極度に凶暴化した巨大ライオン
現代における撮影技術の向上は、我々に想像を超えるエンターテインメントを提供してくれる。宇宙での闘いも恐竜もUFOもコミックヒーローも。あらゆるものがリアルに感じられる。
もちろん、現実に“ある”ものだって描き出すことができる。たとえば、ライオンなんてどうだろう。それも普通のライオンじゃない。巨大で獰猛な“モンスターライオン”。動物パニック・アクションスリラーを現代の技術で蘇らせる。それが『ビースト』だ。
製作陣は、この映画を「ライオン版『クジョー』」として企画したという。『クジョー』(1983年)はスティーヴン・キング原作、セントバーナードが人間を襲う映画だった。言い方を変えると、『ビースト』は“陸の『ジョーズ』”でもある。
『ビースト』の舞台は南アフリカのサバンナ。主人公ネイト(イドリス・エルバ)はアメリカの医師。別居中だった妻を亡くしたばかりだ。仕事にかまけて家族をないがしろにしてしまい、2人の娘との関係も悪くなっていく一方。
家族の絆を取り戻すべく訪れたのは、妻の故郷である南ア。しかし動物保護区のサバンナには、密猟者に仲間を殺され、極度に凶暴化したライオンが待ち構えていたのだった。
荒唐無稽になりすぎない地に足のついた対モンスター映画
撮影に際して主要な場面では生身のライオンは用いられておらず、画面に映っているのは「最先端の視覚効果技術」で作られた猛獣だ。
といって、描写が“なんでもあり”ではないところもポイント。デカいし凶暴だがライオンはライオンだ。そして人もまた人であって、何か超人的なことができるわけではない。まして主人公は医師であり、つまりは一般人。闘うというより、ひたすら生き延びるために頑張るしかない。
医師だから傷の手当てはできる。決して強くはない人間に何ができるか、そして父として家族を守ることができるか。予告編などで大フィーチャーされているイドリス・エルバとモンスターライオンの闘いはあくまで最終局面。一騎討ちであると同時に違う意味も持つ。さすがに人間がライオンと1対1で闘ったら勝てるわけがない。
あくまで人間としての闘い。恐怖に苛まれ、そこで何ができるか。家族を守るためだから発揮されるパワーもある。ド迫力と同時に荒唐無稽になりすぎない、地に足のついたドラマがあるから『ビースト』は面白い。まさに『JAWS/ジョーズ』(1975年)もそうだったし、そこに(たとえばロック様ではなくて)イドリス・エルバが主演である意味もあるのだ。
文:橋本宗洋
『ビースト』は2022年9月9日(金)より全国公開