超軟水生かし個性引き出せ 若手醸造家の挑戦 日本酒の新トレンド、酒造りはコメ作りから

酒米の田んぼで作業する柴田酒造場の柴田佑紀さん(右)と蘇彰宏さん=7月6日、愛知県岡崎市

 日本酒の世界では稲作から醸造までを一貫して手がける酒蔵が徐々に増え、新たなトレンドになりつつある。産地に固有の品種のコメを使い、地域の個性を酒造りに生かす試みだ。コメの表面を削り取ってすっきりとした味わいの酒を目指す「吟醸酒」が近年人気を集めてきた。愛知県岡崎市の若手醸造家は、それと反する「できるだけコメを削らないことで個性を出す」全く新しい酒造りに挑戦している。(共同通信=美濃口正)

 ▽ミネラル添加に疑問
 7月上旬、愛知県岡崎市郊外の山あいの地「神水(かんずい)」に立地する酒蔵「柴田酒造場」では隣接する水田で草むしりを手作業で行った。農薬や化学肥料を使わない完全有機栽培に挑んでいる。

酒米の田んぼで雑草を取り除く作業=7月6日、愛知県岡崎市

 創業190年を超える老舗。銘柄「孝の司」で知られる。後継者不足に悩む近隣の農家から水田の耕作を託され、愛知県が開発した酒造好適米「夢山水」の栽培に昨年から乗り出した。
 コメ作りの背中を押したのは水質だった。ここで酒造りに使う水は「神水」と呼ばれ、地名にもなっている。口当たりが良く、ミネラルが極端に少ない「超軟水」だ。
 コメのデンプンからできた糖をアルコールに変化させる働きをするのが酵母。ミネラルを餌に成長し、増殖する。そのため、酒造りに向くのはミネラルを多く含む硬水だ。古くから酒どころとして知られる兵庫・灘などでの仕込み水は硬水。京都・伏見など軟水を使う銘醸地もあるが、硬水を使う場合よりも醸造に時間が必要など手間がかかるとされる。
 柴田醸造場が使う神水について、柴田佑紀副社長(32)は「酒造りに向いているとは言えない」と話す。そのため従来はミネラルを添加して醸造を進めてきた。だが柴田さんは「そのやり方では、この地域の持ち味を最大限生かした酒造りとは言えないのではないか」との疑問を抱えていた。

 ▽肥料制御
 それを解決する手段の柱がコメ作りだった。
 近年の日本酒造りでは、すっきりとした味わいを追求するため、コメの表面を大きく削るのが主流。コメの表面にはタンパク質が含まれ、酵母の餌となり発酵が進む一方、酒の雑味につながりやすいとされるためだ。コメを大きく削った吟醸酒がブームとなり、9割も削ってしまう酒も登場している。
 ここまで削ってしまうと「確かに全く雑味がない酒はできる。しかしコメの個性はもはや関係ない」と、違う道を選ぶことにした。
 「コメを削る割合を抑えれば、酵母の活性を引き出すことができる。雑味というが、むしろそれを生かした超個性的な酒ができるのではないか」
 コメに含まれるタンパク質の量は堆肥に含まれる窒素の影響を受ける。肥料をコントロールすることでコメを削らなくても、すっきりとした味わいの酒を造ることが可能だと考えている。

 ▽生物にも配慮
 稲作を担当する蘇彰宏さん(31)は「自然の生態系との両立」を目標に掲げる。昨年は害虫のカメムシや雑草に悩まされ、予想していた収穫の3割もの被害を出した。今年は苗の育成から手がけ、田植えの時期などを細かく調整することで被害を減らして収量増を目指している。
 水田にはオタマジャクシやヤゴなどの生物が多くすむ。そうした生き物が暮らしやすい環境の整備にも努めている。オタマジャクシが成長してカエルになる時間を確保できるように、水田から水を抜く時期を遅くした。
 そのかいがあって水田にすむ昆虫など生物の数は以前の5倍に増えた。クモがカメムシを食べてくれるようにもなった。
 地域の子どもたちがこうした生き物を観察できるように、開閉しやすい出入り口も設けた。

 ▽唯一無二
 自社水田は約2千平方メートル。昨秋に初収穫したコメを使い試験的に酒を仕込んだ。蔵や周辺の自然環境に元々生息する酵母や乳酸菌を使う「生(き)もと造り」を採用した。江戸時代と変わらない昔ながらの製法だ。現在の技術を使えば2週間ほどで仕込みを終えられるが、生もと造りは倍の1カ月以上。人手も多く必要だ。
 苦労したかいがあり、できあがった新酒は「白ワインを思わせる、すっきりしているが複雑さも感じさせる深い味わい」に仕上がった。
 醸造に責任を持つ杜氏(とうじ)の伊藤静香さん(43)は「コメの特性に合わせた最適な酒造りをしたい」と話す。地元農家の協力も得て今年はより多くのコメを確保した。来年は720ミリリットル瓶で2千本程度を市販する計画だ。柴田さんは「この地でしかできない唯一無二の酒を造りたい」と意気込む。

工場で作業する柴田酒造場の杜氏伊藤静香さん=7月6日、愛知県岡崎市

 フランスワインなどでは、産地ごとに醸造法などを厳格に管理する「原産地呼称制度」が確立しており、特有のブドウ品種を使わなければならない。一方、日本酒では原料米を他の地方から購入するのが一般的だ。兵庫県の「山田錦」や岡山県の「雄町」などは全国の酒蔵が買い入れている。
 ただ海外で日本酒人気が高まるにつれ、コメを自社栽培する酒蔵の注目度が上がりつつある。

 ▽「ドメーヌスタイル」
 1868年創業の新潟県糸魚川市の根知谷に位置する渡辺酒造店が地域の農家と契約してコメ作りに乗り出したのは1997年。渡辺吉樹社長(61)は、この分野の先駆者だ。95年に食糧管理法が廃止され農家から直接コメを買うことができるようになった。農家と対話を重ね、品質の高いコメが手に入るようになった。
 ただ、後継者不足に悩む農家の姿を目の当たりにして、いつまでも農家に頼っていられるか分からないと、2003年から自社栽培を始めた。稲作を直接行うことで、よりコメの質をコントロールしやすくなった。軟水をそのまま使っての醸造も問題ない。使うコメは地元産の酒造好適米の「五百万石」と新潟県が開発した「越淡麗」だ。いずれも寒冷地での栽培に適している。

渡辺酒造店の田植え=2019年5月、新潟県糸魚川市

 伝統銘柄の「根知男山」と世界をターゲットとする「Nechi」ブランドを展開。10年には世界最大規模のワインコンテストの「SAKE」部門でチャンピオンの称号に輝いた。国際的に高い評価を受け、海外で720ミリリットル瓶に12万円の値が付いたこともある。
 渡辺さんは「醸造技術の競争は非常に高いレベルまで来ている。どれくらいコメを削ったとかで個性を出すのは難しくなっている。コメ作りからアプローチするのは素晴らしいやり方だ」と述べ、柴田酒造場の取り組みにエールを送った。
 渡辺さんはコメ作りから醸造まで手がける一貫した取り組みを「ドメーヌスタイル」と名付けた。ドメーヌとはワイン用語で、ブドウ栽培から醸造、瓶詰めまで行う業者のことを指す。海外での商談の際には、この一言でNechiの酒造りを理解してもらえた。

 ▽酒蔵を活性化の起点に
 柴田酒造場の視線は過疎化が進む近隣地域にも向かっている。地域の小学校に通っているのは17人。来春には4人が卒業するのに対して入学は2人にとどまる。将来は他校との統合が検討される可能性もある。
 柴田さんは「200年近くこの地を守ってきた酒蔵として、何ができるか考えている」と言う。ここでとれたコメを使った酒造りを地域の活性化につなげたい。農家の高齢化が進み、耕作放棄される田畑が目立ってきた。それを引き受け、子どもたちに引き継いでいかなければならないと気を引き締める。
 岡崎市の中心部から車で30分ほど。公共交通機関はコミュニティーバスだけの地域。若者が将来も暮らしていきたいと思う、魅力ある特色をどう出していくのか。17年には築130年の土蔵の建て替えに着手。20年夏に「蔵cafe一合」をオープンした。地元の高校生らが接客に立つ。甘酒や酒かすを使ったスイーツが遠方からも客を呼び寄せる。

柴田酒造場横に併設された蔵カフェ一合=7月6日、愛知県岡崎市

 近い将来の宿泊施設オープンに向けて奔走する。お酒を飲んでおいしい食事を取って、ゆっくり過ごせる宿を目指す。フランスの田舎に立地する料理自慢の宿「オーベルジュ」をイメージする。酒蔵を起点に「ここでしかできない」体験を売りに人を集めたい。
 コメ作りを手がける酒蔵の先駆けの渡辺さんも思いは一緒だ。
 18年にはくぎを一本も使わない「豊醸蔵」を伝統的木造建築でオープンさせた。直売所、研修スペースなどが入る。材木は酒蔵の裏山から自社所有林の杉を切り出し、製材も建築も地元の熟練した職人に依頼した。

渡辺酒造店の豊醸蔵=新潟県糸魚川市、2018年4月

 渡辺さんが、地元の材木を使うことにこだわったのには訳がある。山里の集落、根知谷の空気を肌で感じてもらって地元のコメで造った酒を味わってほしい。地域に根ざした酒蔵として、活性化に取り組んでいくのが務めだと考えている。

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