「人間扱いしていない」植松死刑囚と同じ体質だった、もう一つのやまゆり園 虐待疑いや不適切な対応が横行、職員76人が関与

「中井やまゆり園」で男性入所者(右から2人目)を殴る職員(右端)=2021年9月(施設内のカメラ映像より。画像の一部を加工しています)

 神奈川県の「中井やまゆり園」という県立の知的障害者入所施設で、職員による虐待の疑いが多数指摘されていたことを受け、県の調査委員会がこのほど、報告書を発表した。過去に虐待と認定されたケースや不適切な行為も含めると、問題のある事例は2015年度以降だけでも41件に上った。76人もの職員の関与が認められ、調査委員会は「日常の衣食住全てで不適切な対応が横行していた」と指摘した。一体なぜ、そんなひどい状態になってしまったのか。(共同通信=市川亨)

 ▽天井が便まみれの部屋で生活
 中井やまゆり園は神奈川県中井町にあり、自閉症や重度の知的障害がある人を中心に約90人が入所している。

 2016年に障害者19人が殺害される事件があった県立「津久井やまゆり園」(相模原市)と名前が似ているが、津久井園は社会福祉法人の運営。中井園は県の直営で、職員は県の職員という違いがある。
 調査委員会が9月5日にまとめた報告書には、耳を疑うような事例が何件も並ぶ。

入所者の肛門内に入っていたナットの写真。手術で摘出され、施設の内部資料に添付されていた

 「入所者の肛門に金属製のナットが入っていた」
 「入所者の頭にそり込みを入れたり、前髪を一部だけ残して丸刈りにしたりした」
 「スクワットを数百回させていた」 

 職員や入所者家族へのアンケートなどで寄せられた情報は91件。調査が終わっていない事案も約40件あり、虐待の件数はさらに増える可能性もある。
 調査委員会が「虐待が疑われる」とした中には「居室の天井が便まみれとなった環境で生活させていた」というケースもあった。自分の大便を部屋の天井に投げ付けるという行動をする30代男性入所者がいて、掃除がきちんとされていなかったという。
 

 委員の一人はこう話す。「部屋を見たとき、そのひどさにがくぜんとした。でも、もっと問題だと思ったのは、アンケートでこの部屋の状況を指摘する職員が1人もいなかったことだ。誰もおかしいと思っていなかったことを示している」
 報告書は「利用者が人間らしい生活を送れていない。職員も利用者を人間として見られなくなっている」と指摘。佐藤彰一委員長(国学院大教授)は、津久井やまゆり園の事件に触れ、こう話した。「植松聖死刑囚は重度の障害者について『この人たちは人間じゃない』と言ったが、中井園でも何人かの職員はそういう感覚になっていたと思う」
 報告書を受け取った黒岩祐治知事は「根の深い問題で、恥ずかしい限りだ。利用者と家族に心からおわび申し上げる」と陳謝。県は関係した職員を処分する方針だ。

神奈川県の黒岩祐治知事(右)に報告書を手渡す調査委員会の佐藤彰一委員長=9月5日、神奈川県庁

 ▽「隠蔽」の感覚もまひ
 調査の過程では、職員が入所者に暴行する映像が施設内のカメラに写っていたのに、園の幹部職員らが隠蔽していたことも判明した。
 共同通信が入手した映像では、昨年9月、床に座り込む40代男性入所者を荷物運搬用の台車に乗せた後、かみつかれた男性職員が2回、顔を殴る場面が写っていた。
 この入所者に関する当日の「生活記録」では、「頬を平手で強く押した」「(顔のあざは)台車か壁や床にぶつかってできたと推測される」と虚偽の記載がされていた。

神奈川県立「中井やまゆり園」で職員に殴られた後、荷物運搬用の台車で運ばれる男性入所者=2021年9月(施設内のカメラ映像より。画像の一部を加工しています)

 障害者虐待防止法では、虐待の疑いに気付いた人は自治体に通報する義務があるが、寮長と上司の担当課長(当時)は映像を見たのに通報せず、家族にも事実を伝えていなかった。ただ、調査委員会の聞き取りに寮長と課長は「隠蔽とは考えなかった」と答えたという。

 これについて佐藤委員長は記者会見で「ずっとそのような対応をしてきたから、『隠蔽』の意識がなかったということだ」と指摘した。つまり、本来すべき通報や報告をしないことが当たり前になっていたため、「隠した」と思わないほど感覚がまひしていたというわけだ。委員の一人は「ある意味、意図的に隠すよりも深刻だ」と話した。

 ▽県庁本庁も放置
 虐待が疑われる言動や不適切な行為がまん延した理由は何なのか。調査委員会は管理職のマネジメントが機能していなかったことや職員間での対立、県庁本庁が監査で現場の実態を見過ごしていた点など複合的な要因を挙げた。

知的障害者の入所施設「中井やまゆり園」=6月、神奈川県中井町

 関係者によると、施設トップの園長はほとんど事務室にいて、現場を見て回ることがなかったという。虐待を疑う声が職員から出ても踏み込んだ対応をせず、県の事なかれ体質も加わって放置されてきた。
 園の入所者の中には、自閉症と知的障害で強度の行動障害がある人たちがいる。意思疎通が難しく、光や音への感覚過敏などによるストレスから、他人に暴力を振るったり、激しい自傷や破壊行動を繰り返したりする。そのため、身体拘束や虐待につながりやすい。適切な環境と支援を提供すれば行動障害は和らぐが、専門的なスキルや経験が求められる。
 同園は県立のため職員は3~5年程度で異動。専門性が育たず、不適切な対応で入所者の行動障害がさらに激しくなり、虐待する―という悪循環に陥っていたとみられる。

 ▽社会全体で押しつけた結果
 ただ、調査委員会の大川貴志委員は「それ以前にもっと根本的な問題がある」と話す。大川氏は、強度行動障害がある人への質の高い支援で知られる横浜市内の施設の現場責任者だ。「『地域で暮らすのは難しい』とレッテルを貼られた人たちが中井園に集められ、社会からも職員からも『分けられていた』。分離の構造が園で濃縮していった結果が招いた事態だ」

黒岩祐治知事(右端)と共に記者会見する調査委員会の佐藤彰一委員長(中央)と大川貴志委員(左端)=9月5日、神奈川県庁

 日本社会事業大の曽根直樹准教授(障害者福祉)も同様の指摘をする。「民間施設が受け入れたがらず、公立施設が引き受けているという状況が背景にある。社会全体で押しつけていることが最大の要因だ」
 中井やまゆり園は今年6月から、入所者を積極的に部屋から出し、軽作業やレクリエーションをするなど支援の質の向上を図っている。
 しかし、全日本自閉症支援者協会の松上利男会長は園の将来について「もう解体した方がいい」と手厳しい。「公立特有の問題があるし、行動障害がある人を大規模な施設1カ所に集めて管理するという考え方自体が、もはや間違っている。地域社会の中で分散して暮らせるよう支援の態勢をつくっていく必要がある」と話している。

 ▽取材後記
 調査委員会の報告書を受け取った神奈川県の黒岩知事は、実はもう一つ重要な発言をしている。
 「これは中井園だけの問題なのか。日本の障害福祉では、実はこういうことが今も続いているのではないか」
 共同通信の調査では、神奈川以外でも複数の県で公立の障害者施設が、行動障害がある一部の入所者を十数年にわたり1日20時間以上、居室に閉じ込めていたことが分かっている。津久井、中井やまゆり園と同じだ。
 取材では「行動障害がある人は、実は1人暮らしの方が落ち着くのではないか」という指摘をたびたび聞いた。だが、それを支える地域でのサービスが圧倒的に足りない。だから親は「施設に入れるしかない」と思ってしまう。この構造から脱しないと、中井やまゆり園と同じことは今も起き、これからも起きてしまうだろう。

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