北朝鮮が核実験を計画する中、中国を含めた将来のアジアの安全保障の絵姿を日韓が共有することが重要 ~第10回日韓未来対話 第1セッション報告~

開幕式に引き続き、第一セッション「世界の平和秩序の修復と北朝鮮の非核化」が行われました。

 冒頭、司会を務めたパク・イングク韓国元国連大使が世界の平和秩序を厳しくしている核心的な三つのイシューとして、①ウクライナ戦争がアジア太平洋地域に直接・間接的に及ぼす影響、②北朝鮮が予定する第7回核実験がもたらす波及効果とNPT評価会議の失敗、③継続する米中対立の深刻化がある──との認識を示した上で、北朝鮮が挑発的行動を繰り返しても制裁を受けないという確信を深めてゆく状況をどうすればいいのか、と問題を提起しました。さらに米国による拡大抑止への信頼性を含めて、混迷を深める安全保障政策にどう向き合うべきか、パネリストに呼び掛けて、1時間半以上にわたる熱のこもった議論がスタートしました。

当面の安全保障課題に対峙するためにも、両国民の認識は重要

 東アジア研究院国家安全保障研究センターのチョン・チェソン所長(ソウル大学教授)は、10回目となった日韓共同世論調査を踏まえて「日韓安保協力における両国民の認識が相当一致していることが分かった」と指摘しました。

 具体的には、自由民主主義国家という価値観を共有し、両国が北朝鮮の核問題や中国の軍事的脅威に直面していることなどを挙げました。さらに「核武装すべきだ」との意見が両国で増加している点に着目しながらも、互いに相手国の核武装には反対する意見が目立っていると分析。同盟国である米国を交えた韓米日安保協力に対しても「韓国民は7割が賛成、日本国民も4割程が賛成しており、両国の支持が高い」結果が出たことについて、北

 朝鮮の核問題に加えて「対中国牽制の必要性が特に今年に入って高まっている」との認識を示しました。

 そうした変化の理由としてウクライナ戦争の勃発や、韓国の政権交代も重要な要因であるとし、韓国のQuadへの参加も半数以上が賛成していると報告しました。また、中国に対する好感度は両国民共に低い一方で、半数以上の両国民が中国との経済関係を重視している結果について、「好感度と重要度が複雑な流れがあり、国民は賢明な判断をしている」と述べました。同時に韓日関係の好感度について、韓国内では「歴史認識問題が足かせになっている」と、当面の安全保障課題に対峙するために「引き続き両国民の認識を深く調査していきたい」と語りました。

日韓関係の改善、安保上の日米韓協力を行うことが国益に

 外交官出身で、日中韓協力事務局日本代表次長などとして韓国駐在経験もある自民党参院議員の松川るい氏は冒頭、韓日関係の改善を主張している尹錫悦政権が誕生したことへの期待を表明しました。その上で「ウクライナへの侵略で世界は変わってしまった。アジアのみならず、世界的に軍事力行使のハードルが下がった。中国とロシアに加えて、有事における北朝鮮との連携も想定せざるを得なくなった。米国のペロシ下院議長の台湾訪問後、中国の台湾への圧力が高まっている。台湾海峡、バシー海峡は日韓の重要なシーレーンであり、台湾で有事を起こさせないニーズが高まっている」と述べ、一層の日米韓協力が重要であると指摘しました。さらに対中国、北朝鮮が安全保障上の脅威であるという共通認識のもと、「今こそ機会の窓(Windows of opportunity)を広げて、日韓関係の改善、安保上の日米韓協力ができるようにすることが国益になる」と主張しました。

 一方で懸念材料として、①元徴用工訴訟問題に絡む日本企業の資産"現金化"の解決、②台湾有事抑止への一層のコミット、③米国の拡大抑止政策の信頼性を高める日韓の協力──を挙げて、韓国側の理解促進を求めました。さらに紛争抑止と平和を守る観点から「日米韓、日米豪、英国などを巻き込む大きなピクチャーを、日韓で共有してゆくことが重要だ」と訴えました。

通常兵器の戦争が核使用に繋がらないよう、韓米日が共同対処すべき

 初めて「日韓未来対話」に参加したホン・ギュドク淑明女子大学校教授は、ウクライナ問題について「全てが解決されないことから生じた歴史の内包性にあると見るべきで、歴史問題が解決されていない東アジアも非常に危ない地域だ」との見解を示しました。

 同時に、米スタンフォード大学フーヴァー研究所ミルバンク・ファミリー・シニア・フェローのニーアル・ファーガソン氏の著作『大惨事(カタストロフィ)の人類史』の一文「ウクライナに続いて台湾事態が発生した場合、北東アジアへの波及効果を留意しなければならない」を引用した上で、米ニューヨークの国連本部で7年ぶりに開かれた核拡散防止条約(NPT)評価会議がロシアの反発などに阻まれ、最終文書を採択できず閉幕した失敗に言及。「韓日がこの問題について、もっと声を上げなければいけない」と指摘しました。

 加えてロシアが国際原子力機関(IAEA)によるウクライナ南部のザポリッジャ原子力発電所の視察を認めたことについて歓迎の意向を示しながらも、ロシアが戦術核を使用する可能性を示唆した問題に関して「人類の平和を脅かす重要な挑戦だ。この深刻な事態に、国際社会が適切な対応をとれていないことを、中国と北朝鮮が注意深く観察しているだろう」と述べ、通常兵器の戦争が核使用につながらないように、韓米日が共同対処すべきだとの考えを明らかにしました。

北朝鮮が核実験を計画する中、中国を含めた将来のアジアの安全保障に関する考えをまとめることが重要

 元外務省軍縮課長、軍備管理担当の経験もある宮本雄二・元駐中国大使(宮本アジア研究所代表)は先のNPT会議は「大失敗だった」と指摘しました。その上で「核不拡散のレジームが国際社会において著しく脆弱化していると認識する必要がある。そこで北朝鮮が核実験をして、高度化・小型化などが進めば、韓国世論にどう影響するのか大変心配している」と述べ、今回の日韓共同世論調査において韓国内で「核保有論」が高まっている現状に懸念を表明しました。

 さらに1987年12月に米ソ間で調印された中距離核戦力全廃条約を受けて、旧ソ連の「SS-20」が全廃されるまで、米国中心の安全保障体制が大きな危機に陥った経験を回顧した上で、核保有論の動きに歯止めを掛ける「米国の拡大抑止政策の信頼性を維持することが重要である」と強調しました。同時に「この問題に日韓が真剣に議論をして、米国との間でも徹底的にすり合わせをして、そうした世論状況にならないよう努力することが重要だ」と語りました。

 また、7回目の核実験を計画する北朝鮮への対応に関して「鍵を握っているのは中国だ」と指摘。北朝鮮の核兵器国化に納得していない。北朝鮮が核を持つことは、中国にプラスにならないことははっきり分かっている」と述べ、市場原理など国際環境に大きく左右される大国・中国の動向を注視すべきだと強調。その上で「核に対して、中国が厳しい姿勢を取るように持ってゆく努力をすることが、私たちに残された数少ない選択肢だ」と強調しつつ、将来のアジアの安全保障に関する考えを急ぎまとめることが重要だとの認識も示しました。

北朝鮮の核能力は今や抑止力ではない

 第一セッションの「特別ゲスト」として日韓両国の元駐米大使が登壇しました。

 まず韓国のアン・ホヨン氏は、米国で2006年以降発表されている世界各国の軍事力レベルを分析する「グローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower)」を紹介して「近年明らかな傾向は①アメリカ、②ロシア、③中国、④インド、⑤日本、⑥韓国と、4位のインドを除けば、5カ国が(集中するのが)北東アジアに存在する。通常兵器型に加えて核を入れると、北朝鮮も6大軍事国家となり、民主国家3カ国、非民主国家3カ国となる。この30年間、非民主国家は軍事力が増強され、民主国家は低下し続けた。北朝鮮の核能力は今や抑止力ではない」と、北東アジアの現状をこう分析しました。また、米国の軍事戦略について「冷戦当時は巨大な軍事国家と戦争を遂行するための軍事戦略だったが、2001年の『9・11米同時多発テロ事件』以降、米国の直面する脅威が変化し、軍事ドクトリン、武器体系、軍隊演習もそれに対応した」と指摘し、結果的に国際安全保障に対応する能力・意思は著しく低下したとの見解を示しました。

 バイデン大統領についても「30年間の戦略環境の変化をよく理解している。トランプ前大統領時代から始めた大規模戦争に対する能力向上に加えて、同盟関係の増進を結合させている」と分析。開かれている「機会の窓」を一層活用すべきだとの考えを表明しました。

国連を中心とした普遍的集団安全保障が動かなくなった今、日韓関係をもっと強化し、アジア太平洋地域の安全保障を盤石に

 元外務事務次官で前駐米大使の杉山晋輔氏は、グローバルな平和構築のために日韓両国で何ができるか、との観点から問題提起をしました。国連の普遍的集団安全保障体制が国連発足当初から大国の拒否権によって稼働しないことが明らかだったとしながらも「米ソ冷戦時は、常任理事国にはある種の抑制が利いていた。今回はロシアが核の威嚇まで使ってしまった。この70、80年の普遍的集団安全保障のシステムがさらに崩壊してしまったが、これはヤルタでチャーチルとスターリンがケンカした時からこうなると分かっていたことだ」と批判し、"新冷戦"と言われる新しい国際環境ではないとの認識を示しました。

 さらにロシアのウクライナ侵攻が許容されることで「東アジアに飛び火して、習近平指導部がロシアと同じような侵略をする蓋然性は高いとは思わないが、万が一という状況が絶対ないとは言い切れない」と強い懸念を表明しました。

 具体的には、国連憲章第7章42条(安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる)で規定されていることに関して「ついに全く動かないことが露呈した、というのが今回の出来事だ。東アジアで同様のことが起きたら大変だ。国連に頼るわけにはいかないので、同盟でやるか、個別的・集団的自衛権を使って自分たちで身を守るしかない状況に至ったことが、極めて鮮明に現実の問題として露呈した」と指摘。その上で、日米同盟体制の「極東」条項には「明確に台湾は含まれている。中国外交部副部長時代の王毅外相は『内政干渉』だと主張したが、60年安保─72年日米首脳会談─72年日中首脳会談で伝えている。記録を読んでいないのか」と述べました。

 加えて韓米安保条約についても、朝鮮動乱の歴史的経過を踏まえて「日米同盟5条に対応するのは、韓米同盟3条だ。きちんとどこで一緒に戦うかは『太平洋地域』と書かれている。『ハワイ以西』と確定していると我々は解釈しており、台湾も当然含んでいる。韓国にとっても、条約上はそうした地域性を持っている」と主張しました。

 続けて、国連憲章第7章41条(安全保障理事会は、その決定を実施するために、兵力の使用を伴わないいかなる措置を使用すべきかを決定することができ、且つ、この措置を適用するように国際連合加盟国に要請することができる。この措置は、経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる)を用いた対北朝鮮の経済制裁措置も機能せず、「北朝鮮の核開発は止まらない。あらゆる意味で、国連を中心とした普遍的集団安全保障その他が動かなくなった時、同盟などでやっていかなくてはならない。日韓関係をもっと強化しないと、今の東アジア、アジア太平洋地域の安全保障は決して盤石なものにならない」と述べ、日米韓の一層の協力推進を求めました。

軍事面だけでなく、経済安保、世論対策など大きな視野で日韓は協力すべき

 パネリスト全員の問題提起の後、東アジアの予断の許さない安全保障環境について、追加の意見表明が行われました。

 チョン・チェソン氏は韓国の「核武装」論に関して「昨年の世論調査では60%だったのが、69%まで増えた。日本国民は核武装に対して9・8%から14・6%へと増えた。範囲の差があるにせよ、自国の核武装に対して、より積極的に考慮する趨勢だ」と分析。さらに韓米日協力を積極的に受け入れる調査結果について「北の核の脅威が表面的にあるものの、より優先順位として上がるのは台湾問題だ。いざという時に韓米日が協力できるか。韓国が台湾有事にどのような論理を持って対応できるかについて十分な議論がされていない」として、在韓米軍が派兵された際の北の動向などを分析する必要があるとの見解を示しました。

 台湾海峡問題に関連して、松川氏は「最大の問題は台湾有事を起こさせないことだ。やるべきことははっきりしている。大きな面として、北にロシアという国があり、北の核ミサイル開発、中国の台湾への野心があることを認識した上で、米国を中心に、南シナ海から太平洋までを、同盟、パートナー国の力である程度、抑止するネットワークをつくる意識が欠かせない。危機の時代にあり、関係者や政治家が自国民に語りかけることが重要だ」と語りました。さらに純粋な軍事面だけでなく、経済安全保障、世論対策を含めて大きな視野を持って、日韓間で協力すべきだとの考えを強調しました。

 ホン・ギュドク氏は「NPT評価会議の失敗」に関連して、ロシアがザポリッジャ原発を砲撃したことについて「人類の歴史上、前例がない大変危険なことだ。国際社会がそれに対して対応策を見出していないことは、北朝鮮にとってはとても喜ぶことだ」と指摘。北朝鮮がどのようなシナリオを予想するのかについて、「我々は検証しなければならない。軍縮をしている人間としては、核をいつ使うのかについて列挙しないのが原則だが、それに固執してはいられない。韓米日が深く議論を始める時期にある」と主張しました。

米国と同盟関係にある日韓両国がうまくやってくれないと困る、という米国の本音

 中国問題に精通する宮本氏は、米中対立が続く現状について「軍事的対応をしっかりしなければいけないということには異存はないが、それだけで終わってはならない。外交は経済と絡んでおり、トータルとしてどう中国に対応してゆくのか」と前提を述べた上で、中国政府は「大方針の微調整をしてくる」と経験則を披露。「それをうまく使いながら、我々の望ましい方向へ持ってゆくという意識を常に持ち続けること」が重要との考えを強調しました。同時に「建国以来、中国はずっと変わり続けている。平和的な環境をつくるために中国への働きかけを継続することが大切だ」と訴えました。

 アン・ホヨン氏は、米国のウクライナへの関与について「最初からNATOレベルでは介入しないとはっきりさせていた。米国の立場からしたら、そうならざるを得なかったと思う。米国の核戦略の展開過程を見ると、ずっと『リミテッド・ウォー(Limited War)』で、状況に応じてエスカレーションを阻止することを重要としてきた」と指摘。その上で、北東アジアの問題を解決するためには「米国の拡大抑止政策をどう強化するかが重要だ」との見解を示しました。

 杉山氏は、バイデン政権のブリンケン国務長官と旧知の間柄であることを表明した上で、「ブリンケン氏が『米国の外交政策の一丁目一番地はアジアであり、日米同盟と韓米同盟だ。その日韓がうまくやってくれないと困る』と本音で語っていた。バイデン大統領と全く同じだと思う」と語りました。同時に「日韓、韓日は同盟国ではないが、基本的な価値観を共有する民主主義国家として、極めて重要な隣国だ。今のような状況が続くことは決して得なことではない」と指摘しつつ、対中関係についても「世界経済で中国抜きでは考えられない。今後課題が山積するだろう中国と、米国ができないことを我々がやらなければならない」と述べました。

北朝鮮のみならずインド太平洋地域まで見据えた日韓の安全保障協力

 ディスカッションが盛り上がり、予定した1時間半をオーバーしましたが、傍聴者からも意見表明が続きました。韓国側フロアから参加した慶應義塾大学の西野純也教授は、日韓安保協力の視点で重視しなければならない点について「日本の『反撃能力』などは、日韓間で誤解する可能性がある時期に、私たちが今集まっている。韓米日の協議がより効率的に行われるべきだ」と主張。さらに北朝鮮の核問題、ウクライナ問題への協議推進に関しても一層の連帯が重要との認識を示しました。

 韓国の元駐ロシア大使を務めたウィ・ソンラク氏は、インド太平洋戦略において「バイデン政権は『自由で開かれたインド太平洋』を唱えている。この『グローバル』には二つの意味があり、米中、米露が全面戦争をしない状況の中で行うことになる。周辺地域との関係とは区分される。日中韓の考えるグローバルとどう融合させていくのか」との意見を表明しました。

 セッションの終わりにあたり、司会のパク・イングク氏は「従来の安保対話は北朝鮮問題が中心だったが、インド太平洋地域まで拡張しなければならない。構成員なども含めて過去の脅威ではなく、将来まで見据えて、立体的な面で議論をすることができた」と語り、議論を締めくくりました。

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