心に刻む「名前」

 伴侶を失った人、親を失った子どもには、それぞれ呼称がある。子を亡くした親を呼ぶ言葉はない。英語も同じらしい。「その痛みを言葉では表せないからだ」。かつて米中枢テロの犠牲者追悼式で、ニューヨーク市長がこう語ったことがある▲11日の追悼式で、今年もまた、亡くなった3千人ほどの名前が一人一人、読み上げられたという。言葉にならないような痛みと命の重みを、名前を呼ぶことで人々は胸の奥に刻んだのだろう▲3月の東京大空襲の追悼集会でも、昨年から犠牲者の名前が読み上げられている。ひと一人の姓名がずしりと重みを持つに違いない。名前には時として、重量が宿る▲「世界中で親しまれた名前」もある。英国のエリザベス女王のひつぎがスコットランドの大聖堂に安置されてから、市民の弔問が絶えないという。在位70年、思えば世界中でこんなにも名を知られ、こんなにも長く輝きを放った人はほかに思い浮かばない▲「引き継がれる名前」もある。西九州新幹線の開業まで10日を切り、博多-長崎を結んできた特急かもめは22日夜、ラストラン。名はそのまま新幹線の愛称になり、博多-武雄温泉を走る特急は「リレーかもめ」になる▲重みのある、親しまれる、引き継がれる…。「名前」に心を波立たせて夏が過ぎ、秋が来る。(徹)

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