JR留萌線2段階廃止へ JR北海道と沿線4市町が合意 石狩沼田―留萌間は来年3月末限りでバス転換【コラム】

現在の留萌線中間駅で唯一、上下線の列車が交換できる峠下駅。近隣には森林公園などがあります(写真:STUDIO EST / PIXTA)

北の大地を走る鉄道がまた一つ、姿を消そうとしています。深川―留萌間50.1キロのJR留萌線のあり方を協議していた、深川市、秩父別町、沼田町、留萌市の沿線4市町は2022年8月30日の会合で、JR北海道が提案していた2段階廃止の提案を受け入れることで合意しました。

主な合意事項は、

1、石狩沼田―留萌間35.7キロは2023年3月31日限りで廃止
2、深川―石狩沼田間14.4キロは2026年3月31日限りで廃止
の2項目です。

JR北海道は2022年9月9日付で先行する石狩沼田~留萌間の鉄道事業廃止届出書を提出。廃止予定日は2023(令和4)年度9月30日とされましたが、廃止日を半年間前倒し、合意の通り2023年3月末で運行終えたい考えです。

本コラムは今回の合意にいたる経緯に加え、かつては石炭や木材輸送で日本経済を支えた線区の歴史、ファン目線で見た留萌線の魅力などをまとめました。(線区の正式名称は留萌本線ですが、支線あっての本線という考え方なのか、JR北海道も最近は留萌線と表記するため、本コラムもそれにならいました)

「鉄道より他の交通手段が適する線区」 3路線すべてがバス転換で決着

2016年11月にJR北海道が公表した、「JR北海道単独では維持が困難な線区」が事の発端。線区名が挙がったのは10路線13区間です。

このうち、留萌線深川―留萌間、札沼線(学園都市線)北海道医療大学―新十津川間、根室線富良野―新得間の3路線3区間は輸送密度が200人未満と極端に少なく、JR北海道は「鉄道より他の交通手段が適している」と判断しました。

3路線のうち札沼線は、2020年5月に廃止。根室線も沿線自治体がバス転換も含めた協議に入ることを受け入れ、廃止方針が事実上固まっています。

利用客は40年間で10分の1以下に

留萌線は明治末期の1910年に深川―留萌間(※当時の表記は留萠駅)、大正年間の1921年に留萌―増毛間がそれぞれ開業して全通。旅客輸送とともに、石狩川流域産の石炭や木材を輸送する物流ルートとして機能しましたが、道路交通の発達や沿線人口減少で、近年は経営環境が悪化していました。2016年12月には留萌―増毛間16.7キロが廃止されています。

線区の利用客数に当たる1日平均の輸送密度は、国鉄時代の1975年度は2245人ありましたが、1980年度1582人、1985年度654人と急減。2015年度は183人と採算ラインを大きく割り込みました。現在のダイヤでは、1日上下14本の列車が運転されます。

留萌線の輸送密度と線区別収支。本文後の2020年度はコロナの影響もあって、輸送密度90人と100人を割り込んでいます(資料:留萌市の地元向け説明会資料)

地元が求めた深川―石狩沼田間部分存続は費用負担で断念

沿線4市町は2018年から、「JR留萌本線沿線自治体会議」を協議の場として開設。4市町のうち留萌市は「廃止もやむを得ない」でしたが、他の3市町は深川―石狩沼田間の部分存続を要望しました。

しかし、JR北海道が少なくとも年額で約3億4500万円の費用負担を要請したため、自治体側は断念せざるを得ませんでした。最終的に地元は、JR北海道の2022年7月21日の提案を受け入れる形で、2段階廃止で合意しました。

JR北海道の提案内容。部分運行は3年間の期間限定で、地元はこの間に地域交通体系を再構築します(資料:留萌市の地元向け説明会資料)

8月30日に決まった2段階廃止以外の主な合意事項は、次の3項目です。

1、深川―石狩沼田間の部分運行期間中の運行費用と、石狩沼田への折返設備設置費用はJR北海道が全額負担する
2、代替交通手段の運行経費は鉄道廃止日から最大18年間JR北海道が支援する
3、JR北海道のまちづくり支援は、最近の事例にならい1自治体あたり約7000万円とする

「苦渋の決断を重く受け止める」(綿貫JR北海道社長)

発表された会見などの記録から、関係者のコメントを集めました。

JR北海道の綿貫泰之社長は、合意を受けた会見で、「沿線自治体の皆さんが苦渋の決断をしていただいたことを重く受け止めたい。地域の持続可能な交通体系構築とあわせて、魅力ある街づくりや地域の資源を生かした観光振興について、地域とともに取り組んでいく」と、地元の理解に謝意を示しました。

斉藤鉄夫国土交通大臣は、2022年9月2日の会見で留萌線の廃線合意に言及。「国土交通省としては、JR北海道の経営自立に向けて、2021年3月に成立した改正債務等処理法(通称)に基づき、2023年度までの3年間に約1300億円の支援を行う。代替交通手段の確保については、地域の声も聞きながら、持続的で利便性の高いものとなるよう、JR北海道を指導しつつ、道庁と連携して必要な協力を行う」と関係機関の努力を評価しました。

北海道の鈴木直道知事は、2022年8月31日の会見で、「沿線自治体の皆さんの重い判断を、深く受け止めている。道としても、地元自治体や交通事業者により一層寄り添いながら、利便性の高い持続的な地域交通の確保に向けまして取り組んでいく」としました。

沿線自治体からは、「社会情勢を考えれば、今が決断の時」(中西俊司留萌市長)などの発言がありました。

留萌線の魅力を味わう

留萌線4景。(左上から時計回りに)留萌駅外観、ホームに止まる列車、ホームの駅名標と歓迎メッセージ、空から見た留萌駅=(画像:留萌市の地元向け説明会資料)

廃止までに半年の期間があるので、可能な方はぜひ、北海道紀行で〝留萌線ラストデイズ〟をご堪能ください。ここでは、バーチャル乗車で線区を紹介します。

基本は深川駅4番線を発車する留萌線列車、函館線札幌方面と並走した後、右方向にカーブをきって、北西に向かいます。

途中駅は終点の留萌を含めて11駅。5駅目の真布あたりまでは車窓に水田や畑、時おり住宅が広がります。来年4月以降、終端駅になる石狩沼田、元は2面2線で行き違いができましたが、現在は1線が取り外され、1面1線になっています。

テレビ小説「すずらん」に明日萌駅として登場した恵比島駅

6駅目の恵比島は、1999年のNHK連続テレビ小説「すずらん」に架空の「明日萌(あしもい)駅」として登場。駅前にはオープンセットが組まれ、ロケツーリズムで多くの観光客が訪れたのも、今は懐かしい思い出です。

若干マニアックな話でいえば、テレビに登場したSLは茨城、栃木県の第三セクター・真岡鐵道から借り受けたC12 66でした。JR北海道は自社で2両のSL(C11 171とC11 207)を動態復元し、留萌線で2006年まで臨時快速「SLすずらん号」を運転しました。

SLすずらん号は、留萌線が最後に光輝いた期間だったかもしれません。JR北海道や沿線4市町の決断は重く受け止めたいと思いますが、留萌市はホッケ、カレイ、ウニなど海産物の宝庫。JR北海道にもう少し経営体力があれば、グルメ観光列車が人気を呼んだかもしれません。

行き違いできる峠下駅

真布からは山間地に入り、恵比島―峠下間には短い峠下トンネルも。峠下は留萌線で唯一、上下線列車が行き違いできる駅です。終点の留萌が近付くと地形は再び平地に戻り、車窓には住宅や倉庫、そして鉄道旅客減の一因とも指摘される高規格道路が広がります。

留萌は現在は留萌線の終端駅ですが、かつて増毛に線路が延び、国鉄時代は日本海沿いに宗谷線幌延にいたる支線の羽幌線(国鉄改革直前の1987年3月に廃止)もありました。

国鉄時代は急行も運行

留萌見晴公園に保存されているD61 3(写真:鉄道チャンネル編集部)

最後はファン目線での留萌線の魅力。留萌線は国鉄無煙化(観光SLは除く)の1975年直前までD51、D61などが走っていたようなので、ベテランファンにはドラフト音を追った方がいらっしゃるかもしれません。

現在の留萌線は国鉄時代の1986年から製作された一般気動車・キハ54が主力車両です。撮影ガイドには、「恵比島―峠下間、峠下トンネルを抜けた峠下側のカーブが撮影スポット」の記述も見つかりました。

1985年に発行された北海道の鉄道ガイドに、留萌線の列車編成表があったので、ご紹介します。急行「大雪2,3号」、「紋別」、「はぼろ」の併結列車で、運転区間は札幌―留萌・幌延・遠軽・網走間。旭川方先頭から、

キハ56+キハ27×2両+キロ26+キハ56×2両+キハ27×2両+キハ56+キハ27+キハ56+キハ27+キハ56

の堂々たる13両編成です。キハ27以下、後部の4両を深川で分割して留萌線に。先頭のキハ27を留萌で切り離し、キハ56+キハ27+キハ56の3両は前出の羽幌線を幌延に向かいます。

たとえ鉄道が廃止されても、活気ある沿線であることを願いながら、本コラムを終えます。

記事:上里夏生

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