国連も驚いた!日本の障害者ら100人が大挙してスイスへ「政府より私たちの声を聞いて」と必死の訴え 権利条約、改善勧告の中身はどうなる?

障害者権利条約を巡り日本政府への審査が行われた会議室で、国連の障害者権利委員会の委員らと一緒に集まった日本の障害者ら=8月23日、スイス・ジュネーブ(共同)

 障害者権利条約という条約をご存じだろうか。障害者差別を禁止し、健常者と同じ権利を守るため国が取り組むべきことを定めたもので、日本は2014年に締結した。条約をきちんと守っているか、国連が各国を審査することになっていて、8月にスイス・ジュネーブの国連欧州本部で、日本政府が初めてこの審査を受けた。審査に合わせ日本の障害者や家族、支援者が現地に渡航した。その数なんと約100人。他国と比べ異例の人数で、国連も驚くほどだった。一体なぜ、これほど多くの人がはるばるスイスまで行ったのだろう。記者も一緒に現地に渡り、取材してきた。(共同通信=味園愛美)

 ▽親子で参加、旗を振ってアピール
 審査が行われたのは8月22~23日。日本の訪問団はその数日前から現地入りした。審査に先立ち、国連側との意見交換の場が設けられたからだ。各国から選ばれた18人の「障害者権利委員会」が政府の主張だけでなく、当事者の声も聞いた上で判断することになっている。
 参加者の中には、ダウン症の小学生を連れた母親など複数の親子連れの姿もあった。親たちは何度も練習した英語で権利委員会の委員らに子どもたちを順番に紹介。手作りした色とりどりの旗を親子で振ってアピールした。

障害者権利委員会との意見交換前に旗を振る練習をする親子ら=8月19日、スイス・ジュネーブ(共同)

 その上で訴えたのは、特別支援学校ではなく普通学校を選んだ結果、教師から受けた心ない発言の数々だ。「言葉がちゃんと話せないと、クラスメートから嫌がられる」「他の子の学習権を侵害している」。委員は親たちのこうした経験を聞き、さまざまな質問を寄せた。

 ▽「先生は怖い。優しくなって」

 22日からの審査は約900人が入る大会議室で行われた。権利委員会の委員が約30人の日本政府代表団と向き合って質問。政府側がそれに答える形で進んだ。会議室の後方には日本の障害者らがずらっと並び、審査を見守った。そのうちの一人、青木弘美さん(51)は文部科学省の答弁が現実とあまりにも違うことに納得がいかなかった。

日本政府を審査する障害者権利委員会の委員ら=8月23日、スイス・ジュネーブ(共同)

 権利委員会に対する文科省の答弁はこうだ。「特別支援学校と普通学校のどちらに通うかは、本人と保護者の意見を最大限、尊重している」
 弘美さんは、次女で脳機能障害のある中2のサラさん(14)が小学生の時、地元の教育委員会に何度も掛け合ったが、特別支援学校から普通学校への編入を断られた。
 「他の子と会話が合わず孤立する」「授業が分からなくても教える人はいない」。さまざまな理由を並べられた。中学では何とか普通学校に入学できたが、今も教師から配慮のない言葉があるという。サラさんは「学校で友達に会うのは楽しみ。でも先生は怖いから優しくなってほしい」と話す。

 ▽特別支援学校を選ぶ人が増えている理由は
 

 条約は「障害者が他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会で障害者を包容した初等・中等教育を受けられること」と定めている。
 一方、日本では特別支援学校に通う人が増え続けていて、21年度には10年前の約1・2倍。小中学校の特別支援学級でも約2・1倍に増えている。
 背景には発達障害の早期発見が進んだことや、保護者の意向などもあるが、自治体から特別支援教育を勧められたり、普通学校で十分な支援を受けられなかったりすることも大きい。

 権利委員会の委員からは日本政府の取り組みを疑問視する声が相次いだ。「特別支援学校を選ぶ人が増えているのは、普通学校で配慮を受けられないのが理由ではないのか」

 ▽政府答弁に「でたらめ」との声
 精神科医療にも厳しい質問がたびたび飛んだ。「強制入院の廃止に向けた取り組みが遅い。今後もこのペースなのか」「政府は強制入院が増えている理由を調べているのか」
 日本では、他の先進国に比べて緩い条件で患者の強制入院が可能で、病院での身体拘束や隔離も広く行われている。改革の必要性が長年叫ばれながら、社会の偏見や病院団体の反発などから、地域医療への転換が実現していない。
 2016年に起きた相模原市の障害者施設殺傷事件についても、複数の委員が言及。事件後もなお施設入所者が多く、地域生活への移行が進まない理由をただした。
 このほか、障害のある女性は複合的な差別を受けやすい点を挙げ、政府の一層の取り組みを促す意見が多く出た。旧優生保護法による強制不妊の被害者に対する支援を強化するよう求める声もあった。

 政府側は関連する政策や事業を列挙。「適切に対応している」という趣旨の答弁を繰り返したが、障害者団体からは「実態と全然違う。でたらめだ」との声が上がった。一方、政府側からは「権利委員会は団体の話をうのみにしている」と不満が漏れた。

 ▽社会の障壁に比べれば「言葉の壁」なんて
 審査の合間には、さまざまな工夫を凝らして、委員に日本の現状を伝えようとする障害者の姿があちこちで見られた。

障害者権利委員会の委員(左から3人目)に課題を訴える日本の障害者ら=8月22日、スイス・ジュネーブ(共同)

 「えくすきゅーずみー!」。慣れない英語を使いながら、会場に入る委員を一人一人呼び止める。立ち止まった委員には日本の課題について、英語で書いたチラシやポスターを読んでもらった。
 耳に障害があり手話を使う人は、まず手話通訳者が日本語で発話し、それを英語の通訳が委員に伝えるという方法を取った。話を聞いた委員は何度もうなずき、最後は笑顔で握手を交わした。
 社会にある障壁を取り除こうと日々闘っている当事者にとっては、「言葉の壁」はさほど問題ではないようだった。

国連の審査が行われた会議室で並ぶ青木弘美さんと次女のサラさん=8月22日、スイス・ジュネーブ(共同)

 2日間の審査が終わると、傍聴していた障害者や家族らは晴れやかな表情を見せた。「委員と直接話したことで、より深く日本の課題を知ってもらえた」と達成感が広がった。

 ▽「自分たちの手で変える」
 審査を踏まえ、権利委員会は政府に対し改善すべき点を9月中旬までに勧告する見通しだ。拘束力はないものの、条約を結んだ国は尊重することが求められる。

支援者が掲げたポスターの横で障害者権利委員会の委員(手前右)に要望を伝える障害のある男性=8月22日、スイス・ジュネーブ(共同)

 障害のある人たちにとって、国連の勧告は政策をさらに進めるよう国に求めていく上で大きな武器となる。「少しでも勧告に自分たちの意見を反映してほしい」。それが、約100人もの人たちがわざわざスイスまでやってきた理由だ。渡航費は所属団体の積立金で工面したり、カンパやクラウドファンディングで集めたりした。

 今回渡航した人たちは、実際に日本でこんな言葉を言われてきた。「子どもを育てるのは無理。中絶した方がいい」「他の子の迷惑にならなければ、普通学校にいてもいい」。障害のない人にとっては当たり前のことが、なぜ自分たちには許されないのか。「政府に任せてはいられない。自分たちの手で日本を変えよう」。そんな思いを胸に集まった。
 現地で審査を傍聴した立命館大生存学研究所の長瀬修教授(障害学)はこう話す。「勧告は政府にとっては厳しい内容も予想されるが、大切なのは、そこからどう対応するかだ。内容を直視し、政策に反映していくことが求められる」

 ▽取材を終えて
 障害者はときに「弱者」と表現される。ただ、今回の取材で出会った人たちはとても強く、たくましいと感じた。

障害者権利委員会が日本政府への審査を行った国連欧州本部=8月19日、スイス・ジュネーブ(共同)

 障害者の全国団体「DPI日本会議」副議長で、長年、障害者運動に携わってきた尾上浩二さん(62)は言う。「バリアフリーが進んだから障害者が外に出るようになったんじゃない。障害者が外に出たからバリアフリーが進んだんだ」。自分たちの活動が社会を変えてきたという自負がある。
 今回の国連審査では、まさに「自分たちの手で変える」という思いが結集し、委員に届いていたと思う。「勧告が出てからが本当のスタートだ」と言う彼ら彼女らの闘いはこれからも続く。今後も注視していきたい。

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