動き出した日本のラボ&オフィス市場 オープンイノベーション需要で保有から賃借へ(下)

コロナウイルス克服のためライフサイエンス分野へ追い風が吹き、アメリカの賃貸ラボ市場は一段と拡大が加速した。日本でも投資家の注目度は高まり、足元では、産官学の連携を模索してラボを備えたオフィスの開発を行うデベロッパーの動きが顕在化している。かつて新たなアセットと呼ばれた不動産は、保有するものから借りるものへというパラダイムシフトを遂げて流動化の道を拓いてきた。ラボ&オフィス市場の足元と今後の可能性を追った。

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オペレーショナルアセットとしての魅力あり

日本版ライフサイエンスクラスターの可能性

日本の製薬会社が自己保有していたR&Dを譲渡し、オープンイノベーションへ舵を切った事例としては、「湘南ヘルスイノベーションパーク」がある。産業ファンド投資法人(IIF)が武田薬品工業(以下、武田)から2020年と2021年に、計385億円で取得した。IIFの資産運用会社であるKJRマネジメントの満井宏泰インダストリアル本部不動産運用部次長は、「ライフサイエンスアセットは、いかに運営で付加価値を生むかというオペレーショナルアセットだと考える」と述べ、取得後は武田と業務委託契約を結ぶことで、同社の専門的な知見を活かしたセミナーや交流会、VCの講演会などを実施している。

同施設には、製薬会社として田辺三菱製薬やあすか製薬、医療機器メーカーのテルモ、飲料メーカー大手のキリンHD、その他ベンチャー企業も含めて約100社が入居する。大学からは横浜国立大学等のほか、近隣の湘南鎌倉総合病院、VCのCATALYS PACIFICがテナントとして参加するなど、施設内でのエコシステム構築が進展している。前出の満井氏によれば、テナントの中には従前R&Dを自己保有していたものの、老朽化に伴って建替えを検討した際にオープンイノベーションへ舵を切ってリースを選択した例もあり、ベンチャー以外の企業にも需要が存在する可能性を見る。課題は、リートとして安定運用を見据えた場合のテナントバランスだ。ベンチャー企業が借りている床面積は小さく、それだけで施設を埋めるのは困難で効率も悪い。だが、CRE戦略や移転需要を目的とした中堅または大手企業ばかりを集積すれば床は埋まるものの、新しいシーズが創出され、それを育て、大手企業へつなぐといったVCが絡んだ事業のダイナミズムが損なわれ兼ねない。現状では、不動産、金融からベンチャーの目利きまでを一貫して行える国内事業者は存在せず、それぞれの専門企業が協働してオープンイノベーションという施設の魅力を創出していく必要がある。

その他、日本には京都大学を核に京都市が進めるライフイノベーション推進戦略、神戸市がポートアイランドに産官学を集積して進める神戸医療産業都市など、東京・中央区日本橋や大阪市・中央区道修町のように医薬品企業が伝統的に集積するエリア以外にも、自治体がライフサイエンス事業を後押しする地域は多い。大学、研究機関と中核病院が一定集積するという立地条件を満たしていれば、「デベロッパーなどが排気設備や科学的な実験ができる設備(いわゆるウエットラボ)を備えたマルチテナント型のR&D拠点を開発し、製薬ベンチャーなどをテナントに迎えることは可能である」(内藤康二JLLキャピタルマーケット事業部リサーチディレクター)。加えて、すでに知見を持つファンドや海外プレーヤーと協働した開発を行うことで、市場拡大の可能性は大きく広がる。

製薬会社の大規模施設について所有と運営を分離して運用を行い、そこに産官学を集積してイノベーションを試みる形式、もしくは、大学や病院等と提携をして、知見のあるデべやファンドらと協働で開発をする方式。日本のR&D市場は、少なくとも2つの具体策によってインフラが整いつつある。アメリカとは比較にならない規模とはいえ、大学発のベンチャーは3000社を超えて右肩上がりの状況だ。残る課題は、新たな挑戦を支える資金の確保だろう。過去、物流施設やデータセンターといったアセットでも、投資家の存在が市場拡大の起爆剤になってきた。例えば、税制優遇を含む行政の大胆な施策を呼び水にVCの投資資金が向かえば、一気に市場が拡大する可能性も見えてくる。

2022/8/5 不動産経済ファンドレビュー

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