ペットは食料や軍需品に…「強い者が弱い者を犠牲にする戦争」 漫画「しっぽの声」が伝える残酷な過去【杉本彩のEva通信】

漫画「しっぽの声」の12巻、13巻の表紙

今年4月に13巻の発行をもって終了した漫画「しっぽの声」。この作品は、動物を取り巻く実際の問題をモチーフに描かれています。2017年に小学館「ビッグコミックオリジナル」で、原作・夏緑先生、作画・ちくやまきよし先生が手がけ、連載が始まりました。 「しっぽの声」がスタートしたきっかけは、当協会Evaの活動に、当時の「ビッグコミックオリジナル」の編集長が共感してくださり、動物問題の啓発を漫画で協力したいと言ってくださったことでした。 当協会Evaは、日本国内のさまざまな動物問題、保護活動と動物愛護管理法改正のリアルな現状を編集者と作者にお伝えし、監修的な観点からも協力を続けてきました。

「しっぽの声」は、このように国内の動物問題を中心とし、時には海外で起こっている問題も取り上げ、人と動物との関わりから見えてくるさまざまな問題を描くことで、動物福祉への理解が深まることを願いスタートした社会派漫画です。「獣医ドリトル」などのヒット作品を生み出した、夏先生とちくやま先生のゴールデンコンビが手がけたことで、エンターテイメントとしても素晴らしい作品となりました。

今回は、その「しっぽの声」から、終戦記念日でもある8月ということで、7巻の第50話と51話「鶴じいの昔話」をご紹介したいと思います。「しっぽの声」全13巻104話の中で、唯一、過去の話しを描いた作品ですが、決して今を生きる私たちにも関係ない話しではありません。「鶴じいの昔話」は、涙で本が見えなくなるほど、私がもっとも心揺さぶられた作品でした。

第二次世界大戦末期の昭和19年7月が舞台です。都会の児童を農山村や地方都市へ集団移動させる学童疎開。鶴じいの兄にあたる小学1年生の勝虎の疎開、ここから物語は始まります。疎開先には、戦地に行った勝虎の父が可愛がっていた愛犬ブチも一緒です。しかし、ペットの犬や猫、ウサギも供出を求められていたことから、都会でも田舎でも、ペットがいると肩身が狭く、供出を免れるためには、隠して飼うことを強いられた時代でした。

供出とは、資源が貧しかった日本では、軍需品として、金属やゴムなどの物資を、国民から政府が半強制的に回収することです。とくにウサギは、毛や毛皮は兵隊の防寒装備や航空装備に、肉は食料になるとして、家庭や学校で飼育することが奨励されていたといいます。狂犬病や咬傷被害を防ぐために殺処分されていた野良犬は、資源として再利用し、肉は農耕肥料に、皮革は軍需品となっていましたが、戦争末期にはそれすら不足し、ペットも軍に差し出せ、とメディアがあおったそうです。食料難で人間の食べ物も不足する中、むだ飯を食うという理由で、ペットは糾弾されました。学校からも村からもつまはじきにされながらも、ブチを守り続ける勝虎。戦争下の過酷な暮らしの中で寄り添う人と動物、その心情と待ち受ける悲劇に胸が締めつけられます。また、可愛がっていたペットを供出した人の悲しみと苦しみ、軍需品として差し出されたペットの運命を思うと、読んでいるだけでも耐えがたい悲しみに襲われます。

人間だけではなく、戦争はあらゆるものの命を容赦なく奪います。戦争の影響で絶滅した動物、危険防止のため毒殺された動物園の動物、そして動物の兵器利用。調教した犬に爆弾を背負わせて対戦車兵器にしたり、軍用イルカを投入し、機雷の探知をさせたり、軍用動物の運命は悲惨だったそうです。戦死だけでなく、けがで見捨てられたり、飢えて死んだり、たとえ終戦まで生き残れたとしても、軍用に繁殖・飼育・調教された戦争用の犬は人になつかず、敵軍に接収され殺処分になったそうです。

鶴じいはこう語ります。 「関係ないものも、みんな巻きこまれて死んでいく。それが戦争なんじゃ」 「戦争とは、強い者が弱い者を犠牲にすることじゃ」 戦争の恐ろしい真実に胸が苦しくなります。

動物保護施設で働く鶴じいは、お盆には施設にいる動物たちに寄りそっていたいと、実家には帰りません。その理由の背景にある物語を、皆さんにもぜひ読んでいただきたいと思います。世界では今も、動物たちが戦争に巻きこまれ犠牲になっています。動物の兵器利用も続いています。世界が平和であることを祈らずにはいられません。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。  

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