阿波おどり3年ぶり本格開催でコロナ拡大、踊り手大量感染の舞台裏 それでも徳島市長が「開催は英断」と称賛する訳 

阿波おどりの「総踊り」=8月12日、徳島市

 徳島市の「阿波おどり」が8月、3年ぶりに屋外の演舞場に観客を入れて本格開催された。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、地域への経済効果や伝統の継承を優先した判断だった。だが、複数の踊り手グループで感染者が続出。主要なグループが所属する二つの協会によると、その数は700人を超える。それでも市長は開催を「英断だった」と称賛。主催者に対する表だった批判も聞こえてこない。なぜなのか。舞台裏を検証した。(共同通信=山口文恵)

 ▽本番2週間前に決まった最大規模での開催
 例年8月11日に市内のホールで前夜祭、12~15日に屋外の演舞場で開催する阿波おどり。通常は100万人を超える人出が見込まれ、徳島の街が「踊るあほうに見るあほう」で埋め尽くされる。それがコロナの影響で2020年は中止となり、昨年は3日間に短縮して2日目までは屋内で、最終日は陸上競技場で無観客での実施を余儀なくされた。
 今年は例年通り4日間の日程で開催。屋外の演舞場の収容率を約75%に抑え、雑踏対策のため運営スタッフを増員したり、手指消毒器具を設置したりする対策を取った。参加した「連」と呼ばれる踊り手グループは123に上った。踊り手たちは腰を低く落とし跳躍する男踊りと、両手を高く上げ華麗に舞う女踊りを披露。千人以上が一斉に参加する恒例の「総踊り」も実施され、「ヤットサー」というかけ声と、太鼓や笛の鳴り物が3年ぶりに街中に響き渡った。演舞を終えた踊り手は「3年ぶりにここ(演舞場)に帰って来られた」「徳島のあるべき姿だ」と感無量の表情を浮かべた。

阿波おどりの演舞=8月12日午後、徳島市

 阿波おどりを主催したのは市や地元の経済団体、観光団体、踊り手団体などの幹部ら30人でつくる「阿波おどり未来へつなぐ実行委員会」。4月以降、6回にわたり開催規模を検討してきた。実行委員会は当初、県独自のコロナ警戒レベル「とくしまアラート」や緊急事態宣言の有無などの感染状況に応じて、中止のほか4種類の開催規模の案を用意。このうち最大規模での開催案は、コロナ禍前に4カ所あった有料席の演舞場と3カ所あった無料席の演舞場を、それぞれ2カ所ずつ設けるというものだった。
 だが7月に入り県内でコロナの流行「第7波」が本格化。7月21日は当時としては過去最多となる739人の感染が発表された。同26日の委員会の会合で、事務局を担う市は最大規模での開催案から無料席の演舞場をさらに1カ所減らす縮小案を提示した。これに対し委員からは「演舞場を減らすと会場エリアが縮小して逆に密になる」「踊れない連が出てくる」などの異論が相次ぎ、結論は先送りされた。本番まで残り2週間となった同28日。事務局が書面で委員の意見を聞いた結果、回答した24人のうち23人が当初の最大規模案に賛成し、縮小案は退けられた。縮小案が採用されれば踊り手の出演機会が減ってしまうことを考慮したとみられる。8月1日からは演舞場の桟敷席の設置作業が始まるため、開催規模を決定するぎりぎりのタイミングだった。

 ▽感染への不安、踊れる喜びとの間で葛藤

 8月1日、徳島市内のコミュニティーセンターでは連の一つ「新のんき連」が最後の練習をしていた。参加を予定していたメンバーは毎日検温し、練習中はマスク着用と手指の消毒を徹底した。池田順子連長(55)は観客の前で踊れる喜びをかみしめる一方、コロナ感染への不安も口にしていた。「毎日感染者が増えていて、最多人数を更新しているので不安で仕方がない。踊り手の距離が近い阿波おどりはいつでも感染のリスクがある。できる対策をするしかない」。最大規模での開催が決まったことについては「演舞場が少なくなると踊れない連も出てくる。難しい判断だったと思う」と語り、踊り手の気持ちに寄り添った判断だったとの認識を示した。

本番前の最後の練習をする「新のんき連」=8月1日夜、徳島市

 だが、8月15日の閉幕以降は、各連で踊り手らの感染が次々と明らかになっていった。実行委員会が作成した感染防止対策のマニュアルには、運営スタッフ、踊り手、観客、報道機関が順守する感染対策が明記されていた。踊り手に対しては、公演中は間隔を十分に保ち、移動時や演舞場からの退場時はマスクを着用して密集しないことを要請していた。ただ公演中のマスク着用は義務付けておらず、各連の判断に委ねられていた。このためマスクを着用しない連や、公演から移動まで常時マウスシールドを着けている連など対応はさまざまだった。
 実行委員の1人で「天水連」の山田実連長(69)は、3年ぶりに観客の入った演舞場で開催できた喜びをこう振り返る。「総踊りで鳴り物の音が響き、女踊りが最初に踊り出してきた光景を見たときには胸が詰まった。徳島の夏が帰ってきたのだと思った」。一方で、感染が拡大したことについては、屋内のホールで実施した前夜祭を反省材料に挙げた。「踊り手や(太鼓や笛などを演奏する)鳴り物が集まる控室が密になったのが要因だった。来年は出演者数を減らすなどの対策が必要かもしれない」。自身の連でも感染者が出たが、「ストレスが溜まるコロナ禍で、踊り手も見る人も祭りに参加して楽しみたかったはず。縮小せずに開催して良かった」と後悔はしていない。

 ▽クラスター発生を届け出ない実行委員会、県も調査せず

記者会見する徳島県の飯泉嘉門知事=8月26日、徳島県庁

 徳島県はこれまで、阿波おどりに参加した連のクラスターの発生を認定していない。県感染症対策課によると、クラスターの認定は、陽性者が出た事業者が感染拡大の原因を積極的に調査して保健所に報告することが前提となっている。実行委員会の感染防止対策マニュアルには、感染が確認された場合、各連の責任者が委員会に報告すると記されているが、その後の委員会の対応までは具体的に決められていない。委員会は各連から連絡を受けて感染者数をある程度把握しているものの、保健所への報告は「状況把握をしている段階」として見送っている。徳島県も、高齢者施設や医療機関の感染状況の把握に注力しており、主体的に阿波おどり参加者の感染状況を調査することはないという。
 飯泉嘉門知事は8月26日の記者会見で、歯切れの悪い発言に終始した。「県外から(ウイルスが)持ち込まれ、家庭内感染が要因になって今の感染拡大になっている。阿波おどりが主要因ではないが、関係ないわけではない」

記者会見する徳島市の内藤佐和子市長=8月26日、徳島市役所

 徳島市の内藤佐和子市長も同日の記者会見で「(コロナによる)行動制限がない夏ということで全国的に感染者が増えている。連の中で感染者が出たのは阿波おどりが要因の一つかもしれないが、阿波おどりだけに主要因を求めるのは違う」と言葉を濁した。その上で「ウィズコロナの状況で経済活動をどのように続けていくかが重要な課題だ。今年開催していなければ伝統をつないでいくことは厳しかった。実行委員会の判断は英断だった」と評価した。

取材に応じる「本家大名連」の清水理連長=9月7日、徳島市

 約50人のメンバーで出演した「本家大名連」の清水理連長(74)は、本番前の8月10日まで、連として参加するか悩んだという。「気持ちの9割は感染するのが怖いというものだった。連長としてコロナを出したくない、出せないという自分との戦いだった」。しかしメンバーの踊りたいという気持ちをくみ取り、4日間の参加を決めた。閉幕後、本家大名連では感染者は出ていないというが、各連の感染拡大の状況から「中止の方が良かったのかもしれない」と語る。「感染は拡大してしまったが、観客が喜んでくれて、笑顔が見られて良かったことも事実。それは自分の財産になった。だから今はとても複雑な気持ちだ」。コロナ禍での阿波おどりの形をどうすればいいのか―。清水連長は明確な正解のない問いに今でも向き合っている。

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