラックスが言うように「一歩ずつ前に進む」サウンドで、テデスキはコーラスで「きっとあなたは自分の道を見つけることができる」と歌っている。
Written By David Fricke