欧州エネルギー危機に投資家の目が離せない理由。「悪いユーロ安」が米グローバル企業に与える影響とは?

ジャクソンホールでのパウエルFRB議長の講演を受けてマーケットは波乱の展開となっていますが、それに先駆けてすでに欧州の株式市場は大きく崩れていました。背景は欧州のエネルギー危機に対する懸念です。ロシアがウクライナに侵攻して以来、地理的に影響の大きい欧州の様々な問題がクローズアップされてきましたが、もっとも危惧されているのがエネルギー問題です。


欧州の国々はロシアからのエネルギー輸入に大きく依存しています。ロシアはこうした欧州各国の足元を見透かしてエネルギーを武器に圧力をかけています。代金をルーブルで支払うことを拒否したポーランドとブルガリアに続いてNATOへの加盟を申請したフィンランドへのガスの供給も停止しました。特に依存度が高いドイツにとっては深刻な問題です。ドイツはロシアからパイプライン経由で輸入する天然ガスのシェアが55%にも達しています。

ドイツとロシアを結ぶ主力ガスパイプライン「ノルドストリーム」による供給量は6月以降大きく低下し、7月下旬以降は容量の2割ほどしか稼働していません(図表1)。ロシア最大の国営ガス会社ガスプロムはガスを輸送するタービン不良のせいだとしていますが、実際のところは西側諸国によるロシアへの経済制裁に対する報復措置でしょう。

今のところ欧州がなんとか持ち堪えているのは液化天然ガス(LNG)が国際市場に出回り、エネルギーの代替供給源となっているからです。

ただここにきて、新たな問題も出てきました。熱波と水不足です。記録的な高温が続く欧州では、約半分の地域が干ばつに見舞われています。欧州連合(EU)欧州委員会は最近出した報告書で「少なくとも過去500年で最悪の状況」と懸念を表明しました。ドイツでは日照りによる水位低下のためライン川で石炭輸送が停滞し、火力発電の稼働率低下が懸念されています。オランダでも同様の状況が起きています。フランスでは原発が半分しか稼働できません。定期検査などで停止が予定されていたところに、周辺の河川で水温の上昇と水位低下が起こり、原子炉冷却への水の使用制限を迫られているからです。

そこに米国の液化天然ガス(LNG)プラントの再稼働遅れも重なり、再び欧州のエネルギー供給に赤信号が点灯しています。さらに追い打ちをかけるように、ガスプロムは設備点検を理由に、「ノルドストリーム」の稼働を8月31日から3日間止めると発表しました。

こうしたことを背景に天然ガス価格は急騰しています。欧州市場では指標のオランダTTF(9月物)が1メガワット時あたり340ユーロ台に上昇。3月7日につけていた翌月物としての過去最高値(335ユーロ)を更新しました。

米国のCPI(消費者物価指数)は原油価格の下落に連動したガソリン価格の低下によってピークアウトの兆しが見られますが、欧州の消費者物価指数はその兆しが見えません。天然ガス価格の高騰はエネルギー価格の上昇を通じて欧州のインフレ率を高止まりさせるでしょう。

インフレとエネルギー不足によって欧州経済は苦境が予想されます。今後、冬の需要期に入ってロシアからの天然ガス供給がさらに絞られることになれば、計画停電の実施が避けられません。そうなれば工場の稼働は制限され生産が落ち込み、さらに景気が悪化する事態になります。インフレと景気悪化が同時進行するスタグフレーションとなる可能性が高まります。

欧州の厳しい状況を反映して外国為替市場ではユーロ安が加速し、20年ぶりに1ユーロ=1ドルのパリティ(等価)割れとなっています。ユーロ安は本来、ドイツなどの輸出立国にとって追い風になるはずですが、エネルギーなどの輸入インフレの弊害のほうが輸出増加の恩恵を打ち消して余りある状況、すなわち「悪いユーロ安」と受け止められています。

こうなると、もはや欧州だけの問題ではありません。世界中の中央銀行がインフレ抑制のため強固な姿勢で利上げに臨む中、日銀だけが金融緩和を続けていることから円安の流れが続いてきましたが、そこにユーロ安も加わって、外国為替市場では「ドル1強」がますます鮮明になっています。主要通貨に対するドルの強さを示す「ドル指数(実効為替レート)」は29日、20年ぶりの高水準をつけました。ドル高は米国の企業業績にとって逆風です。海外で大規模な事業を展開するグローバル企業の売上高はドル高によって目減りします。マイクロソフト、IBM、ネットフリックス、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)、フィリップ・モリス、セールスフォースなどが下方修正を発表しています。

欧州のエネルギー危機はユーロ安を通じて米国のグローバル企業の業績の重石となり、ひいては米国株式市場全体の不安要素となります。投資家の立場からはインフレ動向や中央銀行の政策に加えて、欧州のエネルギー問題から目が離せない展開が続きます。

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