ノースウェスタン大学、永遠の化学物質“PFAS”を簡単に破壊する方法を発見

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世界的に規制が強化されている有機フッ素化合物「PFAS」は、1940年代からさまざまな日用品に使われている化学物質だ。PFASはバクテリアによって分解されることもなければ、火力で焼滅することもなく、水で薄めることもできない。この有害な化学物質を土に埋めると、周囲の土壌に浸出し、何世代にもわたり問題を引き起こす。PFASは、こうした身体や環境中に長期残留する毒性を有することから「永遠の化学物質(forever chemicals)」とも呼ばれる。

米ノースウェスタン大学の化学者らはこのほど、不可能とされてきたことを可能にする驚くほど簡単な方法を発見した。低温で安価な一般的試薬を使い、2種類の主要なPFAS化合物を分解し、無害な最終生成物のみを残す手法を生み出したのだ。

アメリカ国立科学財団の支援を受けたこの研究は、8月19日発行の『サイエンス』誌に掲載された。新たな手法は、人間や家畜の健康、環境の健全性に多くの危機的被害をもたらしてきた有害化学物質を最終処分する上で有効な解決策となるものだ。

研究を率いた同大学のウィリアム・ディヒテル教授は「PFASは大きな社会問題になっています。ほんのわずかな量であっても健康に悪影響をもたらし、分解されることもありません。問題の行く末を指をくわえて待っているわけにはいきません。化学によってこの問題を解決し、世界中の人たちが使える解決策を導きたいと考えました。われわれの解決策がこんなにもシンプルで、しかも誰も発見していないものであることに興奮しています」と語る。

PFASは鉛と同じ分類

パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物の略であるPFASは、70年前から焦げ付き防止剤や防水加工剤として使われてきた。焦げ付き防止機能のある調理器具やウォータープルーフ化粧品、泡消火薬剤や保護具、防水・防汚繊維、油脂に強い製品などに含まれている。

しかし、そうした日用品から長年にわたって漏れ出したPFASは飲料水に入り込み、今では米国の人口の97%の血中に存在する。健康への影響はまだ完全に解明されているわけではないが、PFASへの曝露は生殖能力の低下、子どもの発育への影響、さまざまなガンの罹患リスクの増加、感染症と戦うための免疫力の低下、コレステロール値の上昇に大きく関連している。

こうした健康への悪影響は社会に警鐘を鳴らし、ビジネス界も動いてきた。ここ数年間で、アホールド・デレーズやイケア、ホーム・デポなどの小売業者がさまざまな製品や包装容器に含まれるPFASを避けようと取り組んできた。一方、EPA(米国環境保護庁)も今年6月、一部のPFASが安全性に問題があることを公表した。

ディヒテル氏は「EPAは最近、PFASの中でも毒性が強いとされるペルフルオロオクタン酸(PFOA)の基準値を実質ゼロ(水道水1リットルに対し 0.004ナノグラム)に変更しました。PFASの一部は鉛と同じ分類に入れられることになったのです」と説明する。(日本では、水道水1リットルに対しPFOS・PFOAの合計値で50ナノグラム以下が暫定的な目標値)

分解できないと思われた結合

研究者らの努力により、水からPFASを除去する取り組みは成功したものの、除去したPFASをどう処理するかに対応する解決策は見つかっていない。現在浮上している数少ない選択肢は、高温・高圧でのPFASの破壊や大量のエネルギーの投入が必要となる方法で、利益より害をもたらす可能性の方が大きい。

ディヒテル氏は続ける。「ニューヨーク州では、PFASを焼却処分していると説明していた工場が大気中に一部の化合物を放出していることが判明しました。煙突から出た化合物は、周辺地域に流れ出てしまっています。ほかの失敗策は、埋め立て地にPFASを埋めるというものです。PFASはゆっくりと浸出するため、埋め立てるということは、そこから30年間にわたり問題を抱えるということになります。問題の解決にはつながらず、先延ばしになるだけです」。

PFASが破壊されない理由は化学結合にある。有機化学で最も強固な結合といわれる「炭素-フッ素結合」を多く含んでいるからだ。周期表のなかで最も電気陰性度の高いフッ素は電子を引きつける力が大きく、一方の炭素は電子を手放したがらない性質がある。「2つの原子にはこうした違いがありますが、2つの原子の大きさはほぼ同じで、この結合は本当に強い組み合わせです」とディヒテル氏は言う。

PFASのアキレス腱

しかしPFASを研究する過程で、ディヒテル氏のチームはPFASの弱点を発見した。強固な炭素-フッ素結合を含むPFASだが、分子の一端には帯電した酸素原子を有する基(原子団)がある。ディヒテル氏らはこの部分に着目し、PFASの破壊に通常は使わない溶媒であるジメチルスルホキシドのなかでPFASを水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)と一緒に加熱した。これにより、効果的に結合の先頭部分を切り落とし、反応性の高い尾の部分を残すことができた。

「これが引き金となり反応が起きました。フッ素の最も安全な形であるフッ化物を形成するためにPFASがフッ素原子を吐き出し始めたのです。炭素-フッ素結合はかなり強固だが、この先頭部分がPFASのアキレス腱だったのです」

PFASを破壊するこれまでの試験で、他の研究者らは400度までの高温を使ってきた。ディヒテル氏は、開発した新たな手法がより低温で、シンプルかつ安価な試薬を用いて実行でき、普及に向けてもより実用的で電力消費を低減した形が実現できることに期待を膨らませている。

PFASの分解条件を発見した後、ディヒテル氏と共著者のブリタニー・トラン氏は、フッ素化された汚染物質が一般的に考えられているものとは異なるプロセスで分解されることを発見した。

UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の計算化学者であるケンダール・ハウク氏と天津大学の学生のユリ・リー氏は、説得力のある計算方法を用いて、PFASの分解をシミュレーションした。計算の結果、PFASは予想していたよりも複雑な過程で分解されることが分かった。PFASは炭素を一つずつ分解すると予想されてきたが、シミュレーションでは一度に2〜3個の炭素を分解することが分かった。この発見はディヒテル氏とトラン氏の実験結果と一致し、さらに、無害な生成物のみが残ることも裏付けられた。この新たな発見は、ディヒテル氏らの技術をさらに改良する上で助けになるだろう。

著名な研究者であるハウク氏は「これには、近代的な量子力学的手法と最速のコンピューターを駆使した非常に複雑な計算が求められます」と語る。「量子力学は、化学のあらゆるものをシミュレーションする数学的手法に長けています。しかし、このような大きな力学的問題に取り組み、すべての可能性を評価し、どれが観測された割合で起こりうるかを判断できるようになったのはここ10年ほどのこと。リー氏はこうした計算方法を習得し、この基本的でありながら、実質的にも重要な問題を解決するためにラン氏と協働してきました」。

残り約1万1990種類への挑戦

今回の研究の対象は、PFAS化合物の中で最も有名であり、PFOAとその代替物質として知られるGenXを含む、10種類のペルフルオロカルボン酸類(PFCA)とペルフルオロエーテルカルボン酸(PFECA)の分解に成功した。しかし、EPAによるとPFAS化合物は1万2000以上あるとされる。ディヒテル氏の研究チームは今後、他のPFAS化合物を分解するための新たな戦略の有効性を試験していく計画だ。残り約1万1990種類というのは途方もない数のように思えるが、ディヒテル氏は希望を抱いている。

「われわれは今回、PFAS化合物の中でも最も懸念されているものを破壊することに取り組みました。今回取り組んだものとは異なるアキレス腱を持った別のPFAS化合物があります。しかし、それぞれに弱点があるでしょう。それが特定できれば、破壊するための方法が分かるでしょう」

# Chemistry & Materials

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この記事の原文は www.sustainablebrands.com に掲載されています。

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