ソニーのウォークマンで考えるビジネスの賞味期限、経済の掟「ナイトの不確実性」とは

時代とともに社会が変化していく中で、ビジネスの流れが大きく変わることがあります。競争を勝ち抜くためには、このビジネスのサイクルを掴むことが重要です。

そこで、経済評論家・上念 司( @smith796000 )氏の著書『誰も教えてくれなかった 金持ちになるための濃ゆい理論』(扶桑社)より、一部を抜粋・編集してビジネスの賞味期限について解説します。


「ナイトの不確実性」とは?

国際情勢や国内政策の変化などに伴い、ビジネスの流れが大きく変わることは意外とよくあることです。ボヤボヤしている人は、その変化に気付かず漫然と商売を続けます。彼らを既得権者と呼びましょう。彼らは政治家に泣きついて補助金をもらって何とかビジネスの延命を図ろうとします。もうこの時点で守りの姿勢、いわば劣位思考です。デフォルトで負け、良くて引き分け。ハッキリ言ってこういう人は経営者に向いていないと思います。

これに対して、牛肉、オレンジ自由化にもかかわらず、生き残った畜産業者やみかん農家は尾崎氏のような「ガチ勢」です。彼らは既得権者がピンチに陥る状況をチャンスだと考え行動を起こしました。駆け出しのあなたのような新興勢力、チャレンジャーにとって、世間的なピンチはむしろチャンスです。あなたには失うモノは何もない。思いっきりリスクを取って挑めばいい。

これは単なる精神論ではありません。経済学の理論でも説明可能な経済の掟なのです。皆さんは、経済学者フランク・ナイトの「ナイトの不確実性」をご存知でしょうか? ナイト曰く、世の中に存在する不確実性には2種類あります。一つが、確率分布が計算できる「リスク」と呼ばれる不確実性、もう一つは確率分布が計算できない「真の不確実性」です。

__<ナイトの不確実性>
世の中には2つの不確実性が存在する
(1)リスク(確率分布が計算できる不確実性)
(2)真の不確実性(ほとんど発生しないが、ひとたび発生したら天文学的な被害を及ぼす不確実性)__

確率分布が計算できるリスクとは、例えば40歳の日本人男性が大腸がんにかかるリスクとか、20代の若者が車を運転して事故に遭うリスクなどのことです。簡単に言うと、保険会社が保険数理を使って掛け金と保険金のバランスを計算できるようなものが大体これに当たります。自動車保険、医療保険、生命保険などが存在しているということから考えて、自動車事故、病気などの発生確率は計算が可能で、これらはすべて(1)のリスクに分類される不確実性となります。

これに対して(2)の真の不確実性とは、発生確率が極めて低いにもかかわらず、ひとたび発生するとその被害が天文学的な水準に及ぶものです。令和の世を生きる私たちにとって、直近の一番分かりやすい事例は新型コロナウイルスのパンデミックです。2019年末の段階で、これほどの世界的なパンデミックを予想した人は誰もいませんでしたよね? ところが、1月23日の武漢の都市封鎖からこの真の不確実性が一気に顕在化し、全世界のGDPを3割ぐらい(年率換算の場合、前四半期比で見ると1割ぐらい)消滅させる天文学的な被害をもたらしました。ハッキリ言ってこんなの保険でカバーできません。カバーしようとした保険会社は保険金を払いきれず倒産するでしょう。

真の不確実性にはこのほかにも、巨大隕石の落下、全面核戦争、巨大火山の噴火、巨大生物の来襲などいろいろあります。これらは滅多に起こることはないし、おそらく一生体験せずに終わる人がほとんどなのに、もし起こったら人類滅亡するぐらいの大惨事になる出来事です。まさに真の不確実性! そして今私たちはその真っ只中にいるのです。

外食に参入した人の8割が3年以内に廃業する

さて、この理論をビジネスに当てはめてみましょう。確率分布が計算できるリスクに関する商売は、保険業に限りません。すでに需要が存在しているマーケットはすべてこちら側に分類されます。例えば、八百屋、床屋、魚屋、肉屋、運送業、家電、スポーツクラブに携帯電話事業まで。いわゆる業界が成立しているお仕事はすべて確率分布が予想できるリスクに関するお仕事です。この世に存在するビジネスの9割以上がこちら側と言っていいでしょう。そして、こちら側には既存のプレイヤーが多数存在しており、投資額に対するリターンという意味でも確率分布が計算できます。例えば、大手コンビニチェーンやファストフードチェーンは出店可能な物件を精緻に分析していますよね?

確率分布が予想できる商売は一見安全そうに見えます。しかし、実際にはそうではありません。例えばラーメン屋を例にとって考えましょう。ラーメンにはすでに一定のニーズがあり、ラーメン屋として開業すればそのニーズの一部を取り込んで商売が可能です。しかし、すでにそのマーケットが成立しているということは、競合他社も含め誰でも知っている事実です。そのため、多くの人がラーメン産業に参入し、激しい競争が起こります。競争とは、より良いモノをより安くという戦いです。競争は激しくなればなるほど、価格の低下を招きます。価格の低下によって企業の利益は減少します。ラーメン業界に参入するハードルは低くても、競合との戦いにより利益を出すことが難しい。外食に参入した人の8割が3年以内に廃業すると言われているほど、その競争は厳しいのです。

「ブルーオーシャン」へのチャレンジ

これに対して、全体の!割以下しか存在しない真の不確実性を相手にした商売はどうでしょう? こちらが相手にするのは、将来大きくなるはずだがまだ存在していないニーズです。残念なことに、現時点でマーケットは存在していません。だから、当初は顧客を見つけることが困難で、そのスタートはおそらく悲惨なものになるでしょう。人々がその新しいニーズに気付くのが遅れるかもしれないし、それは100年後かもしれないからです。

一般的に、確率分布が予想できる9割の世界を「レッドオーシャン」、そうでない1割以下の世界を「ブルーオーシャン」と言います。世の中にはブルーオーシャンを相手に商売すべしという本がたくさん出版されていますが、私はブルーオーシャンを相手にした商売は正直苦手です。なぜなら、いきなりこの世界に飛び込むと最初の顧客が見つかるまでに商売が干上がってしまうからです。

むしろレッドオーシャンはマーケットが存在し、参入している人が多いからこそ何かの偶然で素人同然のプレイヤーが生き残っていたりもします。私はむしろこういうショボい競合がいるマーケットこそ、たとえそれがレッドオーシャンであってもチャンスだと思います。何を隠そう、私はこういうボヤボヤした人を出し抜いて、激烈な競争を仕掛けるのが得意なのです。デフレ時代に起業した私は確実にマーケットが存在し、なおかつそこにショボい競合他社がいる時しか勝負しません。

私のやり方とは反対に、いきなりブルーオーシャン(真の不確実性)にチャレンジし、そこで何かを掘り当てた企業はたくさんあります。例えば、1979年に初代ウォークマン「TPS-L2」を発売したソニーは、その後このマーケットがこんなに大きくなることをあらかじめ知っていたでしょうか?

ソニーのウォークマンは創業者の我侭でできた?

1970年代末、ソニーの創業者の一人である井深 大氏が、「飛行機の中でもいい音で音楽を聴きたいのでなんか作ってくれ」とオーディオ事業部長であった大曽根幸三氏に依頼しました。この創業者の我侭なお願いこそがウォークマンが開発されるキッカケでした。

「はい、やります」。そう大曽根が答えた時から、テープレコーダー事業部の大車輪の日々が始まった。盛田(当時会長)のお陰で、目標ははっきりしすぎるほどはっきりしている。最初のうちは、「やっぱり、録音機能も付けたほうがよいのでは」という迷いが事業部にあった。しかし、再生専用・小型ヘッドホンステレオ、発売は夏休み前、という盛田の考えは変わらない。ヘッドホン部隊ともども、覚悟を決めた。

「冷静に検討を重ねると、難しい問題はいくらでも出てくる。だから検討する前に、『えいやっ』と返事をしなくちゃ話は始まらないよ」と大曽根はいつも笑って言う。

大曽根の部下の高篠静雄たち開発メンバーは、1週間に2〜3日の徹夜は当たり前という日々を送っていたが、不思議なことに、彼らに追い詰められた悲愴感はなく、至る所でジョークが連発され、作業場に笑いが絶えなかった。

この、未だ世界中のどこにも見当たらない製品の第1号機を作り上げるにあたって、大曽根にはどうしてもこれだけは譲れないということがあった。

「初めて世に出してコンセプトを問う1号機に、故障があっては絶対に駄目だ。故障が多いと、そのコンセプト自体が否定される」。大曽根は、それまでの種々の経験を通して、そう確信していた。

それに今回は時間も限られていた。盛田も「金型は流用すればよい」と言った。そこで第1号機のメカには、すでに50万台の生産実績のあるカセットテープレコーダー「プレスマン」のメカをそのまま流用した。1号機が変わりばえしなくても、ある程度不格好でもよい、それは続くモデルで挽回できる。だが、故障しやすいというイメージを、1号機で植え付けたら終わりだ。1号機の役割は、何よりも、新しいコンセプトを世に問うことなのだから。

この1号機開発には、技術的な苦労はほとんどなかった。既存の技術を組み合わせて、信頼性を最重視してまとめ上げることにすべての力が注がれた。

開発のキッカケは飛行機の中で音楽を聴きたいから。かなりナメてます。そして、開発現場も遊びの延長だったようです。しかも、開発されたウォークマンは録音機能がないということで社内では否定的な見解が多かったそうです。本当に売るのかどうか? 当時社長だった盛田昭夫氏は「自分のクビをかけてもやる決意だ」とコミットして無理やり発売しました。ところがこれがバカ当たりして全世界で記録的なセールスを達成しました。

ウォークマンは、その後ヘッドホンステレオ市場という新たなマーケットを創り出し、「世界中で愛されるウォークマン」となった。その生産台数は、第1号機発売から10年(1989年6月)で累計5000万台を突破、13年間で累計1億台を達成した。「15周年記念モデル」が出るまでに、実に300機種以上のモデルを送り出し、ヘッドホンステレオ市場において、トップの座を譲ることはほとんどなかった。

そして、1995年度には、ついに生産累計1億5000万台に達した。
参考:SONY公式HP 第6章 理屈をこねる前にやってみよう〈ウォークマン〉 https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-06.html

ビジネスには賞味期限がある

日本の昔の経営者にはこういうチャレンジャーがたくさんいました。

新しいマーケットを相手にした商売にはしばらく競合がいません。そのため、価格競争は起こりにくく、企業は大きな利益を上げることができます。しかし、マーケットが大きいことが競合にバレるとたちまち有象無象が参入してきて価格競争が始まります。つまり、いい時は永久には続かない。利益が上がっているうちに次の投資をする。これを怠るとたちまち儲けの源泉を失って経営が行き詰ることになります。

極めて残念なことに、ソニーグループはもうエレクトロニクス産業がメインでもなければ、モノづくりの会社でもありません。随分前から金融事業でしか儲からない会社になってしまいました。ウォークマンのような真の不確実性を連続で当て続けるのは、ソニーのような国際的な大企業ですら難しいという証拠です。

例えば、世界で初めて携帯電話を発売したのはアメリカのモトローラ社です。1983年のことでした。あれから約40年で携帯電話はスマホになり、今や生活必需品となりました。あの時点でこんな未来が来ることを誰が予想したでしょう。

しかし、このモトローラ社は2012年にグーグルに買収され、その2年後に再度売りに出されました。現在はチャイナのレノボの傘下になっています。携帯電話のパイオニアがこの体たらく! 一体何があったのでしょう。

ソニーもモトローラも自らが新しく切り開いたマーケットで当初は莫大な利益を上げていました。ところが、その流れはしばらくすると勢いを失ってしまいました。実は、ビジネスには賞味期限(=ビジネスサイクル)があるのです。だから、儲かるからいいやと既存の商売の上で胡坐をかいているのは危険です。儲けの賞味期限が切れる前に、次の真の不確実性にチャレンジし、新しいビジネスを作らなければいずれ儲けの源泉は失われます。ソニーやモトローラはその努力を怠っていた。いや、少なくとも中小企業だった頃のチャレンジ精神を忘れていた可能性はあります。そして、非常に残念なことに、最近このビジネスサイクルがどんどん短くなってきているのです。

今儲かっているビジネスは永遠ではない

フォードがアメリカで自動車の大量生産に成功したのは1913年です。それから約60年後に日本車がアメリカ市場を席捲するまで、アメリカの自動車産業は盤石でした。ソニーがウォークマンを開発したのが1979年、ウォークマンの市場が崩壊するキッカケとなったiPodの発売は2001年からです。ざっくり20年ぐらいは持ちました。携帯電話がスマホになる前、一世を風靡したiモードが世に出たのは1999年。それが駆逐されるキッカケとなったグーグルのアンドロイドが世に出たのは2008年です。たった9年しかありません。

インターネットによって情報が世界中に瞬時に伝わるようになった現在、真の不確実性にチャレンジして成功しても、そのビジネスはせいぜい10年ぐらいしか続かないようになってしまいました。いや、これからはもっと短くなっていくかもしれません。いずれにしても、いい時は長くは続かないし、今儲かっているビジネスは永遠ではない。だから、調子のいいうちに先のこと、先の先のことを考えて手を打たなければならない。具体的に言えば、儲かったお金を次の不確実性に再投資するか、いっそのこと貯め込んで引退してしまうかを早めに決めなければならないのです。

著者:上念 司

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