「iDeCo+」のメリットと注意点、企業型DCとの違いや導入の条件は?

資産形成は大切ですが、積み立てを継続するのは決して容易ではありません。お金は有限ですから、他の消費を我慢して積み立てをしている方もいるでしょう。そんな環境下、もし会社が資産形成を応援してくれるとしたらどうでしょうか?

今回は、iDeCo加入者にうれしい中小事業主掛金納付制度、iDeCo+(イデコプラス)を解説します。


社員の未来を会社が応援する「iDeCo+(イデコプラス)」

iDeCo+とは、その名の通り社員のiDeCoに会社が掛金を上乗せ拠出してくれる制度です。つまりiDeCoに加入している社員を金銭的に会社が支援してくれるのです。iDeCoをするともれなく会社がお金を出してくれるなんて、うれしいですよね。

会社からもらえるお金といえばまず給与がありますが、iDeCo+の会社掛金(事業主掛金)は給与を貯蓄に回すよりも「お得」です。なぜなら、給与からは税金と社会保険料が差し引かれますが、事業主掛金からはそれらが引かれないので丸々老後のために回せるのです。

わかりやすいように1万円の昇給と1万円の事業主掛金を比較してみましょう。

社会保険料の本人負担率は約15%、所得税は所得に応じて最低5%から税率が異なり、住民税は原則10%ですが、ここでは所得税と住民税を合わせて15%と仮置きします。すると給与1万円からは税金と社会保険料3,000円が天引きされ、手取りは7,000円となります。一方事業主掛金としてiDeCoにプラスされる1万円はなにも差し引かれるものがないので、1万円がそのまま資産形成に回せます。

iDeCo+誕生の背景

中小事業主掛金納付制度(iDeCo+)は2018年5月に誕生しました。施行当時、この制度の対象は社員数100名以下の中小企業でしたが、2020年10月に300人以下と対象が拡大されました。制度誕生の背景は、大企業と中小企業との生涯賃金格差だといわれています。

大企業と中小企業の年収やその他福利厚生を比較すると、やはり前者の方が恵まれている傾向にあります。また大企業の方が退職金も高い傾向にあります。特に老齢年金は現役時代の収入に比例しますから、現役時代の年収が高ければ老後の年金収入も多くなります。さらに大企業であれば企業型確定拠出年金(DC)が導入されているケースも多いのですが、中小企業ではまだまだあまり導入されていません。

企業型DCは制度の導入時、運営時に費用が掛かります。また制度整備と維持に様々な手続きが生じ、社員に対する適切な教育も継続的に行っていかなければなりません。すると、それらの負担が負えない中小企業は、なかなか導入できないのです。しかしこれではますます格差は広がるばかりです。

そこで、加入者自らが費用を負担する個人型確定拠出年金・iDeCoに掛金を上乗せ拠出するだけなら、会社も負担が少ないだろうとiDeCo+を制定することで、せめて社員の老後の支援を会社にしてほしいという国の願いもあったといわれています。

これとは別に筆者はiDeCo+の「口コミ効果」に期待を寄せています。iDeCoの加入者数は増えているものの、やはりここでも大企業にお勤めの方や公務員の方の加入が顕著で、中小企業にお勤めの方はまだまだ少ないといわれています。

もしそのような方の職場にiDeCo+が導入されたらどうでしょう?「iDeCoをすると会社からお金がもらえる」という噂は、瞬く間に社内に広がるのではないでしょうか?

iDeCoは税制優遇が優れた資産形成の仕組みですが、だれにとっても初めはよくわからないものです。しかし、職場で「iDeCo」という言葉が飛び交い始めたら、これまでiDeCoに興味がなかった方や、日々の生活費の中から掛金を出すのは厳しいとiDeCo加入をあきらめていた方も、iDeCoをやってみようとなるのではないでしょうか?

またiDeCoは始めるにあたり金融機関を決めたり、運用商品を決めたりしなければなりません。これも不慣れな人にとっては相当ハードルが高いものですが、同僚から様々な情報やアドバイスがあれば、もっと気楽に始められるでしょう。このようにiDeCo+が普及し、職場での口コミが広がれば、iDeCoへの加入者がさらに加速的に増えるのではないかと考えています。

iDeCo+の導入条件

このようにiDeCo+は社員にとってはメリットしかありません。事業主の掛金があったところで、iDeCoの掛金上限が上がるわけではありませんが、自分のポケットからお金を出すより、会社が出してくれるならとても助かります。

しかし会社がこの制度を導入していなければiDeCo+は利用できませんから、この機会に条件があう方は会社に導入を検討してみてもらうのもよいかもしれません。

iDeCo+を導入できるのは社員数300人以下の厚生年金に加入している会社と定められています。また企業年金がないことも条件です。企業年金とは、厚生年金の上乗せとして会社独自で準備する福利厚生制度です。企業型確定拠出年金(DC)、確定給付企業年金(DB)、厚生年金基金がそれに当たります。

制度を導入するためには、労使合意が必要です。経営側から積極的に制度導入を進めてくだされば一番良いのですが、残念ながらiDeCo+はまだまだ認知度が高くありません。そのため「会社の福利厚生拡充」として社員側から提案するということも考えられます。どこの企業も採用や人材の定着に熱心に取り組んでいますから、この提案は受け入れられるかもしれません。

会社にとってのiDeCo+導入メリット

もちろん会社にとってもメリットがあります。iDeCo+は退職金制度ではありませんが、それに準じるものとして認められていますので求人の強みになります。本来退職金制度は、全社員に対し一定のルールを定め準備するものですが、iDeCo+の事業主掛金はiDeCo加入者でかつ事業主掛金を希望する者だけに拠出します。退職金制度までは負担が重いという会社にとって、iDeCo+はより導入しやすい制度でしょう。

事業主掛金は全額損金(経費)として計上できる点もメリットです。また給与と異なり事業主掛金には法定福利費の負担が不要です。通常、給与1万円に対し約15%の法定福利費を会社は負担していますが、事業主掛金ならそれがいらないのですから、負担の軽い賃金アップともいえます。

事業主掛金は、勤続年数で金額を変えることもできます。より長く働いた社員には、より多くというインセンティブが設定できれば、社員の働くモチベーションアップにもつながります。事業主掛金は1,000円以上22,000円の間で、1,000円刻みで決められます。

iDeCo+の対象となる会社にお勤めの方のiDeCoの掛金は最低5,000円、最高23,000円ですから、加入者は事業主掛金との合計がこの範囲内になるようにします。例えば、事業主掛金が4,000円であれば、加入者掛金は1,000円でiDeCoが始められます。またこの場合、加入者掛金の上限は19,000円です。

制度を導入する際には国民年金基金連合会に会社が申請をします。制度導入までには2カ月くらい時間がかかるようです。また年に1回加入者の状況に関するお尋ねが来ますので、これにも対応します。

iDeCo+導入の注意点

iDeCo+を導入する際に気を付けなければいけないこともあります。その一つが、加入者掛金はすべて給与天引きとする点です。したがって、すでにiDeCoを個人払い込みで行っている方は自身の運営管理機関に対し、事業主払い込みに変更する手続きを行います。

また会社としても、毎月の給与計算の際に加入者掛金を天引きし、その金額を課税対象から外す処理を行わなければなりません。事業主払い込みにすると、年末に控除の証明書が発行されないので、天引きに関する事務処理の整備は重要です。さらにiDeCoの加入者掛金は年に1回変更が可能なので、運営管理機関だけではなく、会社にもきちんと変更の申し出をするようにルール決めもします。

筆者はiDeCo+の導入サポートを依頼されることもあります。その際、天引きした加入者掛金と事業主掛金は、加入者それぞれの運営管理機関に会社が振り込みをする必要があるのではないかとご心配されることも多いのです。しかし、この作業は国民年金基金連合会が一括で会社指定の口座から全対象者分の掛金を引き去り、そのうえで各加入者のiDeCo口座に振り分けますので、面倒はありません。会社としての事務負担がないわけではありませんが、事前に準備をしておけば問題ない程度です。


社員から会社に制度導入を要求するのは簡単なことではないかもしれませんが、せっかくこのような法律ができたのですから、勇気を出して声をあげてみていただきたいと思います。

また経営や人事に携わっていらっしゃる方がこの記事を読んでいただけていましたら、御社でも導入を検討していただけると嬉しいです。社員を大切にしたいという想いを形にする一つの方法として、iDeCo+は有効だと考えます。

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