従来のマーケティングにはなかった「対話して引き出す」姿勢とは?

モノやサービスが溢れ、テクノロジーの進化が進み、社会が急速に変化するなかで、消費者のニーズを語る際に「Z世代」「コミュニティ」「カルチャー」「メタバース」「D2C」など、さまざまなキーワードがあげられるようになり、マーケティングが担う役割も変化しています。

そこで、ブランドリサーチャー・廣田周作 氏の著書『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)より、一部を抜粋・編集してマーケティングのトレンドを解説します。


ユーザー一人ひとりが、「主人公」になる時代

Refinery29という、アメリカのニューヨークから広まった、ファッションやビューティをテーマにしたオンラインメディアを知っていますか。

今や、VogueやElleなどの大手オンラインメディアのアクセス数をしのぐとまでいわれている、新興の分散型メディアです。まさに、このメディアも既存のファッションや、美容業界の考え方をひっくり返そうとしています。

私も過去、2度ほどニューヨークのオフィスを訪問させていただいたことがあるのですが、とても活気に溢れたメディアカンパニーだなという印象でした。

同メディアは「私たちは、女性たちがビューティを自己表現の手段として使いこなせるようにツールとしてのビューティ情報を女性に提供します。私たちは、女性に力を与えます。私たちは、ビューティのあり方を再定義するメディアです。私たちは、既存の慣習を変えることに挑戦し、伝統にとらわれないものを支持し、今日の美容界で最も影響力のある“声”として読者との会話をリードします」と、自らのコンセプトを語っています。

要するに、Refinery29は 「トレンドを押しつける」のではなく「対話して、価値観を引き出す」 アプローチで成功したメディアだといえます。

基本は、ファッションや美容に関係する記事が多いのですが、政治社会やアイデンティティに関する記事も多いのも特徴です。記事の文体も、「みんなはどう思う?」と語りかけ、対話を活性化させるように気を配っています。

あなたのよさを、引き出すためにはどうすればいいのか

「対話して引き出す」のは、従来のマス広告中心のマーケティングにはあまりなかった姿勢で、セレブリティを模倣させたり、読者にトレンドを押しつける従来のやり方とは一線を画すものです。

あなた自身の表現の幅を広げるにはどうすればいいのか、あなた自身のよさを引き出すにはどうすればいいのか、という視点をブランド(Fenty)やメディア(Refinery29)が明確に持つことが大事です。 ユーザー自身が「主人公」として関与できる関係性が支持されているのです。

言い換えれば、企業が消費者を型にはめ、一斉にマス広告を投下し、同じ製品をたくさん売りつけるという態度は、もはや支持されなくなったということです。

あくまで語るのはユーザーであり、ブランドはそのサポートに回るべきなのです。

ところで、マーケティング戦略を立案する際に、「パーソナライズ」という言葉をよく聞くようになりました。これは、企業がお客さんに関連するパーソナルデータや、ビッグデータを用いて、お客さんの特性に合わせた商品やサービスをレコメンドするという意味で捉えられています。

ですが、本来はユーザー側の論理に、企業が合わせるという意味で使うべき言葉だと思います。例えば、 ユーザーが主人公になった場合、どのように企業としてサポートできるのかという視点 ですね。パーソナライズして売りつける発想ではなく、パーソナライズして関与してもらう視点が大事です。

よく見かけるようになった「ボディ・ポジティブ」という言葉も、この文脈で考えるとわかりやすいと思います。

いままでは、“痩せてシュッとした”体型のモデルがビューティのスタイルを牽引してきました。しかし、世の中にはさまざまな体型や体格の人がいます。

そして、人が何を美しいと思うかは、多様でいいはずですよね。

誰にもジャッジされる必要はなく、自分で自分に自信があればそれでいいんです。

お客さん側からすれば、メディアやブランドが勝手に決めた「美しさの正解」を押しつけられても、人によっては、そこに居場所がないと感じてしまいます。

「これが美しい」という発信は、同時に「あなたは美しくない」という意味を言外に伝え、疎外感を与えてしまう場合もあるのです。

そうではなく、やはり 「ビューティはあなたの中にあり、それを引き出すためにはどうすればいいのか」 という視点が重要です。

ちなみに、ここで公正のために述べておきたいのは、Refinery29のような「リベラル」なメッセージを売りにしている企業でさえ、「上層部は、白人女性ばかりが声が大きく、差別的で、有害な職場だ」という声が内部から上がり、編集長が交代するようなニュースがありました。念のため、ここでお伝えしておきます。

「100%素晴らしい」とは全面的に紹介できないところに、現代のブランドの難しさがあります。

いやはや。

「みんなが使ってる」よりも「私が推せる」方が大事

かつては「みんなが知っている状態」を目指すことが、ブランドにとっての至上命題でした。なぜなら「有名な会社ならきっと安心だ」と考えられていたからです。

しかし、先ほど述べたように価値観やライフスタイルが多様化した今、 問われているのは認知度ではなく、社会や環境に対してどのような取り組みを行っているのかという「ファクト」と、それに基づいた「ブランド・プロミス」です。

要するに会社の規模よりも「まともなブランド」なのかどうかが、よりシリアスに問われるようになったわけです。「知ってる」と「推したい」は全く違うんです。

では、そもそも、なぜ消費者との「約束」が重要になったのでしょうか?

ひとつは、明確にSNSの影響があると思います。

想像してみてください。

最近、あなたはマス広告を見て何かを買った記憶はありますか? あるいは、マス広告で見たものを友人におすすめしたことはありますか?

おそらく、パッと思い出せるものは、あまりないと思うんです。

モノを買う時のブランドの認知経路や、推奨の過程においてSNSが大きな役割を果たすようになると、「みんなが知っているもの」をわざわざ誰かにあえて教えてあげようとはなりません。また、誰かに教えてあげようと思う際、そのブランドがまともじゃないと、自分自身の信用も疑われます。

「え、なんであんなの、おすすめしてきたの? センス悪いね」とは思われたくない。

例えば、私が友人に何かの健康食品をすすめる時、メジャーなものを、わざわざおすすめすることはないと思うんです。むしろ「これ、知ってる?」とまだ知られていないものをすすめて、ちょっと自慢したい。

また、成分や原料が安心できるものや、ブランドのストーリーがちょっとユニークな商品じゃないと、私自身の信用を失ってしまいますよね。

だからこそ、 「君は知らないかもしれないけれど、これはいいものだ」と言えるブランドこそが、支持を集める のです。

D2Cがブームになっている理由も、本質は、ここにあるのではないでしょうか。

Glossier、allbirds、MVMT、Casperなど、最初の方に知った人たちは熱心に友人に「これ知ってる?」と話した経験があるはずです。私も随分話しました(笑)。

クチコミが重要な時代になると、製品のよさに加えて企業やブランドの姿勢が非常に重要になってくる理由はそこにあります。

よくマーケターが「ナラティブ」とか、「ストーリーテリング」とか言いますが、要するに 「こういう取り組みをしているブランドだ」と誰かに言えることが大事 なのです。

例えば、ブランドとして、製造過程にどのようなこだわりがあるのか、労働者とフェアな契約を結んでいるか、環境の負荷を考えているか、社内にハラスメントはないか、など。まさにFentyは、「こういうブランドなんだ」と語れる要素がいっぱいあります。

有名なD2Cも、広告に予算をかけずに、原価率を高くして製品の質をよくしていることや、動物実験などをしないことを誓うなど、人や社会、環境などに優しいエシカルな取り組みをしていることや、ダイバーシティ&インクルージョン(社会的包摂)への取り組みを熱心に語っていますよね。

「100%いい」企業なんて、存在しない

一方で、透明性が高まっている状況は、ブランドのチャンスにつながることばかりではありません。

どんなに多くの人から「いい企業だ」と思われていたとしても、必ずと言っていいほど、批判の声もあるのが、現代のブランドの難しいところです。

例えば、イーロン・マスク氏は、カリスマ経営者であり、世界をよき方向に導いてくれる信頼できる人に見えます。しかし、違う視点から見ると、不当労働行為を訴える従業員がいたり、「ほとんどの技術が買収してきたものであり、彼のアイデアではない」という痛烈な批判もあります。

つまり、「100%いい」会社なんて、存在しないと思った方がよさそうです。 「仕事ができる人」が同時に「困った人・ハラスメントを起こす人」であることなんてざらにあります。

当たり前かもしれませんが、人間にも、企業にもいろいろな側面があることを認識した上で、屹然とハラスメントには「NO」と言い、「どうしたらよくなるのか」を思考停止せずに考え、行動し続けることが重要です。

もちろん、過去の発言や行動を批判し、排除しようとする、安易なキャンセルカルチャーもよくないですが、ハラスメントがあること自体は、もっとよくないことだと思います。これは、本当に難しい問題ですが。

私が冒頭で「いい会社」の定義が難しいと述べたのも、この問題に関わります。

自分の胸に手を当てて、「私は100%正しい」と言える人がどれだけいるでしょうか。

とはいえ、「少しでもよくしていくこと」は絶対諦めてはならないことであり、ここを個人としても、ブランド・企業としてもどのように考えていくのか、これから大きな課題になっていくと思います。

ちなみに、「この複雑さ」に耐えきれず、ステルスマーケティングまがいのことをやったり、情報を隠したり、操作したりクチコミ自体を「買収」できないかと考えているような企業人もいます。

そういうのは本当に論外だと思います。基本的にはインフルエンサーや評判を「買う」という発想自体が危険だ、と思った方がいいし、間違っていると認識しましょう。

世の中には、自社に不利な書き込みやサイトを検索に引っかからないようにするための「逆SEO」なる手法があって、公然とそうしたサービスを「買っている」企業もあるわけですが、こういうのも、どこまで許されて、どこまで正当なものなのか、線引きが本当に難しいですよね。

とはいえ、ブランドや企業たるもの、高潔でいたいものです。

著者:廣田周作

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Z世代、コミュニティ、カルチャー、メタバース、D2C.......。モノやサービスが溢れ、テクノロジーの進化が進んでいます。マーケティングの最優先事項だった、消費者のニーズは見えづらくなり、逆に、SNSを通じて企業のふるまいそのものが、消費者から見えるようになりました。
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