現代を代表する画家・ボテロの“ふくよかな作品”はいかにして生まれたのか、片桐仁が迫る!

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。6月3日(金)の放送では、「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開催された「ボテロ展」に伺いました。

◆現代を代表するアーティスト"フェルナンド・ボテロ”の展覧会へ

今回の舞台は、東京都・渋谷区の複合文化施設「Bunkamura」にあるBunkamura ザ・ミュージアム。ここでは、海外の巨匠の作品展や世界の有名美術館の名品展などさまざまな企画展を開催しています。

片桐は同館で開催されていた「ボテロ展 ふくよかな魔法」へ。この展覧会は、現在90歳を超えたボテロ本人監修のもと、10代の頃の作品から最新作まで絵画作品約70点、さらには東京会場のみ貴重な彫刻作品も1点展示。多角的にボテロワールドが楽しめる構成になっています。

1932年、コロンビアのメデジンに生まれたフェルナンド・ボテロ。20代から才能を評価され、今日では現代を代表するアーティストの1人。

そんなボテロ作品の特徴といえば、対象がみなふっくらと膨張していること。そこで今回はボテロの作品を追いながら、なぜ彼がさまざまなものを膨らませるようになったのか紐解きます。

◆ボテロ独自の技法「ボテリズム」誕生のきっかけとは?

学芸員・岡田由里さんの案内のもと、まずはボテロ17歳の作品「泣く女」(1949年)を鑑賞。一目見て片桐は「これはもう言われないとボテロだってわからない」と驚きます。

ボテロは4歳で父親を亡くし、母親が女手ひとつで3人の息子を育て上げたため、それほど裕福な家庭ではありませんでした。その上、当時のメデジンには美術館や画廊がなく、彼が幼い頃に慣れ親しんだ芸術といえば教会で見た聖母子像や聖人画。もしくは書籍や雑誌の図版程度。つまり、ボテロは美術教育をほとんど受けていない状態でこれだけの作品を描いたことから、天賦の才があったといっても過言ではありません。

片桐は「この絵でこの色味だと、ピカソを想像しますけどね」と感想を語っていましたが、そこにはその後生まれるボテロならではのスタイルの前兆も。ひとつは手の大きさで、顔よりも大きく、ふくよかに描かれています。そして、もうひとつが、画面いっぱいに描かれているところ。

20代になると、より自分らしさを模索し始め、それがよく窺えるのが「庭で迷う少女」(1959年)。

これはもうだいぶ膨らんできていますが、「泣く女」を描いてから本作までの約10年間、ボテロにはさまざまな出来事があったとか。まずはコロンビアのサロンで2等賞を受賞し、彼はその賞金で渡欧。スペイン、パリを経由し、イタリアのフィレンツェへ。そこで重厚なルネサンス美術を学び、ボリューム感のある方向性に確信を覚えたそう。

さらにはメキシコにも赴き、オルメカ文明について学んだそうで、オルメカ文明といえば、巨大な頭だけの像「巨石人頭像」で有名。

片桐は「でっかい人の頭ですよね!」と巨石人頭像を知っているようで「あれは確かにふくよか!」と納得の様子。また、ボテロの母国コロンビアにも同じような「サン・アグスティン」という古代文化があり、それもまた三頭身ぐらいの像が特徴。ボテロ自身、コロンビア人としてのルーツや文化的アイデンティティが作品に不可欠だと話しており、「コロンビア人の自分だったらどういう芸術を志すのか、ずっと考えていたんでしょうね」と片桐。

さまざまなものから芸術のヒントを吸収していたボテロ。そんな彼が丸く膨らんだ形状を目指すきっかけとなったものがあり、それが顕著なのが後年の作品が「楽器」(1998年)です。

本作にはボテロのスタイルに関わる重要なポイント、20代で発見したある技法が用いられており、それが何かといえばギターの穴「サウンドホール」を小さく描いたことが発端でした。

当時、ボテロがメキシコでマンドリンを描いていた際、サウンドホールを点のように小さく描いたところ急に周りが大きく見えたことから、以降そのコントラストによるバランス感覚を独自のスタイルとして確立していきます。片桐は「どこかをギュッと小さくすることで、より膨らんで見えるようになる。それを20代でマンドリンを描いたときに気づいたんですね」と感心します。

ただ太らせたのではなく、ふくよかに見える彼独自の技法はいつしか「ボテリズム」と呼ばれ、ボテロ自身も徐々に世界に知られることに。ただ、そんななかでも、彼はコロンビア人として何を描くべきかを、より追求するようになります。

◆コロンビア人としてのアイデンティティを作品へと昇華

片桐が「これはショッキングな絵ですけど……」と思わず声を漏らしたのは、ボテロ62歳のときの作品「バルコニーから落ちる女」(1994年)。これまでの作品に比べ、色彩が鮮やかな本作はコロンビアの日常を描いた作品だそうですが、「バルコニーから落ちる女が!? 日常!?」とビックリ。

画中の女性はガーターベルトをし、真っ赤な下着を穿いており、その姿から想像されるのは「娼婦」。そして、当時のコロンビアの情勢を考慮すると、誰かに突き落とされた可能性もあり、片桐も「そういう感じがします」と頷きます。

ボテロは常々「作品にストーリーを持たせたくない」、「作品は静物画のように構図やフォルム、色彩で鑑賞してほしい」と望んでいたそうで、本作の背景も想像の域を出ませんが、見る側がいろいろと想像してしまうような作品であることは確か。事実、片桐は「事件性がありますよね」、「コロンビアって治安が悪いイメージで、こうしたことが日常茶飯事なのかなと思ってしまう。絵で見ると空も美しいし、人物が画面いっぱいに描かれているのでボテロだなって感じがするんですけど……やっぱりちょっとドキッとしますよね」とその印象を語ります。

続いて、片桐が「これもコロンビアの日常って感じの絵ですよね」と話していたのは、ボテロ68歳の作品「通り」(2000年)。

壁やドアの色など、色鮮やかに描かれていますが、南米ではこれが当たり前。また、描かれている人種もさまざまで、それも多種多様な人種の人たちが暮らすいかにも南米らしく、コロンビア的な要素が随所に詰まった作品に。ボテロは母国の文化やアイデンティティを、コロンビアの人を代表し、世に伝えたいという自負を持っていたことが窺えます。

◆ボテロが生涯描き続けた名画のオマージュ、自分なりの名画

対象を膨らませるボテリズムとコロンビア人のアイデンティティなどをテーマに、唯一無二の作品を生み出していったボテロですが、生涯に渡って美術史に名を残す名画を自分なりに描いています。

ボテロが84歳のときに描いた「ホルバインにならって」(2016年)は、ハンス・ホルバイン「幼少のエドワード6世」(1538年頃)をオマージュした作品で、名画を自分なりに変容し、制作する行為は彼が若い頃から、それこそヨーロッパに渡って以来、継続して描いてきたと岡田さん。

これぞまさにボテロという本作を前に、片桐は「これは見ていて楽しいですもんね。ホルバインの元の絵と見比べると、同じポーズ、同じ構図なんだけど、目と鼻と口がギュッと小さく寄っていますよね。原画はちょっと笑っているんですけど、一切笑ってないですもんね。でも、やはりかわいいですね~」と笑顔をのぞかせます。

ボテロは巨匠たちをリスペクトすると同時に、同じテーマを別の人が描くとまた違った作品になることを主張したいという気持ちが強かったようで、それを聞いた片桐は「なるほど~」と頷きつつ、「追体験みたいな気持ちになるというか、その人が作った当時、どういう思いかはわからないですけど、自分で作ってみる、再構築するというのは芸術家にとっては、やってみるといろいろわかるテーマなんでしょうね」と率直な思いを吐露。さらには「この絵だけ見ると(絵画の)勉強をしていない感じも受けるんですけど、違うんですよね」とも。

まさに片桐の言う通りで、ボテロは素朴派などのグループにカテゴライズされることもありますが、全くの技巧派であることがわかります。

最後は、ボテロ88歳の作品にして世界初公開の最新作「モナ・リザの横顔」(2020年)。横を向いていたとしても、モナ・リザであることは一目瞭然の作品です。

モナ・リザもボテロが若い頃から描いてきたモチーフのひとつで、彼は1959年に「12歳のモナ・リザ」という作品で一躍有名に。いわば、ボテロにとってモナ・リザは人生を変えた存在で、片桐は「88歳になっても描いているんですね。すごいですよね、エネルギーがね」と思わず感嘆。

今回、初めてボテロの作品を見たという片桐は「写真とかで見ているイメージだとフワッとした、パステル調の素朴派のような印象だったんですけど、本格的な絵画の勉強をした結果辿り着いた、ギャップみたいなものが面白かったですね」と印象を語り、「あとは、なんと言ってもギターの穴を小さく描いたり、人物の顔を小さく描くことでより膨張して見える、その発見はシンプルですけど面白いなと思いました」と述べます。

そして、「ボテロ、そのふくよかな魔法、素晴らしい!」と絶賛しつつ、自分にしかできない表現を追求し続ける偉大な現役アーティストに盛大な拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「小さな鳥」

「ボテロ展」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから学芸員の岡田さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。岡田さんが選んだのは「小さな鳥」(1988年)です。

今回、唯一の彫刻作品を前に、片桐は、「これは実際にボテロさんが作ったもの!?」と驚愕。

ボテロは1960年代に彫刻を始め、1970年代は一時期彫刻に没頭。絵画作品を一切描かなくなった時期があるそう。そんなボテロの彫刻は、絵画よりもわかりやすいと大人気で、世界中のあらゆる場所に展示され、例えば大阪の御堂筋などにもあるそうです。

最後はミュージアムショップへ。ボテロ作品がモチーフとなったクランチチョコやトートバッグ、さらにはポケットカードケースなどさまざまなグッズが並ぶなか、片桐が「なぜこのデザインにしたのかわからないけど、いいですね~」と注目していたのはTシャツ。

さらにはスマホリング、コンパクトミラーなどにも興味を示しつつ、思わず手にしたのは「ふくよかシール」。「これは相性いいですね。フワッとした感じで。子どもの頃にこういうシールをよく貼っていました。最近はとんと見ないですけど」と懐かしんでいました。

※開館状況は、Bunkamura ザ・ミュージアムの公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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