「もう政治生命ないよ」陣営は議員に踏み絵を迫った 日本維新の会代表選、馬場氏圧勝の舞台裏

日本維新の会代表選に出馬した(左から)馬場伸幸氏、足立康史氏、梅村みずほ氏=8月14日、大阪市

 日本維新の会は8月27日に大阪市内で臨時党大会を開き、馬場伸幸氏を新代表に選出した。前身の「おおさか維新の会」結成から6年以上にわたり党を率いた松井一郎前代表の跡目争いは、まさに「仁義なき戦い」だった。自民党のように「冷や飯を食わせる」と言った脅し文句が飛び交った。選挙の根本である「投票の秘密」を平然と無視するケースが発覚。投票ルールが告示後に変更されるなど、「党の未熟さ」も目立った。創設者の橋下徹氏と松井氏のカリスマ2人が不在となり、維新はどこへ向かうのか。舞台裏を取材した記者が代表選を振り返る。(共同通信=広山哲男、木村直登、山本大樹)

 ▽血みどろの戦い「これは踏み絵だぞ」
 

参院選の開票センターで記者会見する日本維新の会の松井氏=7月10日夜、大阪市内のホテル

 代表レースは、7月10日の参院選投開票日に松井氏が辞意を表明し、号砲が鳴った。注目の吉村洋文・大阪維新の会代表(大阪府知事)が早々に参戦しないと明言したことから、政界・記者ともに「最有力は馬場伸幸共同代表(当時)」で一致していた。
 一方で「慣習の打破」を売りにする維新だけに、ベテランや若手が続々と手を挙げ、盛り上がりを演出するのではとの淡い期待もあった。だが、水面下では激しい囲い込み工作が展開され、8月14日の告示日にはすでに「馬場氏勝利の構図」が出来上がっていた。
 「これは踏み絵だぞ?分かってるのか」
 馬場氏への有力な対抗馬として注目されていた東徹前総務会長の擁立を目指していた関西選出の国会議員は、馬場氏の陣営から面と向かってそう迫られた。東氏の支援に回らないようにというくぎ刺しだった。取材を進めると「もう政治生命はないよ」と脅しのような口調で迫られた議員もいた。馬場氏陣営には党の公認権を握る執行部が顔をそろえていた。
 

東徹氏

 東氏は、大阪府議時代の2010年、松井氏と共に自民党を離党し、維新の源流・大阪維新の会を結成した最古参メンバーの一人だ。府議を中心に人望があり、参院選直後から準備を進め、出馬に必要な推薦人30人を優に超える50人以上を集めていた。「馬場氏と良い勝負になるのは間違いない」と熱を帯びる東氏陣営。8月3日、東氏は国会内で記者団に「大阪で実現した行財政改革を全国に広げたい」と出馬を明言した。
 ところが、翌日4日、松井氏が記者会見で放った一言が冷や水を浴びせる。
 「馬場氏を応援したい。東氏は立候補の理由が分からない」
 馬場氏陣営からの切り崩し工作に少なからず動揺していた東氏陣営。松井氏の言葉がだめ押しとなった。5日、東氏は出馬断念を表明。「このままでは党内の亀裂が先鋭化するため、融和を優先した」と理由を語った。
 これまで後継指名をしないと繰り返していた松井氏がなぜ、方針転換したのか。「馬場さんを推す松井さんは東さんの力を恐れた」と指摘する声もあるが、ベテラン府議は別の説を唱える。
 松井、東両氏の父親はどちらも大阪府議同士で古くからの付き合いがあった。東氏の父・武氏が国政選挙に出馬した際には、松井氏が武氏の選挙カーに乗って応援に加わったこともあったという。東氏と馬場氏は、中山太郎元外相の秘書を務めた先輩後輩の仲。お互い勝手知ったる間柄だ。
 そんな兄弟みたいな関係でも、代表選になれば骨肉の争いになるのは必定。「血みどろの権力闘争をやる覚悟がないなら降りてくれよ」という松井氏なりの優しさだったのではないかというわけだ。

記者会見する馬場氏=8月

 東氏の断念で、馬場氏の推薦人は、特別党員586人の半数を超える306人に膨らんだ。この府議は「東氏の出馬表明までが天王山だった」と締めくくった。

 ▽秘密侵害「何が問題か分からない」
 14日の告示後、維新は大阪を皮切りに東京、川崎、さいたま、神戸、京都、名古屋と街頭演説を開き、オンライン討論会も連日のように入れた。ただ、自民党総裁選のように「メディアをジャックする」ような盛り上がりはなく、むしろ「党内ガバナンス」に疑問符が付く事態が相次いだ。
 

 一つは、告示後の投票ルール変更だ。当初は国会議員や地方議員、首長ら特別党員は8月27日の臨時党大会に出席して投票することが求められていた。だが、遠方の議員から「子どもを預けられない」「交通費は自腹なのか」などの相談が続出。選挙管理委員会は16日、急きょ郵便投票も認めると通知した。柔軟な対応を歓迎する声は確かにあったが、候補者の一人は「選挙のシステムがずさんとしか言いようがない」と不満を漏らした。
 さらに選管関係者が頭を抱えてしまったのが「投票の秘密」暴露問題だ。馬場氏の推薦人に名を連ねる空本誠喜衆院議員(比例中国)は告示後、ツイッターに「馬場伸幸」と書かれた6枚の投票用紙を持った写真とともに「支援者回りをしながら、直接代表選の投票用紙の書き方をご説明。そしてまとめて投函」と投稿した。
 

空本誠喜衆院議員

 直後、ツイッター上では批判の声が上がったが、空本氏はむしろ拡散を好む投稿を繰り返した。空本氏に電話で直当たりすると「党員の親戚から誰に投票するべきかを相談されたので訪問した。その後、投函を頼まれただけだ。無理に名前を書かせたわけではない」と釈明した。
 ただ代表選規則13条は「投票及び開票にあたって、有権者の投票の秘密が守られるよう、最大限の配慮をしなければならない」と定めている。この点を追及しても、空本氏は「何が問題か分からない」と強弁した。
 事態を把握した選管は「投票の秘密」を侵害したとして、空本氏を口頭で厳重注意。空本氏は投稿を削除し、陳謝した。
 空本氏はこれとは別に、自身が代表を務める維新広島県総支部で管理している一般党員の名簿の一部を無断で馬場陣営に提供していた。党のルールでは、自身が集めた党員の名簿の扱いは自由だが、総支部で管理する党員名簿は裁量の範囲外。馬場氏陣営は「事前に決められたルールに違反する」として、順守の徹底を内部に通知した。
 慶応大の曽根泰教名誉教授(政治学)は「有権者の票の中身を第三者が見る行為は秘密投票の原則の観点から大変な問題で、国会議員の行いであるならば理解に苦しむ」とした上で「維新は全国化を目指す公党だが、党自体の未熟さがあらわになった」と批判した。

 ▽カリスマ不在、松井氏「院政」も?

  「絶対に勝つぞー」

マイドームおおさかの一室で、投開票前に気勢を上げる馬場陣営=8月27日

 特別党員の投開票を前にした8月27日午後3時ごろ。大阪市中央区の「マイドームおおさか」の一室で開かれていた馬場氏陣営の決起集会には、国会議員や地方議員ら100人以上が集まり、気勢を上げていた。顔ぶれを見ると、出馬断念に追い込まれたはずの東氏の姿もあった。 

 約3時間半後の午後6時半すぎ、投票結果がアナウンスされた。有効投票数の8割に迫る8527票を馬場氏が獲得。足立康史氏1158票、梅村みずほ氏1140票にとどまり、馬場氏の圧勝だった。自席から立ち上がった馬場氏は、出席者に向けて3度礼をすると、隣に座っていた松井氏は笑顔と拍手でたたえた。
 ただ、投票総数は約1万千票で、14日告示時点に公表された有権者数約2万人から単純計算すると、投票率は6割を下回る。代表選が盛り上がりを欠いたのは、松井氏が代表選を「政策を競い合うものではない」と述べたことも一因ではないだろうか。一般党員の会社経営の男性(29)=大阪市=は取材に「都構想を進めていた時のような面白さを今は感じない。代表選で『看板』を打ち出すことは最低限必要だったはずだ」と指摘し「もっと政策論争してもらってから投票先を判断したかった」と悔やんだ。

新党「おおさか維新の会」の結党大会で、壇上に立つ(左から)代表の橋下徹大阪市長、幹事長の松井一郎大阪府知事、政調会長の吉村洋文元衆院議員ら=2015年10月、大阪市

 馬場氏は代表選を節目に「維新の第1フェーズ」が終わり、第2フェーズへ移ると位置付けた。第1フェーズは、「都構想」で大阪を席巻し、維新を国政政党へと押し上げた橋下徹氏と松井氏の時代。第2フェーズは、カリスマ不在の中、自称「8番キャッチャー」の馬場氏が党を率いる。馬場氏の構想は、来春の統一地方選で600議席獲得して地方組織の足腰を固め、3年以内に見込まれる次期衆院選で、立憲民主党から野党第1党を奪取。その後10年で政権交代を果たすというものだ。

 党勢拡大に向けて、かつての維新が掲げた「都構想」に代わる新たな旗印を求める声は党内に根強い。ただ、都構想は大阪という地域限定の政策だった。全国政党化に向けて「脱大阪」路線を急げば、地盤の大阪で求心力を失い、失速するジレンマも抱える。代表選の論戦では「次の旗印は何か?」という質問は何度も出てきたが、3候補からインパクトのある回答は聞こえなかった。

新党「おおさか維新の会」の結党大会に臨む当時代表の橋下徹大阪市長。左は当時幹事長の松井一郎大阪府知事=2015年10月、大阪市

 維新は初めて国会議員が党の代表となる。地方の代表が国政政党を率い、庶民感覚で政権に対峙してきた従来の「維新らしさ」は失われないだろうか。足立氏が指摘するように国会議員優位の政党になれば、地方議員から不満が噴出し、隔たりが深まる恐れもある。
 自民党のような権力闘争を繰り広げ「維新が掲げる『自立する個人』はどこへ行ったのか。もはや党の理想すら置き去りだ」との声や「松井体制と比べて、党内の状況が悪くなることはあっても良くなることはない」との声は、地方議員から既に漏れ聞こえてくる。
 代表を降り、顧問となる松井氏。当面は党運営の相談に乗り影響力を残すが、来春の大阪市長任期満了で政界を引退し「政治とは一切距離を置く」と言い切った。馬場氏は大阪のまとめ役として吉村氏を共同代表に指名した。党内不和の芽を摘み、来春の統一地方選に向けて一枚岩になれるのか。「馬場・吉村コンビ」の力量が問われている。

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