「ラデン・サレを盗め」 「オーシャンズ」のような痛快アクション、二転三転する名画の争奪戦 【インドネシア映画倶楽部】第43回

Mencuri Raden Saleh

「オーシャンズ」シリーズをほうふつとさせる「ラデン・サレを盗め」。ターゲットがインドネシアの名画、というのもワクワクさせられる。監督は「フィロソフィ・コピ」シリーズのアンガ・ディマス・サソンコ、主演は大人気のイクバル・ラマダン。

文と写真・横山裕一

インドネシアを代表する画家ラデン・サレ(Raden Saleh)の名画「ディポネゴロ捕縛」(Penangkapan Pangeran Deponegero)をめぐり、悪の権力者である元大統領と若者グループによる争奪戦を描く痛快アクション。映画ならではの魅力あるシーンを含め、日本人にとっても「あっ」と思わせる場面もあり楽しみ満載の作品。

名画の偽造を描くピコとハッカーで情報を集めるウチュップは、大学生のかたわら偽造品を売って小銭を稼いでいた。ある日、ラデン・サレの代表的な名画「ディポネゴロ捕縛」を偽造するオーダーを受ける。さらに大統領宮殿にある本物の「ディポネゴロ捕縛」が展覧会へ出品される際に偽物とすり替えるよう依頼される。大犯罪に巻き込まれたくない二人は断るが、依頼主である元大統領に弱みを握られて引き受けざるを得なくなる。

完全犯罪を遂行するために二人は仲間を募る。ピコの恋人でテコンドーの得意なサラと交渉の得意な富豪の娘フェラ、それに自動車修理工場で働くゴファルとトゥクトゥク。ゴファルは機械工作が得意で、トゥクトゥクは深夜の公道レーシングで金を稼ぐドライバーでもあった。

綿密な計画を立てた6人は実行当日、本物と偽物の名画のすり替えに成功しかけるが、思わぬ警察の介入に失敗し、追われる身となる。しかし、その裏には元大統領による名画を自らのものしようとする巧妙な謀略があり、それを知った6人は謀略を阻止するため再び危険に身を投じていく……。

ここで、タイトルにもあるラデン・サレとその名画「ディポネゴロ捕縛」について簡単に紹介したい。ラデン・サレは19世紀のオランダ植民地時代に中ジャワ州スマランに生まれた画家で、西洋画法を取り入れた現代インドネシア芸術の先駆者の一人に挙げられている。代表作の一つ、「ディポネゴロ捕縛」はオランダ植民地政府に対して抵抗戦争(1825〜1830年、ジャワ戦争あるいはディポネゴロ戦争と呼ばれる)の末に軍を率いた大将ディポネゴロがオランダ軍に捕らえられた様子が描かれた作品である。

ラデン・サレはこの作品をヨーロッパ留学中に描いているが、実はこの作品の元となるオランダ画家の作品をベースにしている。オランダ画家の作品は庁舎右側から描かれていて、庁舎前に引き回されたディポネゴロが無表情で立ち尽くし、画面奥にオランダ国旗がたなびいている。一方でラデン・サレの作品はオランダ国旗が見えないよう庁舎左側から描かれ、ディポネゴロは捕えられながらも毅然とした表情をしている。タイトルもオランダ人画家のものが「ディポネゴロ降参」であるのに対して、ラデン・サレ作品は「ディポネゴロ捕縛」である。

ラデン・サレ作「ディポネゴロ捕縛」(写真左)とオランダ人画家による「ディポネゴロ降参」(写真右)
(いずれもウィキペディアより引用: https://id.wikipedia.org/wiki/Raden_Saleh

抵抗勢力を打破し、植民地政府の盤石さを象徴する絵画を、ラデン・サレはたとえ戦争に敗れ捕縛されようとオランダに対する不屈の精神は無くならないことを絵画を通して表している。まさにその後20世紀に興隆するインドネシア独立運動へ意思をつなげる作品ともいえそうである。同作品は1978年、オランダからインドネシアに返還され、現在はジャカルタの大統領宮殿に所蔵・展示されている。

オランダ側の論理から被植民地者側の論理に描き換えられた名画「ディポネゴロ捕縛」の背景について本作品内では説明されていないが、物語で一度は悪に手を染めながらも、闇の権力者の手から絵画を正しい場所へ取り戻そうとする主人公の若者たちの姿が名画「ディポネゴロ捕縛」の存在そのものになぞらえられているようである。

こうした意味深な設定を手掛けたのは、映画「フィロソフィ・コピ」シリーズや「プラハからの手紙」などのアンガ・ディマス・サソンコ監督で、今回の作品内に映画「フィロソフィ・コピ」で登場したコーヒーのベンダーカーを何気なく登場させるなどファンにはニヤリとさせるシーンもある。また、短いが西ジャカルタのコタ駅周辺で深夜に行われる自動車の公道レースシーンでは、1990年代の懐かしい日本車による迫力あるドリフトなどが披露されていて見ものである。

さらに日本人として驚かされるのは、主人公グループが絵画奪還の計画を立てるシーンだ。なんとハッカーが参考に引用したのが、日本で実際に起きた犯罪史上有名な未解決強奪事件だった。まさかインドネシア映画を通して数十年ぶりに事件の記憶が蘇るとは思わず、意外な刺激さえ受ける。

またインドネシア映画ファンにとって嬉しいのは、悪役演技などで定評のある名優、ティオ・パクサデオが2年ぶりにスクリーンに戻ってきたことだ。彼は2度にわたる覚醒剤使用などで逮捕、拘置されていたが、2021年4月に刑期を終えていて、本作品が復帰1作目となる。汚職などで逮捕された政治家同様、日本の感覚では復帰は多少早めに感じられるが、この辺りはインドネシアと日本との「文化の差」なのかもしれない。相変わらず作品内での悪役ぶりは健在だった。

大ヒット作「ディラン」主役で女性から圧倒的な支持を受ける、俳優イクバル・ラマダンが本作品でも主役(ピコ役)で、ユーモアも交えながら物語も二転三転する本作品は上映時間2時間半以上とインドネシア作品では長尺だが、長さを一切感じさせない。是非劇場で楽しんでいただきたい。

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