なぜ芸術家は猫を愛するのか…猫作品を通じて片桐仁が体感した“猫”の魅力

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。6月10日(金)の放送では、「目黒区美術館」に伺いました。

◆猫を愛してやまない巨匠たち

今回の舞台は、東京都・目黒区にある目黒区美術館。ここは1987年に開館し、近代以降に海外で学んだ作家や評価を受けた作家、さらに目黒ゆかりの作家による作品を中心に、約2,500点を収蔵しています。

片桐は、そんな目黒区美術館で開催された「東京の猫たち」へ。この展覧会は2018年から都内の区立美術館11館が集まって活動している「東京・区立美術館ネットワーク」の初の試みとして企画されたもので、各美術館から集めた猫作品、約80点を展示。

片桐は、そんな目黒区美術館で開催された「東京の猫たち」へ。この展覧会は2018年から都内の区立美術館11館が集まって活動している「東京・区立美術館ネットワーク」の初の試みとして企画されたもので、各美術館から集めた猫作品、約80点を展示。

朝倉は"猫博士”と言われるほどの猫好きで、多くの猫作品を残しています。なかでもこの作品は、ネズミを捕まえた直後の様子が切り取られ、猫の背中や足の筋肉の盛り上がりがなんともリアルで、野生の猫の本能が炸裂しているような仕上がりに。

一方、「吊るされた猫」(1909年)は、首を掴まれた猫を切り取った作品。「よく獲たり」の筋肉が張った猫と違い、全身がだらんと弛緩しており、それぞれ猫の状態によって異なる筋肉や骨格が巧みに表現されています。

2つの作品を見比べ、片桐は「すげ~な~」、「色がついていないからこそ、すごく猫の躍動感が出ますよね」と感心しきり。さらに、「吊るされた猫」から「よく獲たり」までの30年間以上、飽きることなく猫の作品を作り続けたことに驚き、「言われないと、この2つの作品に30年以上の間が開いているとはわからないですよね……」と感服。

朝倉は最大19匹の猫を自宅に飼い、晩年には実現しなかったものの100体もの猫像を展示する展覧会を企画するほど猫を愛していたとか。今回は作品とともに猫を前に満面の笑みを浮かべる朝倉の写真も掲示されており、片桐は「いい写真ですね~。弟子にはこんな顔はしないでしょうね(笑)」と感想を口にします。ちなみに、朝倉の子どもたちが言うところでは、朝倉は猫の体を撫でているときも何気なく骨格や筋肉をチェックしていたそうです。

次は木版画で知られる稲垣知雄の「猫の化粧(C)」(1955年)。本作はキュビスム的な画面構成になっており、片桐は「面白いですね~!」と興味を示します。

この他にも猫を擬人化させた「猫のアパート」(1959年)など多くの猫作品を残した稲垣ですが、もともと猫には全く興味がなかったとか。ところがある雪の日、自宅の庭で凍え死にそうになっている猫を保護。そして、徐々に元気になっていくにつれ猫の魅力に惹かれ、戦後は"猫の版画家”と呼ばれるまでに。

さらに、鉛筆画家・木下晋の「シロ1」(1988年)を前に、片桐は「上手い! すごいですね~、この色の幅というか」と目を見張ります。

木下は22段階からなる濃淡の鉛筆を使い分けて作品を描いており、「毛の表現もさることながら中に入っている筋肉というか、その観察もすごい。学者みたいな方ですね」と驚きの声を上げます。

木下は鉛筆だけで迫真かつリアルな表現をすることで知られ、「肖像画を描いてほしい」という依頼があっても自分が気に入ったものしか描かないというこだわりの芸術家。しかし、飼っていた猫だけは数多く描いていたそうです。

多くの芸術家が猫をモチーフにしてきましたが、画家にとっては、例えば繊細な毛を描くことは腕の見せ所であり、彫刻家にとっては猫のようなしなやかな体はいかにも表現したいもの。そして、同じモチーフでありながら三者三様、みんなそれぞれの表現で猫を捉えていることがわかります。

◆江戸時代にも描かれていた猫

続いて片桐は、江戸時代の猫作品を鑑賞。椿椿山による掛け軸「君子長命図」(1837年)は、のどかな春の日差しが感じられる作品となっており、画中の目立つところには猫が。

そして、その猫の視線の先を追うとオケラがおり、つまり野生のハンターとしてオケラを追う猫が描かれた、緊張感溢れる作品となっています。

しかも、描かれているそれぞれのモチーフに意味があり、タイトルにある"君子”というのは「人格者」のことで、それを象徴するものとして竹。さらに、"長命”の"長”は蝶々、"命”は猫の発音(びょう)と似ているということから猫が描かれ、全ては"君子長命”の語呂合わせになっていると山田さん。江戸時代、床の間に飾られることを想定した掛け軸には、こうしたおめでたい花鳥画が多く描かれていたとか。

一方、島琴陵の「龍虎図」(1847年)はその名の通り、龍と虎が描かれています。

力強い龍虎は「困難を乗り越える」、「世の中を制する」といった言葉に繋がるため、日本では古来から好まれて描かれた題材。しかし、江戸時代は日本にはまだ虎はいません。そのため、中国の絵画や輸入された毛皮などを参考にしつつ、猫をモデルに虎を描くことも。片桐も「よく見たら、顔はめちゃくちゃ猫ですね」と本作の印象を語っていましたが、当時の芸術家たちは猫の先に未知の生き物である虎の姿を想像していたそうです。

◆片桐の印象に変化が…奥深い猫作品

片桐が「これは猫!? 長靴のようなものを履いているんですかね?」と印象を語っていたのは、戦争を体験し、敗戦後も日本の社会には矛盾があると社会風刺画を描いた山下菊二の「そこあさり」(1955年)。画中には、猫と思しき動物がドブや汚物を漁っているような姿が描かれており、その動物は肋骨が浮き、痩せ細り、不健康そうな様子が窺えます。

この作品が描かれたのは終戦から10年後ですが、当時の日本といえば大戦からの復興、発展の真っ只中。誰もがその恩恵を享受していたと思われがちですが、「そうではない」というのが山下の主張。発展によって生まれた汚物を処理する人たちもいるということが象徴されているのではないかと思われます。

さまざまな猫作品を鑑賞した片桐は「猫の絵というと、ただただかわいいのかなと思ったんですけど、何かを感じさせられるものであったり、我々の近くにいるんだけど絵にしたときにどういうものになるのか、作品によって違うんだなと思いましたし、猫以外にそういうモチーフははたしてあるのかなと思いました」と猫作品に対する印象に変化が。

「人物を描く際は、その人がどんな人なのかっていうのがあるんですけど、猫はどんな猫を描いても共通の記号としての猫がある。それが虎になったり、ネコ科の別のものになっても全体として猫はアンタッチャブルなものというか、こっちの意図通りに動いてくれないというか。そういったものを芸術家たちは面白いと思うのかなと思いました」と猫が芸術家から愛される理由を分析。そして、「芸術家たちにさまざまな創作意欲を沸かせてくれる猫ちゃん、素晴らしい!」と猫を称えつつ、猫を愛する芸術家と全ての猫に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「虎の間」

展覧会「東京の猫たち」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから学芸員の山田さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。山田さんが選んだのは川端龍子の「虎の間」(1947年)です。

片桐が「でかい!」と思わず叫んだこの作品の作者・川端は、日本画を改革しようと展覧会場で見られる大画面の絵画を提唱。そのため、これも横幅だけで7メートル以上の大作となっています。虎の襖絵でいわゆる"画中画”で、京都・南禅寺にある狩野探幽の襖絵「群虎図」をモデルに虎と川端本人が描かれ、つまりは川端龍子の"龍”と虎が相見える"龍虎図”に。

そんななか、山田さんの注目点は、川端龍子のツイードのジャケットや、画面にただひとり描かれた女性、川端龍子の娘のスカートの柄。それらがなんともオシャレで「画面のなかでファッションチェックをしてみるというのも、また違う楽しみかな」と山田さん。

そして、全体の構図を楽しみつつ、近くに寄っては細かい描写やタッチなどを楽しむことを推奨すると、片桐も「遠くから見ても楽しいし、寄ってみても発見がありますね!」と納得していました。

最後はミュージアムショップへ。さまざまな猫グッズが並ぶなか、片桐が手にしたのは山田さんも身につけていたかわいいオリジナルサコッシュ。

そして、「私が気になったのは……」と注目したのはガラスでできた猫。これは水の入ったペットボトルに入れると上下に動いたり、クルクル回ったりする、デカルトの原理に基づいたおもちゃ「ウォーターゴースト」。「握ると落ちていってクルクル回るんですよ~。猫感はそんなにないんですけど、不思議だな~、これすごく楽しい!」とおもちゃに夢中の片桐でした。

※開館状況は、目黒区美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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