日本の小型探査機「おもてなし」と「エクレウス」NASA新型ロケットに相乗りして間もなく打ち上げ

アメリカ航空宇宙局(NASA)は日本時間2022年8月29日に、新型ロケット「SLS(スペース・ローンチ・システム)」初号機の打ち上げを予定しています。SLS初号機は、有人月面探査計画「アルテミス」最初のミッション「アルテミス1」に用いられる機体です。

アルテミス1ミッションは、SLSおよびNASAの新型宇宙船「Orion(オリオン、オライオン)」の無人飛行試験にあたります。ケネディ宇宙センターの39B射点からSLSで打ち上げられたオリオンは、月周辺を飛行した後、打ち上げから4~6週間後に地球へ帰還します。同ミッションの実施は、2025年に予定されている53年ぶりの有人月面探査ミッション「アルテミス3」に向けた重要なステップです。

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月周辺へ向けてオリオンが打ち上げられる貴重な機会にあわせて、SLS初号機には10機の小型探査機が相乗りしています。そのうちの2機「OMOTENASHI(おもてなし)」「EQUULEUS(エクレウス)」は、日本で開発されました。どちらも約10×20×30cm(CubeSat規格の6Uサイズ)の小さな探査機です。

■月面へのセミハードランディングを行う「OMOTENASHI」

【▲ SLS初号機で打ち上げられる小型探査機「OMOTENASHI(おもてなし)」(Credit: JAXA)】

OMOTENASHI(※)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者を中心に開発された月着陸機です。重量はわずか12.6kgで、JAXAによれば世界最小の月着陸機とされています。機体は月へ飛行するための「オービティングモジュール」(OM、軌道モジュール)、月面へ着陸する「サーフェスプローブ」(SP、月面探査機)、着陸時に月面探査機を減速させる「ロケットモーター」(RM)という3つのモジュールで構成されています。

※…「Outstanding Moon exploration TEchnologies demonstrated by NAno Semi-Hard Impactor」の略

月には大気がほぼ存在しないため、従来の月着陸機は推力を調整できる液体燃料ロケットエンジンで速度を落としつつ着陸脚を使って月面へソフトに降り立つ、いわゆる「ソフトランディング」を行ってきました。ソフトランディングにはそのためのエンジンや推進剤が必要なので、必然的に探査機のサイズはある程度大きくなります。

【▲ OMOTENASHIの内部構成図(Credit: JAXA)】

超小型衛星サイズのOMOTENASHIでは、従来のような大型の推進システムに頼らない月着陸が試みられます。SLSから分離されたOMOTENASHIは、オービティングモジュールに搭載されているスラスターを使って月へ衝突する軌道に乗ります。衝突が迫るとロケットモーターが点火され、オービティングモジュールからサーフェスプローブが分離します。減速したサーフェスプローブはロケットモーターを下にした姿勢で着陸し、月面に到達します。

ソフトランディングに比べればハードな着陸になるものの、ロケットモーターによる減速が行われることから、この方法は「セミハードランディング」と呼ばれています。OMOTENASHIのミッションでは、セミハードランディングを月面で実証することが目的となっています。

【▲ OMOTENASHIの軌道制御~着陸までの様子(動画)】
※2021年11月25日の記者説明会ライブアーカイブより(Credit: JAXA)

OMOTENASHIのサーフェスプローブには3Dプリンターで製造された衝撃吸収材が取り付けられている他に、減速に使われたロケットモーターも衝撃を緩和する役割を果たします。なお、初期の計画ではエアバッグを膨張させることも予定されていましたが、ロケットモーターを必ず下にして着陸することからエアバッグは膨張させずに、展開式のアンテナとして利用することになったといいます。

なお、OMOTENASHI唯一の科学機器として、宇宙放射線を計測するための超小型線量計「D-Space」がオービティングモジュールに搭載されています。D-Spaceは千代田テクノルの積算線量計「D-シャトル」を今回のミッション用に改修したもので、約1週間のミッション中に1分毎の被ばく線量を計測します。JAXAによると、地磁気圏外・月遷移軌道における宇宙放射線環境の計測が行われるのは日本としては初めてで、計測データは将来の有人月面探査や宇宙旅行などで役立てられることが期待されています。

■水を推進剤にラグランジュ点「L2」を目指す「EQUULEUS」

【▲ SLS初号機で打ち上げられる小型探査機「EQUULEUS(エクレウス)」(Credit: JAXA)】

EQUULEUS(※)は東京大学を中心に、JAXAや日本大学なども協働して開発された探査機です。重量はOMOTENASHIよりもさらに軽い10.5kgですが、地球と月のラグランジュ点のひとつ「L2」(地球からの距離約45万km)まで飛行する計画です。JAXAによると、EQUULEUSは小型の深宇宙探査機としては世界で初めて、地球および月周辺の複雑な重力環境における軌道制御技術の実証を行うことを目標としています。

※…「EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft」の略、「こうま座(Equuleus)」にちなむ。

地球と月のL2へ向かうEQUULEUSには、気化させたを推進剤として利用する水レジストジェット「AQUARIUS(アクエリアス)」がエンジンとして搭載されています。EQUULEUSは太陽や月の重力を利用しつつ、複数回の月スイングバイを行うことで、推進剤を節約して効率的にL2まで飛行できるといいます。

【▲ EQUULEUSの外観(上)と内部機器配置図(下)(Credit: JAXA)】

また、EQUULEUSには「DELPHINUS(デルフィヌス)」「PHOENIX(フェニックス)」「CLOTH(クロス)」という3つの科学機器が搭載されています。1つ目のDELPHINUSは2台のカメラで構成されていて、月面に隕石が衝突した時に観測される月面衝突閃光を宇宙から観測することが目的です。DELPHINUSで得られた衝突の頻度や影響に関するデータは、有人月面活動のリスク評価に役立てられます。

2つ目のPHOENIXは地球のプラズマ圏の観測を目的としており、地球周辺のヘリウムイオンを極端紫外線の波長で撮像します。3つ目のCLOTHは宇宙塵(ダスト)の検出装置で、EQUULEUSの外層2か所に衝突した塵を検出します。

■小型探査機の可能性を広げるミッション

【▲ ケネディ宇宙センター39B射点に到着したSLS初号機。米国東部夏時間2022年8月17日撮影(Credit: NASA/Joel Kowsky)】

当時は2018年に打ち上げられる予定だったSLS初号機の相乗り探査機について、NASAからJAXAに連絡があったのは2015年8月末。OMOTENASHIとEQUULEUSは、NASAが示した「科学的および技術的目的が将来の有人探査を推進するのに役立つものであること」という条件の下、同年10月9日の締め切りまでに提案された複数のミッションから選ばれました。

近年では国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」から放出したり、ある衛星の打ち上げに相乗りして打ち上げられたりする形で、多くの超小型衛星が地球周回軌道に投入されるようになりました。EQUULEUSの開発を率いたJAXAの船瀬龍教授は「キューブサットは小型でシンプルなシステムであるため、短期間かつ低コストで開発、打ち上げが可能です」と語っています。

JAXAは欧州宇宙機関(ESA)が主導する彗星探査ミッション「Comet Interceptor(コメット・インターセプター)」に参加しています。コメット・インターセプターは事前に探査機を打ち上げておく待ち伏せ型のミッションで、観測機会が1回きりで観測期間も限られる、長周期彗星や恒星間天体の探査を目指しています。同ミッションは親機と2つの小型探査機(子機)で構成されていますが、小型探査機のうち1機はJAXAが提供する予定です。

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OMOTENASHIとEQUULEUSをはじめ、SLS初号機に相乗りしている10機によってその可能性が広げられることで、今後は深宇宙探査でも小型探査機が活発に利用されるようになるかもしれません。

Source

  • Image Credit: JAXA
  • JAXA/ISAS \- 世界最大のロケットで打ち上げる世界最小の探査機
  • JAXA/ISAS \- EQUULEUS と OMOTENASHI

文/松村武宏

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