「しばらくはAV新法を守らない」アダルトビデオの個人撮影 被害対策進まぬ背景に「自己責任」論も

取材に答えるみずきさん(仮名)

 アダルトビデオ(AV)出演による被害を防ぎ、救済する新法が6月に成立、施行された。AV業界は施行前後から研修などの対応に追われ、一部からは「撮影が中止や延期になった」など、萎縮や様子見とも取れる動きも出ている。一方で「新法を守っていないのでは」と懸念されているのが、一般人が撮影するAV、「個人撮影」や「同人AV」と呼ばれるものだ。
 スマートフォンの普及により、制作者と出演者のマッチングや動画撮影が簡単になった結果、誰もが撮影から出演、配信までできるようになった。AVメーカーや事務所を介さず、作品が審査されないといった特徴があり、契約書を介さないなど新法の規制を無視するかのような行為が指摘されるほか、トラブルも多く、撮影された人が脅迫や性暴力に遭ったという相談が支援団体に寄せられている。
 個人撮影も、もちろんAV新法の規制対象だ。しかし、被害者に対する根強い「自己責任論」から、深刻な被害と捉えられず、対策は進んでいない。実際に個人撮影する男性と、性行為はないもののヌードモデルとして「出演」した女性に現状を聞いた。(共同通信=池上いぶき、川南有希)

 ▽綿密にやりとりして撮影。それでも「女性を犠牲にしている」感覚
 首都圏に住む30代のさとしさん=仮名=は個人撮影をしている。約1年前からツイッターなどで女性を募集。性行為を撮影し、作品を動画サイトで販売する。「月に数本作って100万円稼いでいる」
 「素人感」を出した方が売れるため、募集対象は出演経験が少ない人に限っている。応募してきた女性には、初めての撮影か、顔を写せるかなどの条件に応じ、10万円前後の報酬を渡す。基本的に避妊はせず、女性との親密感を演出して稼ぎを伸ばす。
 女性たちの大半は学費稼ぎなど金銭目的という。トラブル防止のため、性交回数や撮影時間などを記した同意書と併せ、周囲に知られるリスクを事前に説明する。過去に撮影した数十人のうち、3人が知人らに気付かれたという。

AV被害救済法が可決、成立した参院本会議=6月

 AV新法は、契約から撮影まで1カ月空け、撮影後4カ月は公表を禁止した。しかし、さとしさんはこの規定を守れないという。撮影時に女性に報酬を支払ったとすると映像公表まで4カ月間、収入が得られくなり、生活に困るためだ。
 女性を「犠牲にしている」という罪悪感はあり、この仕事を早くやめたいと思っているが、もうしばらくは「法を守らずに個人撮影をしていく」と語った。

 ▽警察に被害を相談しても取り合ってもらえず
 関東在住の美容師みずきさん(28)=仮名=は4年前に知人と食事をしたとき、飲み物に薬物を入れられ、性暴力を受けた。さらに、その時に撮影した動画をばらまく、と知人から何度も脅迫された。「流出されるくらいなら、あえて裸をさらして被害を克服したい」と考え、個人的に活動するヌードモデルになったという。

ツイッターに投稿された「個人撮影」に関する募集(画像を一部加工しています)

 写真だけで、性行為はしない。しかし、始めて間もない頃、写真撮影だけの約束だったのにももかかわらず、SNSで出会った男性に無理やり性行為をされた。
 被害を訴えるために警察へ相談に行ったが「自宅に招いたんだから、仕方がない」と言われ、取り合ってもらえなかった。「私の味方はいないんだ」と絶望感が襲った。
 それでも「こんな奴のせいで辞めてたまるか」と活動を続けた結果、撮影にやりがいも見いだせるようになった。今では「何があってもおかしくない」と言い聞かせ、自衛策を徹底している。例えば、依頼に応じる際は相手の免許証を提示させ、撮影中は録音することを条件にしている。
 自分と同じような被害者を出さないため、SNSで対策法も発信しているが、個人撮影のモデルからの相談は後を絶たない。性被害に遭った女性に付き添い、警察に相談に行ったこともあるが、かつての自分と同じように、被害としては扱ってもらえなかった。
 たとえ自ら始めた個人撮影でも、同意のない性行為やセクハラは許されないはずだが、話が通じない。警察にも偏見がある、といつも感じている。「悪いのは圧倒的に加害者なのに、被害者の落ち度を探す人は多い。被害を『仕方ない』で済ませないでと、社会に強く伝えたい」

 ▽被害なくすには

 2019年度に内閣府が15~39歳の女性に調査したところ、4人に1人がモデルなどの勧誘を受けたり、応募したりした経験があった。そのうち13・4%は「聞いていない・同意のない」水着や下着姿など、性的な行為の撮影を求められていた。こうした撮影を求められた人の5・8%は、実際に性交の撮影や動画配信に応じさせられていた。しかも、望まない性的行為の撮影などに応じさせられた人の過半数は、誰にも相談していなかった。
 性暴力被害者の支援団体「ぱっぷす」によると、ここ数年、AV被害の相談の半数以上は「密室で撮影を迫られ、怖くて断れなかった」といった個人撮影関連が占めている。(1)違法なわいせつ動画のサイトに無断で映像を載せられた(2)家賃支払いのための「パパ活」で撮影を持ちかけられた―といったケースがあった。

AV出演を強要された被害者を支援するNPO法人「ぱっぷす」の金尻カズナ理事長

 金尻カズナ代表は、個人撮影が拡大している背景をこう説明した。「スマホ一つで荒稼ぎできてしまうので、誰でも始められる」。一方、被害者は「自分が悪い」と責めがちで、相談に至るのは氷山の一角という。「警察が積極的に被害を摘発し、犯罪として社会に周知されることで、被害者は声を上げていいんだという啓発になる」と強調した。

 内閣府によると、(1)契約書や説明書が無い/内容に虚偽がある(2)出演者が契約解除することを妨害する―などの行為は新法違反となり罰則の対象となるほか、出演強要や性暴力があった場合は、強要罪や強制わいせつ罪などが適用される可能性もある。

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