急遽WEC第5戦富士に参戦を決めた木村武史。その顛末と初日に受けた“ポルシェの洗礼”

 9月9日(金)、静岡県の富士スピードウェイでいよいよ開幕したWEC世界耐久選手権第5戦『富士6時間レース』。急遽チーム・プロジェクト1の56号車ポルシェ911 RSR-19をドライブすることが決まり、LM-GTE Amクラスに参戦することになった木村武史に、参戦決定までの顛末と初日の走行の手ごたえを聞いた。

 木村は株式会社ルーフの社長として多忙な日々を過ごすかたわら、スーパーカー、さらにモータースポーツへとのめりこみ、熱心な練習の成果もあり、2018年にはスーパーGT参戦も実現。さらに同年はアジアン・ル・マン・シリーズも制し、2019年のル・マン24時間の出場枠を獲得。2022年まで4年連続の出場を果たした。また、ヨーロピアン・ル・マン・シリーズにもスイスのケッセル・レーシングにその実力を見込まれ、“速いブロンズ”として参戦し、ランキング3位につけている。

 そんな木村はこの週末、ルーフの社員たちと木村の地元で開催される花火大会に行く予定を立てていたほか、仕事のスケジュールも入っていた。しかし9月7日(水)の19時30分ごろ、木村に連絡が入った。チーム・プロジェクト1のブロンズドライバーであるブレンダン・イリビの代役として、WEC第5戦富士に出場しないか……というものだった。

 イリビは昨年、ケッセルのオペレーションでル・マン24時間に出場しており、「昨年彼のクルマがクラッシュした時に、我々が手伝ったりしたので、知り合い同士みたいになったんです」という間柄だった。イリビはGTワールドチャレンジ・ヨーロッパでフレデリック・シャンドルフと組んでいたが、家族の事情で来日が実現できなくなってしまったことから、シャンドルフを通じて木村にオファーが舞い込んだのだ。

 19時30分に連絡が来て、木村は21時30分に出場を決断。翌日木村は仙台におり、会食を済ませた後東京に戻り深夜に富士へ移動。「めちゃくちゃ眠たいです(笑)」と怒涛のスケジュールで出場までこぎ着けた。

 ちなみに下世話な話だが、こういったブロンズドライバーの参戦には、バジェットが必要になることがほとんど。LM-GTE Amクラスはそういうカテゴリーだが、「バジェットは、イリビさんがすでに年間分払っているんです。だから破格ですね(笑)」という。値段ではなく、こうして急遽の際に声がかかるのは、木村がこれまでル・マン24時間やELMSなど海外のレースで培ってきた人脈と、実績の賜物だろう。

2022WEC第5戦富士 ドライバー交代を行う木村武史
2022WEC第5戦富士 チーム・プロジェクト1のポルシェ911 RSR

■乗り慣れたフェラーリとの大きな違い

 こうして参戦を決めた木村は、これまで数多くのレーシングカーを乗りこなしてきたが、実はポルシェのレーシングカーは「初めて」だという。もちろん市販車は「10台くらい乗った経験はあります」というが、やはりレーシングカーは別物だろう。しかし木村は、「あまりフェラーリと違う感じはなかったですね。割となんでも乗れるタイプなので(笑)」とふだんよくドライブするフェラーリ488 GT3からそれほど違和感なく乗り換えることができたという。

 ただ、午前のフリープラクティス1で19周を走り1分41秒958というベストタイムをマークした後、木村はフェラーリとの違いに気づいた。「僕はこのところフェラーリ488 GT3やホンダNSX GT3などをよく乗っていたので、ターボラグを“待っちゃう”んです。それが自然になっている」と木村。

「(NAの)ポルシェは踏んでもアンダーパワーに感じていたんです。それに気づくので1セッション終わってしまいました(苦笑)。コースへの慣れがあるので、上位と近いタイムは出たと思いますが、エンジン特性など学ばなければいけませんね」

 午後のフリープラクティス2では34周と多くの周回をこなし、1分41秒833までタイムを伸ばしたが、今度はさらに別の問題が出てきた。「ひとつ分かったんです。私、ショートシフトしていたんです」と木村は苦笑いを浮かべた。

「プロのベン・バーニコート選手は8900回転でシフトアップしていたのですが、私は8500回転で上げていたんです」

 いったいなぜこんなことになったかというと、レーシングカーのシフトアップはコクピットのインジケーターでタイミングを見るのだが、「今まではインジケーターが真ん中まで点いたらシフトアップしていたのですが、ポルシェはその先で、点滅するまで引っ張るらしいんです。先に教えてよって(笑)」とふたたび苦笑い。

「フェラーリも真ん中の先に点滅があるんですが、そこまで引っ張るともうターボがそれ以上効かない。でもNAのポルシェはレッドゾーンまでちゃんと引っ張らなきゃいけない。いま洗礼を受けている感じですが、明日はもう少し希望がもてます(笑)」

 木村の言うとおり、初日の走行でポルシェの感覚はかなり掴んだ様子。まずは9月10日(土)の予選でどんな走りをみせてくれるか、楽しみにしたいところだ。

2022WEC第5戦富士 チーム・プロジェクト1のポルシェ911 RSR

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