楕円銀河M87のブラックホールを取り巻く光「フォトン・リング」の解析に成功!

【▲ 図1: ブラックホールの周りには、理想的にはこのように細い光の円が見えるはずです。これは「フォトン・リング」と呼ばれています(Credit: Broderick, et.al.)】

2019年4月、世界中の電波望遠鏡が連携した国際協力プロジェクト「EHT (イベント・ホライズン・テレスコープ)」が、世界で初めてブラックホールを直接撮影することに成功した、と発表しました。当時のニュースをご存知の方は多いでしょうし、赤色から黄色で描かれたドーナツ型の画像を見てピンと来る方もまた多いでしょう。

このブラックホールは、地球から約5500万光年かなたにある楕円銀河「M87」の中心部にあり、通称「M87*」と呼ばれています。公開された画像を見た時、ドーナツの穴のような暗い領域の全体がブラックホールである、と思う方も多いと思われます。ですが、これは厳密には異なります。ブラックホールの本体は、ドーナツの中心にある暗い領域の一部しか占めておらず、その他の部分は見た目上暗いだけです。これはどうして起こるのでしょうか。

【▲ 図2: M87*は、直接撮影された世界初のブラックホールとして話題になりました(Credit: EHT Collaboration)】

ブラックホールは極めて重力の強い天体であり、光ですら抜け出せない天体である、という説明をよく耳にすると思います。より厳密に説明すれば、「ブラックホールの中心から一定の距離までは、光でも抜け出せない球形の領域がある」ということになります。

この領域を定める半径をシュバルツシルト半径、領域の境目となる仮想の球面を事象の地平面と呼びます。ブラックホールの本体と呼べるのは、この事象の地平面で囲まれた領域内となります。事象の地平面の外側から内側へと入ることはできますが、逆に内側から外側へと抜け出すことは絶対にできません。

では、事象の地平面の外側は自由に移動可能なのかといえば、必ずしもそうではありません。

事象の地平面の外側には「光子球 (Photon sphere) 」と呼ばれる球形の境界面が存在します。光子球の半径は、自転をしていないブラックホールの場合には事象の地平面の1.5倍ですが、M87*のように回転しているブラックホールでは異なります。

光子球の外側から内側へと光を放つと、その光は光子球の外側へと逃げ出すことができず、やがて螺旋軌道を描いて事象の地平面へと落ちてしまいます。その一方で、光子球の内側から外側へと光を放つと、角度によってはブラックホールから永久に逃げ出すことができます。ちなみに、光子球の距離ピッタリに光を放つと、光は光子球を永久に周回して、光の球を形成します。光子球と呼ばれるのはこのためです。

ただし、実際のブラックホールの周辺では重力的な揺らぎが生じるため、わずかな揺らぎでも光は光子球から外れてしまい、ブラックホールに吸い込まれるか、もしくは逃げ出すことができます。これによって、私たちは光子球からの光を観測できるのです。

こう説明すると、ブラックホールを外から見ると光子球で輝いて見えるのではないか、と思えるかもしれませんが、実際には異なります。ブラックホールの極端な重力によって、光子球の像そのものが強く曲げられてしまうからです。地球からブラックホールを観測すると、地球から見てブラックホールの裏側にある光子球の面から放射された光が手前側に来ることで見た目はリング状になる一方で、中心付近は真っ暗に見えます。これこそが、ブラックホールの直接撮影のドーナツ状の姿として私たちが観ているものです。このように見えることから、中心部の暗い領域はブラックホール・シャドウ、その周りの円はフォトン・リングと呼ばれています。

EHTから公開されたM87*の画像はフォトン・リングを写したものではありますが、画像としてはやや不鮮明です。月面にある1円玉を撮影できるとも例えられるEHTをもってしても、フォトン・リングの幅は極めて狭く、解像度の限界を下回っているからです。

また、観測データには光子球以外からの放射 (主にブラックホールを取り巻く降着円盤からの放射) も混ざり合うため、全体として画像は不鮮明になります。ドーナツのように広がっている光の環のうち、フォトン・リングからの光の成分は10%から30%しか含まれていないと推定されています。

しかしながら、EHTは普通の天体望遠鏡のように天体の姿をそのまま撮影するのではなく、世界8ヶ所の電波望遠鏡で取得されたデータを解析することでブラックホールを画像化しています。本質はデータにあるため、解析方法を変えれば、フォトン・リングについて科学的に詳細な研究が行えるわけです。

ウォータールー大学のAvery E. Broderick氏などの研究チームは、M87*のフォトン・リングを研究するために、EHTが2017年に取得したM87*のデータの再解析を試みました。新たな画像処理アルゴリズムを構築することで、フォトン・リングとそれ以外の放射を区別するデータ処理を行ったのです。フォトン・リングの像は極めて狭いため、解析はフォトン・リング由来の放射は限られた領域に集中するという前提の元で行われました。

【▲ 図3: 今回の解析の結果、フォトン・リングからの放射と、それ以外の放射成分を分離し、フォトン・リングの放射強度の1日ごとの変化を知ることができました(Credit: Broderick, et.al.)】

その結果、研究チームは1日単位で電波の強度が変化するフォトン・リングからの放射を分離することに成功しました!フォトン・リングの直径を元に、研究チームはM87*の質量を太陽の約71.3億倍と算出しています。この値は、EHTが初の画像公開と共に示した太陽の約65億倍とは異なる数値です。これは、解析手法の違いや、解析の際に前提とした値の違いによるものです。

【▲ 図4: 今回の解析では、フォトン・リングの放射の強度変化と、M87*から放出されるジェットの強度変化を関連付けることにも成功しました(Credit: Broderick, et.al.)】

また、M87*に向かって南西方向には、ブラックホールから放出されたジェットの流れがあることが分かっています。今回の画像解析では、ジェットとの関連性も調べられました。

分析の結果、電波の強度で観測されるフォトン・リングの1日ごとの変化が、外へと広がっていくジェットの変化と関係していることが分かりました。これは過去の研究でも繰り返し示されていることと矛盾がないことから、M87*の回転とジェットの強度が関係しているという証拠がまた1つ積み重ねられた形です。

【▲ 図5: ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した楕円銀河「M87(Messier 87)」。中心からジェットが放出されている(Credit: NASA, ESA, and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA); Acknowledgment: P. Cote (Herzberg Institute of Astrophysics) and E. Baltz (Stanford University))】

M87*が生成するフォトン・リングの放射を分離して調べることができた今回の解析は、ブラックホールの背後にある光を捉えた初めてのケースであると考えられます。また、これまでとは違う方法でM87*の質量を推定することができただけでなく、フォトン・リングとジェットの活動の関連性についても理解を得ることができました。今回用いられた手法は、詳細な観測が難しいブラックホールの理解を深める1つの手段として、EHTのように複数の電波望遠鏡を連動させた「電波干渉法」が有効であることを示しています。

Source

  • Avery E. Broderick, et.al. \- “The Photon Ring in M87*”. (The Astrophysical Journal)
  • Nadia Whitehead \- “Ready for its Close-up: New Technology Sharpens Images of Black Holes”. (Center for Astrophysics Harvard & Smithsonian)
  • EHT Collaboration \- “First Image of a Black Hole”. (European Southern Observatory)

文/彩恵りり

© 株式会社sorae