「幼児が牛乳をこぼしてしまうのはなぜ?」疑似体験できる企画展で記者が気づいた“子ども視点”

2歳児から見た朝食風景を再現。巨大な牛乳パックはずっしり重い。両手で持つのがやっと=8月24日、東京都内

 東京都港区で、大人が子どもの視点による生活を疑似体験できるユニークな企画展「こどもの視展」が開催されている。誰だって子ども時代を経験したはずなのに、どうして大人になると当時の気持ちや感覚をすっかり忘れてしまうのだろう。1歳と8歳の男児を子育て中の私も、予測不能なわが子の行動についイライラしてしまうことがある。企画展を訪れて自ら体験すると、数多くの不便がありながらも懸命に成長していく子どもたちの姿が感じられ、いとおしい気持ちになった。(共同通信=西田あすか)

 ▽0歳児、顔は愛らしいがとてもアンバランス
 「こどもの視展」は、明治神宮外苑にほど近いイベントスペース「ITOCHU SDGs STUDIO」で7月下旬から開催されている。8月下旬に訪れた際は、平日の昼間にかかわらず、家族連れなどでにぎわっていた。
 

会場入り口では大きな頭の「ベイビーヘッド」が出迎える

 会場に入ると、大人の体に大きな赤ちゃんの頭が付いた模型「ベイビーヘッド」が出迎えてくれる。顔は愛らしいがとてもアンバランスだ。0歳児の頭の大きさを成人男性に置き換えて製作、重さはなんと21キログラム。これだけ重いと赤ちゃんがつかまり立ちをし、バランスをとって歩き始めることがどれだけ大変なことか良く分かる。子どもがベランダなどから落下する事故が起きるのも、頭が大きくバランスを取るのが難しいというのが要因なのではないかと想像した。

 ▽2歳児に難しい「持つ」「握る」
 次に目を引いたのは、2歳児から見た朝食風景を再現した体験型の展示だ。見上げるような高さのダイニングテーブルは、1歳7カ月の次男が普段見ている風景と同じぐらいだろう。何となく次男になったような気持ちで備え付けの台によじ登ると、テーブルの上には大人の感じ方より2倍ほどの大きさになる牛乳パックとマグカップ、トーストがのったプレートが並ぶ。
 

2歳児から見た朝食風景。女性の持つ牛乳パックは通常の2倍の大きさ

 おそるおそるマグカップの持ち手をつかんでみると、ずしりと重く、うまくバランスが取れない。牛乳を注いでみるにも、パックを両手で抱えるように持つのがやっとだ。ここから盛大に牛乳をこぼす次男の姿が目に浮かぶ。
 だが、子どもにとって大変なのは重さだけではない。会場には、研究者による説明がボードで展示されており、企画展を監修した東京大学大学院の開一夫教授は「大人はたくさんのものを何度も握ってきた経験があり、握り方を知っているが、子どもは『持つ』『握る』という経験自体が始めて」と指摘する。コップにどう指をひっかけるのかなどサイズや形によって持ち方を変える必要があり、意外に複雑な動作なのだという。
 ふと長男が2歳ぐらいの頃、たどたどしい言葉で「じぶんで!」と繰り返したのを思い出した。みそ汁を飲むのも好物の納豆を食べるのも、なんでも自分でやりたい、手を出さないでと言うのだ。その言葉を聞くたび「え、ちょっと面倒くさいな」と思っていたが、ただですら重かったり複雑だったりすることを自分でやるという意思を持っていたことに対して、もっとほめてあげてよかったのかもしれない。
 会場で出会った同じ子育て中の女性も「失敗したという結果だけではなく、そこに至るまでの子どもの気持ちにも寄り添ってあげたいと思った」と感想を話してくれ、本当にその通りだなと感じた。

 ▽大人と子ども、時間の感じ方も異なる
 

大人サイズに換算したランドセルの体感重量は約19キロ。立ち上がるのがやっと

 ランドセルや水筒、体操服を入れる袋など、小学1年生が通学で持つ荷物を大人のサイズで再現した「大人ランドセル」の総重量が約19キログラムにもなる。座った姿勢で肩ひもをかけ、よろめきながら立ち上がるのがやっとだ。2、3歩進んでみるだけで、重みで後ろに引っ張られ転びそうになってしまう。
 マイクの前で何を話しても赤ちゃんの泣き声になってしまう「ベイビーボイス」という展示もある。体験した時、「バスタオルで体を拭かれるのが嫌でよく泣いていた」という子ども時代の記憶を思い出した。タオルの生地が痛くてたまらなかったのだが、不快な気持ちがうまく言葉に表せず泣くということでしか伝えられなかったのだ。

言葉が赤ちゃんの泣き声になってしまう「ベイビーボイス」。意思が伝えられないもどかしさを実感できる

 また「いとちゃんの30分」という作品は、4歳の女の子いとちゃんが30分でどれだけ活動したかを定点カメラで撮影し、コマ送りのように1枚の写真にまとめたものだ。画面いっぱいに元気に動き回ってさまざまな経験をするいとちゃんの姿を眺めていると、大人と子どもではまるで時間の感じ方が違うというのがよく分かる。

 ▽「4メートルの巨人」にショック
 一連の展示の中で一番ショックを受けたのは、仮想現実(VR)を活用し、子どもの視線になって大人に叱られる体験をする「4mの大人たち」だ。専用のゴーグルを装着すると、怒った様子の母親が大声で怒鳴りながら目の前に迫ってくる映像が映し出される。

こどもの目線で見た巨大な両親。怖さをVRで体験(「こどもの視点ラボ」提供)

 VRと分かっていても、自分の身長の2倍はあろう大人の姿はまるで高い壁のようで、あまりの迫力に一気に心拍数が上がり後ずさりしてしまう。助けを求める気持ちで隣の父親に目を向けても仁王立ちをして怒っており、絶望した気持ちになってしまう。それと同時に、怒った私の姿は子どもにはいったいどんな風に見えているのかと想像し、背筋が凍った。

VRで巨大な両親に叱られ、思わず後ずさり

 子どもに思わず強い口調で叱ってしまい、後になって「そこまで叱る必要はなかったのでは」と後悔した経験は今までに数え切れない。会場に設置された展示ボードの中で、福井大学「子どものこころの発達研究センター」の友田明美教授は「ついカッとなってしまったら、子どもからいったん離れてトイレなどで深呼吸してから戻ること。叱るときは60秒以内に」と説明している。また、子どもは泣いている時は何も耳に入らないので、子どもも親も落ち着いてから話をするのが大切だという。

 ▽社会と子どもの関係、良くなってほしい
 伊藤忠商事が主催する「こどもの視展」には、電通のプロジェクトチーム「子どもの視点ラボ」が協力している。代表の石田文子さんは、現在8歳の息子が生まれたことをきっかけにプロジェクトを立ち上げた。世の中では虐待や不慮の事故のニュースが相次ぐ中、自分たちにも何かできないかと模索するうち、より多くの人に「子どもになる」体験をしてもらうことが一つのアプローチだと考えるようになったという。
 広告業界に長らく関わってきた経験から、ネガティブなことを伝えることの難しさを痛感しており、楽しんで学んでもらえるよう工夫を凝らした。石田さんは「当事者の視点に立って子どもを理解できれば、無理を強いることが減ったり、イライラしたりカッとならずに済んだりするかもしれない。社会と子どもの関係もよくできるのでは」と期待している。

大人サイズに換算したランドセルの体感重量は約19キロ

 来場者に感想を聞いてみると「大人にとっての普通がいかに子どもにとって不便なものかわかった」「子育て中に来ていれば子どもに対して少し違った接し方ができたのかも」といった声が聞かれた。展示を通じ、子どもは子どもから見た世界で、懸命に日々を生きているという大切なことに気づくことができた。

 【企画展の様子は、動画でもご覧になれます】
  https://www.youtube.com/watch?v=kjHbnXUaqgE

© 一般社団法人共同通信社