中原めいこのシンガーソングライターとしての優秀さを示す『ロートスの果実』は1980年代邦楽シーンを象徴する一枚

『ロートスの果実』('84)/中原めいこ

8月31日、シティポップの名盤を復刻リリースする『<CITY POP Selections> by UNIVERSAL MUSIC』の第2弾として、現在入手困難となっている作品など全25タイトルが再発。その中に中原めいこの名前を見つけた。6thアルバム『MOODS』(1986年)、7th『PUZZLE』(1987年)、8th『鏡の中のアクトレス -The Actress in The Mirror-』(1988年)がラインナップされている。いずれも入手困難だったようなので、ファン垂涎のリリースと言えるだろう。今週の当コラムで取り上げるのも、上記3作品でも良かったのだが、“中原めいこと言えば、やはりこれでしょう!”ということで、ヒットシングル「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」収録の4th『ロートスの果実』とした。

“キウイ・パパイア・マンゴー”の インパクト

ファンキーなダンスチューンにラテンフレイバーを加えた“ファンカラティーナ”と呼ばれるサウンドが、とにかくハッピー。イントロでの景気のいいブラスセクションは、今聴いてもハツラツとしていて、とても良い。そのホーンアレンジは、初期サザンオールスターズの編曲者としても知られる、新田一郎氏によるものだ。流石スペクトラムのリーダーである。15秒頃から始まる歌も実にメロディアス。Aメロも不要に長くなく、Bメロでややしっとりとした感じになるところも楽曲にセクシーさを加えている。サビのキャッチーさは言うまでもなかろう。ソウルなコーラスを前面に出し過ぎず、♪ウィウィ〜と(聴こえる)合いの手のような声がちょっとデジタルっぽくて可愛らしい。ここも良い。サビ終わりで、いかにもラテン調のパーカッションが入るのも心憎いところ。クレジットに斉藤ノブ氏の名前がある。氏の仕事もまた流石である。そして、再びイントロと同じブラスセクションへと繋がって2番を迎える。ここまででおおよそ1分30秒。いろいろな要素を詰め込みつつ、まったく小難しくは聴こえない。極めて大衆的。ラテンだ、ディスコだ、“ファンカラティーナ”だとか、そんなことを考えなくとも自然と踊れるナンバー。「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」はポップソングとして、とても優秀である。

《ドライなシェリー ちょっと誘われて/灼けつく恋の 食前酒(アペリティフ)/本気か嘘つき シャイなまなざし/憎いカサノバ fall in love》《太陽に虹をかけたら 抱かれてもいいわ/じらせば 最初のkissが アナタを熱くする》《君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね/うれしはずかし 真夏の噂/君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね/咲かせましょうか 果実大恋愛(フルーツ・スキャンダル)》(M5「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」)。

図らずも1番の歌詞を全て引用してしまったが、意味はさっぱり分からない。しかしながら、その内容がどうかなんて、正直言ってどうでもいい。《灼けつく恋の 食前酒(アペリティフ)》とか《咲かせましょうか 果実大恋愛(フルーツ・スキャンダル)》とか、冷静になれば “それ、どういう意味?”と突っ込んでしまいそうなものだが、曲を聴いている間は(少なくとも本作が巷でよく流れていた1980年代半ばの時点では)、そうさせないだけのエモーションがサウンドとメロディーにある。2番の歌詞《煙草は薄荷(メンソール) 火を貸しただけ/くやしいけれど 笑顔が好き/波のせいにして 抱きしめられて/今は妖しく fall in love》からすると、ナンパされたか何かで出会った異性に心惹かれて…みたいな話なのだろう。だが、そんな詮索は無粋なのだ。そんな理屈よりも、《果実大恋愛(フルーツ・スキャンダル)》のほうに有無を言わせぬ圧倒的な説得力がある。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、この楽曲は1984年の夏の化粧品キャンペーンのCMソングであり、このタイトルは広告代理店が指定したものだという。“「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」というタイトルで1曲作ってください”とオファーするほうも大胆で、いかにもバブル景気を目前にした日本のショービジネス界を偲ばせるが、そのオファーでこんなにもポップなナンバーを仕上げてしまう、中原めいこは本当に天才だと思う。今更ながらに天晴れ。彼女のコンポーザーとしての手腕を大絶賛したいし、大喝采を送りたいほどである。

クリアーな歌声とセンスの良さ

その「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」は1984年4月5日にリリースされ、チャートトップ10入りのスマッシュヒット。中原めいこ最大のヒットとなった。彼女のデビューは1982年4月だから、ちょうど2年でブレイクを果たしたこととなる。アルバム『ロートスの果実』は同年7月21日の発売なので、そのヒットを受けてのリリース…というかたちではあるものの、3カ月ちょっとというインターバルを考えると、緊急リリース的なものではなかったようだ。その辺りの資料を探し切れなかったのではっきりとしたことは言えないけれども、『ロートスの果実』収録曲を見ると、むしろ「君たちキウイ~」が臨発だったように思える。その辺は実際のところはどうだったのだろうか。個人的はちょっと興味深い。アルバムタイトルからして、「君たちキウイ~」を連想せずにはいられないわけで、そこにどういう流れと想いがあったのか、天才シンガーソングライターの当時の発想術みたいなものを単純に訊いてみたいところだ。

まぁ、それはともかく、『ロートスの果実』も良く出来たポップアルバムである。オープニングM1「魔法のカーペット」から、彼女のポテンシャルがしっかりと発揮されているように思う。ソウルミュージックをベースにしながらも、アイドルポップスと呼んでもいいほどに明るくて可愛らしいメロディーを有しており、マナーをちゃん守りながら、大衆的に仕上げているのは巧みである。ブラスもギターもコーラスも過度じゃなく、いい塩梅で配されているところに好感が持てる。しかも、そうかと思えば、1番から2番へのブリッジ(というか、ここはほとんど間奏と言えるかも…)ではサックスのソロを鳴らしたり、コーラスワークを強調したり、単なる歌ものにしていないことも分かる。ちなみにサックスはアウトロでも気持ち良く響いている。このゴージャスさはオープニングナンバーとしては充分だろう。また、ここまで触れてこなかったし、のちほども述べるが、彼女の歌の上手さも当たり前に発揮されていることも忘れてはならない。

M2「ロートスの果実-夢楽樹」はタイトルチューン。置き場は適切と言えよう。サンバである。ガチャガチャとしたリズムの密集感に特有の高揚感がある。スティールパンも聴こえるし、ハーモニカ(だろう、たぶん)も鳴っている。躍動感が強いし、これもまたエモーショナルだ。歌はAメロは少しまったりとした感じで始まるものの、進行するうちにM5「君たちキウイ~」にも近い…と言うと語弊があるだろうが、若干和風の印象も含めて、ヒットシングルを入口にしたリスナーにとっては、中原めいこらしさを感じるところではないだろうか。こういう旋律、音階は彼女の特徴なのかもしれない。

《ah 禁断の果実/優しく盗まれて/アナタに落ちてゆく/夏の夜》《ah シルクのKissに危険な香り/ひと口食べたら 帰れなくなる/罪なんて 見えない/夏の夜はミステリー》(M2「ロートスの果実-夢楽樹」)。

歌詞はこんな感じで結構耽美なのだが、歌で聴くとあまりエロスを感じない。そこはメロディー、サウンドの影響も少なくないだろうが、彼女の歌声によるところも大きいと見る。とてもクリアーな声質。ハスキーさが微塵もない。その上で妙に凝った歌唱もしない。“ロートス(の木)”とは、[ギリシア神話の2つの話に登場する植物]のこと。[ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』では、心地良い眠りに誘う実をつける木で、ロートパゴス族と呼ばれる島民の唯一の食物として描かれて]いるそうで、[彼らがロートスの実を食べると、彼らは友人や家のことも忘れ、故郷の土地に戻って安逸な生活を送るという願望も失ってしま]うという([]はWikipediaからの引用)。アシッドなものの象徴と言うこともできよう。だが、不健康にも不健全にも感じないのは、これが中原めいこの歌だからだと思う。

ロック調のM3「エモーション」はのちにシングルカットされたナンバー。トーキングモジュレターかワウペダルか、ファニーな音色のギターと、スラップベースのアンサンブルがスリリングで面白い。楽曲タイトルがリフレインされるキャッチーなサビは流石にシングルといった感じである上、《無人島に流されたって》以降、もうひと盛り上がりする展開もお見事。この辺りにも彼女のセンスの良さがうかがえる。

M4「 I Miss My Valentine」は、ストリングス入りのスローバラード。M3までダンサブルなアップチューンが続くので、余計にまったりとした印象ではある。テンポが落ち着くことで、メランコリックさと言ったらいいか、やはりメロディーに彼女の特有さがあることも分かるだろう。歌にはブルージーなギターが寄り添い、さり気なくアレンジの多彩さを見せる。

M5「メランコリー Tea Time」は再びテンポアップ。Bebu Silvettiの「Spring Rain」にも似たキラキラとしたストリングスが楽曲を彩り、全体の世界観をさわやかで大らかなものにしている(「Spring Rain」を意識したとすると、その着想自体、電気グルーヴの「Shangri-La」より10数年も早い)。このアルバムは全体に夏の印象があるのだが、とりわけM3からM5は歌詞に海を連想するキーワードが多く、サウンドやテンポ感は異なるものの、連作のような、まとまりを持っているような気がする。

1980年代らしさにも好感

M6「君たちキウイ~」からはアナログ盤でのB面。ここからは、M7「こんな気分じゃ帰れない」はシングル「エモーション」のB面(今で言うところのカップリング)で、M8「スコーピオン」は本アルバム前にリリースされたシングルタイトル曲と、図らずも…であろうけど、シングル関連ナンバーが続く。M6は冒頭でたっぷり解説したので割愛。M7はイントロからアイドルポップス的な可愛らしい雰囲気で、シンセが多用されているところからすると、テクノ歌謡と言ってもいいのかもしれない。サビや間奏でとりわけ強調されるピコピコ感もさることながら、ドラムの音がいかにも1980年代(リズムは打ち込みっぽいが、実際にはどうなのだろう?)。また、《頭に来ちゃう 頭に来ちゃう》や《ケリをつけなくちゃ/ケリをつけなくちゃ/こんな気分じゃ帰れない》の歌詞の乗せ方も巧みで、この辺にもソングライティングの優秀さを感じざるを得ない。

1980年代っぽいと言えば、M8「スコーピオン」も同様。ドラムレスなサビ頭から始まって、ズシリとしたビートにつながっていく様子は、懐かしい人にはとことん懐かしい空気感なのではなかろうか。メロディーやサウンドが似ているというのではなく、個人的にはKenny Logginsの「Danger Zone」やSurvivorの「Eye of the Tiger」を彷彿させる空気感だと思う。映画『トップガン マーヴェリック』『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』が、前作から30数年経っても盛り上がっている2022年。『ロートスの果実』もリマスタリング+未発表曲辺りで再発したら結構イケると思うのだが──勢いだけで推すのも無責任の極みだけど、ユニバーサルミュージックさん、いかがでしょうか? 2024年が発売40周年ですので、再来年がいい頃合いだと思いますが…。

M9「気まぐれBad Boy」はミドル寄りのテンポ。ボサノヴァタッチというか、ハワイアンというか、これも海っぽい雰囲気ではある。同じようなテーマでもホント多彩にサウンド&メロディメイクをして、世界観を作り上げるアーティストである。さわやかさを醸し出している伸びやかなストリングスもいいし、サビのコーラスの煌めく感じも素敵だ。

アルバムラストのM10「Cloudyな午後」も比較的落ち着いたテンポ。ややマイナーで大人っぽいメロディは流石にキャッチーだが、硬質なサウンドと相俟って、他の収録曲とは若干趣を異にした雰囲気ではある。それは歌詞も同じで、ここまでガーリーな内容の多い本作ではあるが、ここに来て、彼女の作風がそればかりではないことを示しているかのようだ。その意味で、ここに「Cloudyな午後」を置くのはベターではあるように思う。

《ah,恋人はテレパシー 何も言わずにわかる/アナタの瞳のぞけば……/I know you You know me/ふりむいた時 いつもそばにいるわ……》《Just a kiss little kiss/Bird kiss交わし/もう アナタを失くせない》(M10「Cloudyな午後」)。

独断でザっと全曲解説してみても、全ての収録曲の作詞作曲を手掛けた中原めいこのポテンシャルがよく分かるし、優れたアーティストであったことは明白だろう。アルバム『ロートスの果実』以降、「ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット」(1985年)や「鏡の中のアクトレス」(1988年)といったシングルもそれなりにヒットしたと記憶しているが、その後、[1992年の日清パワーステーションでのライブを最後に歌手活動を休止]。また、[2000年代前半まで(中略)楽曲提供を行なっていたものの、その後は目立った活動はなく、公の場所にも一切姿を現していない]という([]はWikipediaからの引用)。アーティストとしての復活は難しいのかもしれないが、日本の音楽シーンにおける、中原めいこという天才シンガーソングライターの功績は決して損なわれるものではない。

TEXT:帆苅智之

アルバム『ロートスの果実』

1984年発表作品

<収録曲>
1.魔法のカーペット
2.ロートスの果実-夢楽樹
3.エモーション
4. I Miss My Valentine
5.メランコリー Tea Time
6.君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。
7.こんな気分じゃ帰れない
8.スコーピオン
9.気まぐれBad Boy
10. Cloudyな午後

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