WARは本当に大谷の全価値を捉えているのか MLB公式サイトが特集

アーロン・ジャッジ(ヤンキース)と大谷翔平(エンゼルス)のアメリカン・リーグMVP争いが激化するなかで「選手の価値を総合的に表す指標」として知られるWAR(Wins Above Replacement)が注目されている。現時点のWARではジャッジが大谷をリードしているが、「WARは本当に大谷の全価値を捉えているのか」と疑問視する声も少なからずある。メジャーリーグ公式サイトのマイク・ペトリエロ記者はこの疑問を解消するために徹底分析を試みた。

MVPは決して「最高WAR賞」ではないが、投票の際に最も重視される指標の1つであり、WARの順位とMVP投票の順位には強い相関関係がある。日本時間9月14日が終了した時点で、「ファングラフス」はジャッジのWARを9.7、大谷のWARを8.2と算出。「ベースボール・リファレンス」はジャッジを9.0、大谷を8.1としている。大谷のWARは単純に野手としてのWARと投手としてのWARを合算したものである。

ペトリエロ記者はまず「野手としてのWAR」に注目。ジャッジは大谷を打撃成績で大きく上回っており、センターとライトを兼任しながら平均レベルの守備力を発揮しているため、「野手としてのWAR」で大谷に大差をつけているとした。

WARはそのポジションの「代替可能選手」と比較してどれだけ勝利に貢献したかを表す指標であるため、ジャッジの比較対象が「代替可能レベル」の中堅手や右翼手であるのに対し、大谷の比較対象は「代替可能レベル」のDHとなる。なお、WARでは異なるポジションの選手を比較可能にするため、ポジションによる補正が行われており、守備の貢献度を考慮して捕手や遊撃手にはプラス査定、一塁手やDHにはマイナス査定が加えられる。つまり、ジャッジと大谷の「野手としてのWAR」に大差がつくのは、打撃成績の差はもちろん、ジャッジがセンターを守っているのに対して大谷がDHであることも関係しているというわけだ。

一方、「投手としてのWAR」に着目してみると、登板しないジャッジの「投手としてのWAR」はゼロである。ペトリエロ記者は「大谷がマウンドに立っている時間はジャッジが外野で過ごしている時間よりもはるかに価値がある」としているが、だからといってジャッジが「投手としてのWAR」においてマイナス査定を受けることはない。

ここからペトリエロ記者は本格的な分析に入る。まず、「大谷がDHではなく投手として打席に入っていたらどうなるか」ということについて考えている。この場合、大谷の打撃成績は他の投手と比較すべきのように思われるが、大谷が投手として打席に入った場合、エンゼルスはDHを使えない。つまり、投手・大谷はDHの代わりに打席に入っているのであり、比較対象が他球団のDHになるのは決して不自然なことではないというわけだ。

ちなみに、大谷は今季、投手として登板中の打席ではOPS.736にとどまっている一方、DHとしてOPS.924を記録。キャリア通算でも投手としてOPS.787であるのに対し、DHとしてOPS.893を記録している。この数字からは投手としての負担が大きいことがうかがえるものの、他球団のDHの代わりにエンゼルスが「投手・大谷」を打席に立たせている以上、「投手」としての負担を考慮してプラス査定を加えるのは現実的ではない。

ペトリエロ記者は次に「大谷の存在によって節約されたロースター枠」に着目。ロースター枠が26人の場合、大谷の存在によって節約されたロースター枠にはチーム内の26番目の選手が入ることになるが、貢献度の大きい選手を26人も抱えるほど選手層の厚いチームというのはめったに存在しない。ペトリエロ記者は「間違いなく何かしらの価値はあるだろうが、どれくらいの価値があるかはハッキリしない」と述べている。

ペトリエロ記者はさらに「大谷の存在によって失われているロースターの柔軟性」にも目を向けている。エンゼルスは大谷がDHの枠を事実上独占するような形になっているため、他球団で行われている「主力選手をDHで休ませる」という起用ができない。また、エンゼルスでは6人制の先発ローテーションが採用されている。優秀な先発投手を5人揃えるだけでも多くのチームが苦労しているのに、エンゼルスは大谷を含めて6人の先発投手を用意しなければならないのだ。ただし、ペトリエロ記者はDH独占や6人ローテがチームに与える効果について「ほとんど研究結果は出ていない」としている。

要するに、現在のWARという指標は大谷がチームにもたらすプラス面、マイナス面も含めて、大谷の全価値を捉えるような構造にはなっていないということだ。WARが大谷を過小評価しているかどうかはわからないが、二刀流に付随する様々な要素がWARの計算式に含まれていないことは事実だろう。とはいえ、WARはあくまでもMVP投票における参考資料の1つに過ぎない。ペトリエロ記者は「伝説的な記録を打ち立てようとしている強打者と過去になかったことをやり続ける二刀流選手、どちらを選んでも間違いではないだろう」と締めくくっている。

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