みんな一緒に新学期

9月から始まる新学期。新型コロナウイルスによる学校閉鎖、リモート教育などを経た今、ダイバーシティー教育も推し進められてきている。新学期に向け、そんなニューヨークの学校の今を見てみよう。(取材・文/河原その子)


多様、平等、包括をスローガンにする

大都市の学校教育の今

今年は多くの子供たちがマスク無しの夏休みを楽しむことができたが、いまだ調子を取り戻せない子供たちや大きな環境の変化があった家庭も少なくないはず。マスクが必須でなくなっても、生活までぱっと元通りになるわけではない。まだまだ保護者の細やかな見守りも親たちへのサポートも必要だろう。

今回話を聞いた学校教育のプロフェッショナルも、気軽に外に向けて相談することを推奨している。他人に変に思われないで話を聞いてくれる文化がここにはある。悩みを抱え込まず、大人も子供にも「相談できる場所がある」ということを常に忘れずにいることが大切だ。

世界はどんどん狭くなってきている。国、文化、人種の違いだけでなく、一人ひとりの価値観や生き方を学び、認め合うということは、これからの子供たちに教えていきたいことだ

教育機会均等の重要性

ニューヨーク市にある、SHSATと呼ばれる一発勝負のテストで入学が決定する8校のスペシャライズド高校は、トップ進学校とされ競争率も高いが、専攻、施設、設備、クラブ活動の充実や、伝統的な卒業生とのつながりなど、学校としての魅力も高い。しかし一方で、生徒の人種構成がアジア系と白人で占められ、市の人口の半数以上を占めるアフリカ系、ヒスパニック系生徒が10%に満たないことから、平等な機会均等という視点では疑問が投げ掛けられることも多い。この在学生の人種比率の格差を是正すべく、行政や市民の努力があるものの、残念ながら変化はない。

「成績を上げる努力が足りない」とか「マイノリティーであることだけで優遇する方がおかしい」といった理屈では解決できない、アメリカの構造的な社会問題が要因に挙げられる。

その構造のゆがみに気付き、多様な価値観が共存できる世界を作っていく若い世代を育てるのが学校であり、それはどちらの側にとっても、学力、知識、思慮深い考え方を伸ばすだろう。

それは、異なる価値観や文化が密集するニューヨークだからこそできる教育の形だというのが、これまでも、そしてこれからもニューヨークが目指す学校の多様性だといえる。

新たな変化も

一方、9月からの新しい変化の一つに、ギフテッド&タレンテッドプログラム(G&T)と呼ばれる学習能力で選抜するクラスがある。これまではキンダー入学前の4歳児が受けるテストの点数でプログラムへの参加が決まったが、この方式は従来批判の的になっていた。

4歳児の能力を、たった1日のテスト結果で判断することは不可能だ。その日の気分でぐずったり、人見知りで泣いてしまう子もいる。また裕福な家庭ほど、塾や家庭教師でテスト攻略の準備ができてしまう不公平さがあったからだ。

コロナ禍で選考は一時ストップし、このままたち消えるかと思われていたG&Tだが、エリック・アダムス新市長になり、今年4月、新方式での再開が発表された。新方式ではテストが廃止になり、プリスクールの先生の推薦状を得た子供だけが抽選にかけられ、プログラム参加が決まる。

また新たに3年生までの成績が各校上位の生徒が参加できるG&Tが新設された。新方式は、恵まれない環境にある子供たちも、より良い教育にアクセスできる機会を増やすことをより重視した。賛否はあるが、教育の機会均等のための試みといえる。

ウィズコロナの時代、教育改革の試行錯誤は続く。

河原その子

舞台演出家/教育者/学校コンサルタント

NY市公認非営団体Crossing Jamaica Avenue代表。
日本演出者協会会員。
フォーダム大学、ボストン大学、プリンストン大学で演劇を教える。
2023年度モントクレア大学非常勤教授。
NYの教育ライターおよびコンサルタントとして保護者をサポート。
コロンビア大学院舞台演出修士(M.F.A.)、中学1級・高校2級美術教員免許所持。
nycpschoolsatoz@gmail.com

いろいろな生徒がみんな一緒に同じ教室で学ぶ

ニューヨーク教育の今って?

特別支援教育スペシャリストの中島さんと地元保護者に信頼を得るカリスマ学校コンサルタントのジョイスさんに、「包括教育」「多様性の推進」を掲げるニューヨーク教育の今を聞いた。


包括的な支援教育をサポートする

アドボケイトとは、お子さまが発達、学習、社会性、感情などの面でつまずいているかもと心配されている保護者をサポートする仕事です。教師、カウンセラー、サイコロジスト、弁護士ではありませんが、必要であればこれら専門家につなげます。

アメリカではさまざまな障害を持つ子供たちが適切な教育を受ける権利が、幅広く連邦法や州法で保証されています。スペシャルエデュケーション(特別支援教育=以下SE)を受けるには、個別にカスタマイズされたIEP(Individualized Education Program=個別教育プラン)を作成しますが、普通では知り得ない情報も多く、親御さんが法律や支援の仕組みを全て自ら学ぶのは大変で、見落としてしまうこともあります。法律や条例の枠組みを考慮し、IEPを含む記録、書類の分析、書類作成のお手伝い、IEPミーティングへの同席など専門性の高い仕事は多岐にわたります。

いろいろな支援につながる道がある。ちょっとしたことでも気軽に相談してみよう

アメリカの支援教育の特徴

アメリカの支援教育法は1960年代の公民権運動で生まれた公民権法の一種です。子供の発達で気になることがあった時に、アメリカでは0歳からエバリュエーションを勧められることは普通です。支援が必要であれば、早期介入が最も効果的だからです。査定は迅速で無料です。

インクルーシブな
アメリカの支援教育

連邦法のSEの根幹はLeast Restrictive Environment(制限の少ない環境)です。できる限り一般生徒と分別せず、同じ環境で教育を受けます。その一つがICT(Integrated Co-Teaching=包括的な統合教育)クラスです。

ICT教育の恩恵とは

ICTクラスは40%がSE生徒、60%が一般教育の生徒で構成され、一般教育の生徒にも恩恵があります。担任はSE専門家との2人制で、副担任、アシスタント、加配など生徒に対する大人の数が圧倒的に多く、一人ひとりに目が行き届きます。低学年では障害の有無にかかわらず、行動や感情の揺れはどの子も大きいものです。

視覚優先で学ぶ生徒がいたら感覚を優先して学ばせるなど、教室ではSE専門教師の知識と技術がいかんなく発揮されます。小さな時からそういう環境で多様な学びを得ることで、成長してからの社会性や感情表現にきちんと準備ができている子供が増えていきます。支援の必要な子供だけを特別クラスに囲い込むのではなく、全体的に子供たちを見ます。

保護者に伝えたいこと

「子育てが難しい」「うちの子は何か違うかも」と思ったらまずは相談してほしいです。「こどもサポート」は保護者の自主的な会で、仲間とおしゃべりするだけで他では得られない共感が得られほっとできます。それが入り口でいいのです。

中島ヒーリー厚子さん
スペシャル・エデュケーション・アドボケイト

2017よりNYC特別支援教育の分野で多くの保護者のサポートに取り組む。
支援の仕組み・法律・条例を踏まえたリサーチが専門。
全米で最も定評あるアドボケイト課程、COPAA SEAT 2.0修了。
「ニューヨークこどもサポート」代表。
kodomosupport.com


多様な文化の中で学ぶ素晴らしさ

ニューヨーク市は全米で最も多様な文化が凝縮された都市です。さまざまなニーズに溢れ、学校のスタイルも大きく異なり、学校制度の複雑さは全米でも類を見ません。不安を感じる保護者も多いですが、多様な文化と価値観が混在する地での子育てのメリットは大きいと思っています。多様性にはこれが正解という答えはありません。

教育や子育ての価値観は地域によっても違い、それこそが豊かさだと思います。私は典型的な郊外で育ちました。それが嫌で、自分の子は多様性溢れるブルックリンで育てたいと思いました。

学校が多様・平等・包括化

ビル・デブラシオ前市長の政権下、学校の多様性の推進は大きな焦点でした。学校が人種や貧富の差で分断されるのは公立教育の健全な形ではありません。格差解消、教育の機会均等の動きは、分断に危機感を持つ地域のリーダーや保護者主導で始まりました。ブルックリン第15学校区で始まった、中学進学を抽選のみで決めるシステムは、非常に革新的で全国的な注目を集めました。

公平な新システム

ニューヨークの公立学校では、小・中・高全て希望校を12校まで選び、それを元に抽選で学校が決まります。ノーベル賞を受賞したアルゴリズムで、家族の希望を配慮した上で生徒と学校をマッチさせるシステムです。後にデブラシオ前政権で生まれたダイバーシティー・イン・アドミッションは、経済的に恵まれない子供たちへの優先権を含む抽選です。貧困と人種は時としてリンクするので、裕福な家庭だけの学校にも多様な背景の生徒が増え、教育の機会均等が実現されるようになりました。

学校を作るのは生徒

運悪く理想的な状況にならないことがあるのも事実です。それでも一歩踏み出す必要はあります。例えばブルックリンミレニアム高校は誰も気に留めない学校でしたが、裕福な家庭の子供が進学し始め、たった10年でトップにランクインする学校に変貌しました。同様のことが各地で起こっています。学校が生徒を作るのではない、生徒が学校を作るのです。

変化の先の未来は

100万人の多様な子供を抱えるニューヨークという大都市で、その全てに機能する一つのポリシーを作ることは不可能です。

成績や出席率のスクリーニングによる進学は、コロナ禍で一時停止しました。偶然、デブラシオ前政権が推進する多様化政策に沿う形になりましたが、緊急事態の策です。今年からギフテッド&タレンテッドプログラムが再開しましたが、教育の平等性という視点では疑問もあります。

社会的、経済的、人種的にバランス良く、優れた教育者がいる学校が、最も健康的な場所で、成績の良い生徒にも悪い生徒にもメリットがあります。思慮深い多様性は、同質なものに囲い込まれた環境よりも、はるかに豊かな経験をもたらします。それが学校のあるべき姿と信じます。

ジョイス・シュフリータさん
NYC School Help創立者/スクールコンサルタント

ブルックリンを中心にニューヨーク市内の公立および私立学校状況に精通。
講演、セミナーでの情報提供や個人コンサルテーションで保護者の学校探しをサポートする。
ニューヨークタイムズ、ウォールストリートジャーナルなどでも活動が取り上げられている。
双子の母。
nycschoolhelp.com

元公立小学校教員に聞く

ダイバーシティー教育の公立学校で
教えて学んだこと・伝えたいこと

アメリカの教員免許を持ち、ノースカロライナの公立学校で10年間教鞭(べん)を執った辻さん。あらゆる背景を持った生徒が集まる教室は、混乱と発見と喜びの日々だったという。アメリカ教育の多様性政策を、教える側の目線から語ってもらった。

ノースカロライナの教師時代、東北大震災のとき、生徒たちと鯉のぼりにメッセージを書いて被災地へ送った。

――どんな学校でしたか?

私が教えていたのは、ノースカロライナ州シャーロット市の公立学校です。マイノリティーの多い学区の中、マグネットスクールとして、日、仏、中、独、西語2カ国語同時教育の小・中一貫校のため、プログラムに引かれて、遠方から通学する生徒もいます。

そういう家庭は、裕福で親御さんが教育熱心な場合も多く、貧富、学力、人種、発達、出身国の国力、家庭環境などあらゆる分野で差のある子供たちが同じクラスで学びます。

――教えるのも大変では?

過去には、家庭環境が厳しく持参のランチが傷んでないかを毎朝チェックしてあげる必要のある生徒もいたり、問題行動や家庭でつらいことが多く、常に机に突っ伏している子、何不自由なく勉強もきちんとやる生徒など、学年始めの3カ月は、一人ひとりの学力や子供をとりまく事情を知ることに多くの時間を費やしました。これがとても大切で、ここをきっちりやっておくことで、その後の8カ月の生徒たちの成長が変わってきます。

私一人ではなく、他の先生、セラピスト、ガイダンスカウンセラーや心理士、警備スタッフまで、学校全体で生徒たちを見ます。教科によっては能力別に分け、学力の低い子には、常に進み具合を確認し先生を増やすなど、いろいろな工夫があります。

――保護者との関係は?

校長のリーダーシップが素晴らしく、教師と親の間に立ち、何があっても責任を取るという姿勢でした。その信頼関係があってこそ実現した教育だと思います。ダイバーシティーが、グローバル社会に育つ子供にとっていかに大事かということを、毎月保護者と勉強会もしていました。

――良かったことは?

親の病気でつらい思いをしている生徒がいて、無口で問題行動もあったのです。クラスの半分は恵まれた子で、クラスの雰囲気をどう作るか始めは悩みました。いろいろな方法をチームで試みるうちに、そういう大人を見て勉強のできる子が教えてあげるようになり、クラス全体で助け合う方法を考え始めました。

学年の終わり、問題のあった生徒が、教室が騒がしい時に「先生の話を聞こうよ」と言ってくれて。その時は涙が溢れました。どちらの生徒も成長すると実感しました。

――取り組みと目標は?

これまでの経験を生かし、困っている子供や親御さんを助けたいと強く思っています。小さな時から多様な環境でもまれる体験は、大人になって世界に出た時、絶対に違ってきます。

子育てが「孤育て」にならないよう、子育て支援、安心できる場所作りなどをブルックリン・デ・コソダテでも発信しています。

多様な生徒が一緒に学ぶ沙織さんの教室。難しかった生徒も1年で劇的に変化したという

辻沙織さん
Brooklyn de Kosodate代表/教育コンサルタント

5歳児の母、元米国日系私立幼稚園Edダイレクター4年勤務、元米国公立小学校学年主任10年勤務。
NY教員免許保持、米国教育学修士、ポジティブ心理学教師用コース修了。
個性を大切にしながら子育てができるよう、定期ワークショップや親子アクティビティーを実施。
FBでの情報共有、個別教育相談にも応じる。
brooklyn-de-kosodate.com


小学生の子供たちと読みたい

ダイバーシティーを学ぶおすすめ絵本

We’re Different, We’re the Same
(Random House Books for Young Readers, 1992)
rhcbooks.com

セサミストリートによる人種や、外見の特徴の個性に特化したお話。日本語訳もあるので、来米前の一読にもおすすめ。


In Our Mothers’ House
(Philomel Books; 1st Edition, 2009)
penguinrandomhouse.com

母親が2人の家庭で育つ子供のお話。「違うということは、大変なこともあるけど、ただ違うだけなのだ」という多様性が学べる。日本語訳あり。


Pink Is For Boys
(Running Press Kids; Illustrated edition, 2018)
runningpress.com

男の子は青、女の子はピンクなどの既成概念に触れて、考えるいい機会になるかも。


And Tango Makes Three
(Simon & Schuster Books for Young Readers, 2005)
simonandschusterpublishing.com

ペンギンの父親同士の親が子供を育てるお話。動物でも父親同士で子供を育てるケースがあるという、こちらも多様性の教育にぴったりだ。日本語訳あり。


「うちの子の成長ちょっと気になる」と思ったら…

ニューヨークこどもサポート

「ニューヨークこどもサポート」では保護者同士が交流できる

ニューヨーク市を拠点に活動する保護者のコミュニティーグループ。18年以上にわたり、子供の発達や発育に不安を持つ保護者同士が主にグーグルグループで交流。それぞれ会員たちの経験を元に、市の療育や学校選びなどの情報交換や、お互いに相談ができる。幅広い年齢でのアドバイスが聞けるのも魅力。また必要であれば、個人コンサルテーションも行う。メールでの問い合わせはkodomo.nyc@gmail.comへ。

kodomosupport.com

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