「鎌倉産のブドウを使い、鎌倉で醸造した本当の『鎌倉ワイン』が作りたかった」-。同市在住のブドウ栽培家兼醸造家の夏目真吾さん(53)は熱く語る。紆余(うよ)曲折を経ながら同市郊外で5年前から育てたブドウは収穫期を迎えた。今秋ついに「鎌倉ワイン」の誕生の瞬間を迎える。
同市関谷の農業振興地域。周囲に住宅は少なく、小高い丘の上の農場は、ヨーロッパの丘陵地帯を思わせる。
「風通しが良く、山や木々など太陽を遮るものがない。朝から夕方まで、日光が確保できる良い場所です」と夏目さん。関谷地区の1500平方メートルの畑ではメルロー、ピノ・ノワール、カルベネ・フラン、シャルドネ、リースリングの5種1500本のブドウの木がたわわな実を付けている。
畑のブドウの木は植えられてから約5年。夏目さんはブドウ栽培を「病気や虫、獣や鳥との闘いが大変」と打ち明ける。実際、害獣を寄せ付けないための電気柵を設けるなど管理に細心の注意を払う。また、草刈りも欠かせないという。ただ、ワイン用のブドウは食用のブドウとは異なり50年以上にわたり実を付けるとされることから、「地域の財産にもなる」と語る。
夏目さんは愛知県出身。学生時代は飲食店でアルバイトをしていた。大学院を卒業し大手複合機器メーカーで会社員として働いていた。
◆5本の苗木から
10年ほど前に鎌倉市内に転居した。庭付きの自宅で5本のブドウの苗木を育て始めたのがきっかけだった。
母親の実家は30年ほど前まで、食用ブドウを栽培していたが、ワイン用のブドウ栽培は勝手が違い、何もかもが手探りだった。
ただ、2010年ごろセミナーで聞いたビジネスコンサルタント大前研一氏の言葉が頭をよぎった。
〈人生100年時代。第二の人生でやりたいことがあるなら、40代から準備しないといけない〉
平日は会社勤め、休日は横浜の農家へ研修に行きながらブドウ栽培にいそしむ多忙な日々が始まった。本格的に畑を始めようと思ったものの、農地の限られる市内ではなかなか「遊休農地」は見つからない。借りることができた土地は木々が生い茂る森だった。木の伐根が必要で、重機をレンタルするにも、1日3万円程度かかる。畑にするだけでも数百万円の出費は重たい。見かねた藤沢市内の業者から「私もワインが好きだから、古い機種なら『友人価格』で貸すよ」との申し出を受けた。
鎌倉市七里ガ浜にブドウ畑を作ろうとし、ついに資金が底を突いた。その時、考えたのが「ぶどう苗木の会」だった。1口1万円を募り、5年後無事に鎌倉で栽培されたブドウができたときには、ワイン2本を返礼する仕組みだ。仮に鎌倉産のブドウで醸造できなかったときには代替品を返す計画だ。夏目さんは「苗木の会」で資金を集め、畑の整備や苗木の購入といった準備に充てることができた。
「多くの人の支援なくしてここまでこぎ着けることはできなかった」