斉藤由貴の傑作アルバム「チャイム」は水嶋凛がカバーした「予感」で幕を開ける  母から子に歌い継がれる名曲

アルバム全体の印象に与えるオープニングトラックの影響

名盤はオープニングトラックで決まる!

―― と言い切るのはさすがに乱暴すぎるだろうか。だけど実際、ガンズ・アンド・ローゼス『アペタイト・フォー・ディストラクション』の1曲目は「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」だし、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』の1曲目は「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」だ。大瀧詠一『A LONG VACATION』の始まりが、もし「君は天然色」じゃ無かったら……。ほら、やっぱり1曲目は重要なのだ。

もちろん例外も山ほどあるが、オープニングトラックの出来がアルバム全体の印象に与える影響は決して小さくない、と私は思っている。アルバムの世界観を決定づける、いわば “顔” 。その点では、斉藤由貴のサードアルバム『チャイム』もまた、名盤の要件を満たした作品だと言えよう。

このアルバムの1曲目は「予感」だ。CD版では「指輪物語」(こちらも良曲である)がボーナストラック扱いで「予感」の前に収録されているが、ここでは1986年リリースのLP盤の曲目に準じて話を進める。悪しからず。

超多忙の隙間を縫ってレコーディングされたアルバム「チャイム」

本題の前に、この時期の斉藤由貴の背景を振り返っておこう。本作のリリースは1986年10月21日だが、直前までNHK朝の連続ドラマ小説『はね駒』が放送されていた。最高視聴率49.7%という国民的ドラマのヒロインを演じた由貴は、アイドル戦国時代において頭一つ抜けた地位を確立。カルピスやAXIAへのCM出演が好評を博す一方、3月にはセカンドアルバム『ガラスの鼓動』がオリコン週間チャート1位に輝くなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの快進撃が続いていた。

したがって、前作からわずか7ヶ月という短いスパンでの発表となった『チャイム』は、超多忙の隙間を縫ってレコーディングがおこなわれたことになる。そうした慌ただしい状況にもかかわらず、好奇心旺盛な由貴は、歌入れのみならず前作に続いて作詞に挑戦。『月刊カドカワ』での短編小説の連載など、後に研ぎ澄まされていくアーティスティックな感性は、デビュー2年目にして早くも片鱗をのぞかせていたのだ。

斉藤由貴みずから作詞した「予感」

オープニングを飾る「予感」も、本人による作詞だ。

 靴音さえも 遠のいていく
 乾いた色の 無声映画ね
 あなたのくちびる てれたように
 閉じた瞬間音がもどる世界よ

比喩を使いながら情景をドラマティックに描写する技法は、松本隆を彷彿させる。この辺りの感性は、由貴自身の持って生まれた天性もさることながら、松本隆、森雪之丞、谷山浩子、銀色夏生といった “イケてる大人達” との交流の中で磨かれていったものと推測できる。

この曲をオープニングトラックに抜擢したスタッフ陣の英断にも拍手を贈りたい。自身主演のカルピスCMソングにも使われたこのミディアムバラードは、今なおファンの支持を集める人気曲であるが、意外にもシングル化はされていない。

大ヒットシングル「悲しみよこんにちは」ではなく、「予感」

清純派アイドルのアルバムならば、シングルで大ヒットした「悲しみよこんにちは」を先頭に置き、明るく元気にスタートダッシュを図るのが正攻法だろう。凡庸な発想しか浮かばない私のような人間がプロデューサーを務めていたら、間違いなくそうしたはずだ。

ところが本作ではバラード調の「予感」が先に来て、2曲目に「悲しみよこんにちは」という構成になっている。これにより「予感」の持つ柔らかな余韻が作品全体を包み込み、リスナーは最後まで心地よさに身を委ねながら聴くことができる。由貴のファルセットが優しく広がるサビは、ゆりかごのようであり、羽衣(はごろも)のようであり……。

10年ほど前からアイドルや美少女キャラを「天使」と言い表す文化が定着したが、斉藤由貴は1980年代の日本において最も「天使」に近付いた存在なのではと、「予感」を聴いていると、本気でそう思えてくるのである。

水嶋凛「予感」のカバーで歌手デビュー

時は流れて令和4年。女優の水嶋凛が、なんと同曲のカバーで歌手デビューするというニュースが飛び込んできた。「卒業」でも「悲しみよこんにちは」でもなく、世間一般では決して知名度の高くない「予感」というチョイスがおもしろい。

言わずと知れた音楽プロデューサー・武部聡志氏いわく、「母親譲りの透明感、浮遊感、エアリーさが魅力の声質だと思います」とのこと。

『ちむどんどん』等で独特の存在感をみせる水嶋凛が、歌い手としてどのような世界観を作り上げるのか。とても楽しみだ。

カタリベ: 広瀬いくと

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