「退職届を今ここで出さなければ、君を推薦した大学の恩師に話します」残業代を求めた若手に、幹部は言い放った 長時間労働とパワハラ、対処法は「会社の外」に

被害を受けた状況を話す男性=7月

 地質調査会社「基礎地盤コンサルタンツ」東北支社(仙台市)で働く20代の男性は、恒常的に長時間勤務をしていた。しかし、会社は残業代をほとんど支払わない。うつ状態になり、休職した男性が残業代を求めたところ、会社の返事は「あなたが戻る席はない」。絶望的な気持ちになった男性だったが、助力を得ながら闘い続けた結果、ついに労働基準監督署から会社に是正勧告がされた。
 過酷な長時間労働やパワハラに遭っても、泣き寝入りするケースは多い。厚生労働省が昨年公表した職場の実態調査によると、被害者の3割超はパワハラを受けた後、何もしなかった。そのうちの3分の2は「何をしても解決にならないと思ったから」と諦めていた。自分がもし被害に遭ったら、どうすればいいのだろう。「一度は諦めかけた」というこの男性に、行動を振り返ってもらった。(共同通信=山岡文子)

 ▽現場と宿の往復、残業は月90時間超も
 男性は2019年に入社した。建設工事予定地の地質を調べるのが仕事だ。現場は山の中が多く、宿に泊まって早朝に車で出発し、夜に宿へ戻る日々。仕事の日程は、下請けのボーリング業者に合わせる必要があるため、土曜勤務も多かった。
 一度調査が始まると、こんな生活が2、3カ月続く。男性は「会社に『なんとかしてほしい』と訴えて、人を増やしてもらったこともあります。でも、残業自体は減りませんでした」と振り返る。
 法定外の残業時間は昨年9月が63時間半、10月は90時間半、11月68時間半、12月74時間。実際に支払われた残業代は一部にすぎない。裁量労働制が適用されていたからだ。
 裁量労働制は、実際に働いた時間に関係なく、一定時間を働いたとみなして残業代相当分を支払う仕組み。仕事の進め方や時間配分を労働者に委ねる業務が対象だ。時間はあらかじめ労使協定で決めておく必要がある。柔軟な働き方が可能になるとされる一方で、会社側が過大な負荷を与えて長時間労働につながると懸念もされている。
 男性は「自分に裁量などない」と思っていた。ただ、現場と宿の往復で、会社にはほとんど行けず、誰にどう相談すればいいのかも分からない。体調を崩し今年2月から、会社を休み始めた。

 

 ▽会社から呼び出され「もう信頼関係は築けない」
 そんなとき、友人が「総合サポートユニオン」の存在を教えてくれた。ユニオンは個人でも加入できる労働組合。電話をすると、男性の地元にある「仙台けやきユニオン」を紹介された。話を聞いた担当者らから、取るべきステップを一つずつ教わり、男性は動き始めることにした。
 まず、会社の裁量労働制について調べた。すると、制度を導入する際、適切な労使協定を結んでいなかったことが分かった。早速、会社に内容証明を送った。「裁量労働制は無効なので、残業代を払ってほしい」
 しかし、会社は「制度に問題ない」と返答し、支払いにも応じない。
 男性は次に、仙台労働基準監督署に申告。すると5月、会社に呼び出され、幹部から告げられた。
 「内容証明を送ってきたり、労基署に申告したりしてきたので、もう信頼関係は築けない」「休職期間が10月に終わっても、戻る席はない。この場で退職届を出してほしい」
 さらに、幹部はこう続けたという。
 「退職届を出さなければ、(入社時に)誓約書に署名したお母さんと、あなたを推薦した大学の恩師に話す」
 男性はショックを受けた。「プライベートな人を人質に取って黙らせるようなやり方に、怒りで頭が真っ白になった」。結局、その場は退職届を出さず「1週間考えさせてほしい」と言って外へ出た。
 「1人ではこれ以上闘えない」と思った男性は、ユニオンに正式に加入。ユニオンは会社と団体交渉を2回実施した。「退職勧奨時の発言は違法だ」として、再度、労基署に申告した。
 ユニオンの担当者によると「『お母さんや恩師に言う』という発言は、脅迫的な発言でパワハラです。だから謝罪を要求しました」。発言について会社は謝罪したが、男性はその内容に納得していない。会社は残業代を男性に支払ったが、ユニオン側が求めた金額とは乖離があり、交渉は今後も続くという。会社は「団交中のため答えられない」としている。

▽「労基署への申告は、労働者の権利」
 申告を受けた仙台労基署は7月、会社に対して2件の是正勧告を出した。
 うち1件は「裁量労働制を導入した際の手続きは不適切なので無効」という内容で、未払いの残業代を支払うよう求めた。もう1件は「労基署に申告した労働者に対し『戻る席はない』などと発言し不利益な取り扱いをしたことは違法」と認定したものだ。
 この是正勧告の意味について、ハラスメントや長時間労働に苦しむ人を支援する「日本労働弁護団」の新村響子常任幹事は、こう解説する。
 「そもそも申告は労働者の権利なので、全く問題ありません。ですから申告したことを理由にした幹部の発言は報復に当たると労基署は判断したわけです」
 申告した内容が結果的に違法でなかったとしても、問題視はされない。「仮に申告した内容に違法性はないと労基署が判断しても、申告自体が非難されるものではありません」
新村さんは、今回の男性のケースが裁量労働制の問題点を浮き彫りにしたとみている。「裁量労働制は違法な長時間労働を誘発します。それなのに政府は『コロナ禍でテレワークが増えたので、柔軟な働き方が必要』という言い方で制度を拡大しようとしています。悪用する企業が後を絶たないのに、非常に危険です」

 ▽パワハラ自体は禁止していない法律
 パワハラを巡っては、2020年6月、いわゆる「パワハラ防止法」が大企業に適用され、今年4月からは中小企業も対象になった。この法律に基づいて2021年度に全国の労働局などに寄せられた相談は、約2万3千件に上った。今回の男性のケースにように、パワハラは続発している。

「総合サポートユニオン」執行委員の坂倉昇平さん

 「総合サポートユニオン」執行委員の坂倉昇平さんは「この法律は、パワハラ自体を禁止しているわけではないんです」と説明する。どういうことか。
 「防止法が企業に義務づけたのは『パワハラをしてはいけない』と周知することや、相談窓口を設置して適切に対応することです。防止措置を形式的に行えば義務を果たしたことになります」
 坂倉さんは、企業が実施しているハラスメント研修の内容にも問題が多いと感じている。「それは『加害者にならないためには、どうすればいいか』という視点に立っているからです。もちろん、加害者にならないように気を付けることは大事です。でも現にパワハラは起きています。必要なのは『パワハラを受けたら、どうすればいいのか』という研修なんです」

 ▽被害者が退職前にすべき3点
 では働く人が身を守るには、どうすればいいのか。坂倉さんは(1)証拠を集めること(2)休むこと(3)社外の専門家に相談すること―の3点を挙げる。いずれも、退職する前にすることが大切という。 

パワハラの背景を分析した坂倉さんの著書「大人のいじめ」

 会社で使っているメールやチャットなどにパワハラや残業の証拠が残っている可能性が高い。「退職してしまうと、メールのアカウントが削除されたり、ライングループから外されたりしてしまいます。そうなると、証拠を集めるのが難しくなります」
 休職中であれば、職場の健康保険が使えるため、診断書をもらったり通院したりしやすくなる。さらに、退職すると、すぐに生活費に困る可能性もある。「そうなると就職活動に時間をかけられず、パワハラが起きるような職場で、また働かざるを得ないという恐れも出てきます」
 3点目、社外の専門家のほうがいいのはなぜだろうか。
  「会社に相談するなと言うつもりはありません。でも、きちんと対応する会社は少ないと感じています。残念ながら私たちも、全ての被害に対応しきれたわけではありません。強調したいのは、会社だけが相談先だと思い込まないでほしいということです」

 ※「総合サポートユニオン」(https://sougou-u.jp/)と 「日本労働弁護団」(https://roudou-bengodan.org/)は、ホームページに相談先を掲載している。

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