横浜FCの伊藤翔に聞いた!「内田篤人のアシスト」で決まったスーパーゴールなど鹿島時代の“裏側”

2023年に30周年を迎えるJリーグにおいて、数多のタイトルを獲得し「常勝軍団」と呼ばれてきた鹿島アントラーズ。

近年、他クラブの進化もあってこれまでのやり方がハマらなくなりタイトルからやや遠ざかっているが、それでもリーグを代表する強豪クラブであることに変わりはない。

伊藤翔は2019年に横浜F・マリノスから鹿島アントラーズへ加入。2シーズンにわたりプレーし、リーグ戦では40試合に出場、8ゴールを記録した。

そこでQolyでは、現在所属する横浜FCでJ1昇格に向けて奮闘する34歳のストライカーを直撃!

アーセナルへの練習参加やグルノーブル時代を中心にお届けした前編に続くインタビュー後編は、帰国後のJリーグでのプレーにフォーカス。記事ではその中から、鹿島時代についての部分を紹介する。

当時の内田篤人選手のアシスト(現役最後のアシスト?)で決まった「あのスーパーゴール」についても聞いてみたぞ。

(取材日:2022年8月24日)

――(前略)2019年、横浜F・マリノスから鹿島アントラーズへ移籍。30歳を迎えての決断でした。

もちろんオファーをいただいて行くことになったのですが、とても悩みました。横浜F・マリノスも好きでしたし、横浜の街もすごく好きだったので。

すごく悩みましたけど、鹿島の「伝統的な強さ」とか「締まっている雰囲気」の感じを外から見ているのではなく、中に入ったらどういう感じなんだろうというのを知りたかったのが一番大きかったですね。

なぜ強いのか。しかもずっと強いのか。そこを知りたかったのが僕の中では一番大きかったです。

――初年度は大岩剛監督でしたが、2年目の2020シーズンはザーゴ監督に変わりました。

会社的にもクラブ的にも変わっていこうという時期でした。

大岩監督の時は、鹿島の伝統的なというか紅白戦でバチバチやって試合ももちろん隙がないように進めていくという感じでした。でもサーゴ監督が来て、最初はたぶんボールを繋ぎたかったと思うんですよ。つないで前進して、綺麗な美しいサッカーをしていくというイメージはあったと思うんですけど、なかなかそれで勝てませんでした。

それでけっこう早い段階で軌道修正して、元々みんながやっていた“鹿島のサッカー”にある程度戻していった感じでした。

ザーゴ監督もあまり自分の理想の感じではできなかったとは思います。しかも、2年も3年も待ってくれるクラブではないのでそこは難しかったんじゃないかなと思います。

――鹿島時代といえば、2019シーズンのJ1第2節、川崎フロンターレ戦での内田篤人さんのアシストから決まったスーパーゴールが印象的でした。解説していただけますか?

あれはまず、内田選手がボールを受けるんですけど、ボールを受けて…最初たぶん内田選手は横に出そうかなという感じだったんですよ。

ただ、一回前にボールを持ち出した時に「あ、これくるな」と思いました。そのタイミングで自分がラインと駆け引きをして。

僕のマークに付いていたセンターバックの選手(※奈良竜樹)が僕よりちょっと鹿島ゴール側にいたんです。ようは僕のほうがちょっとだけ前に出ていました。だけどライン的には他の選手(※谷口彰悟)が残っていたので、僕はオフサイドじゃなかったんです。

そのままボールが来ても競り勝てる状況でしたけど、一応保険として、走る時に最初相手のセンターバックにぶつかっておきました。ぶつかって相手の体勢を崩して、ちょっと遅らせようと思って。

いいタイミングでぶつかれて、それで内田篤人選手です、彼の右足の精度はやっぱりすごいですから。内田選手からめちゃめちゃ良いボールがきて、ボールも良いところに止められて、ゴールキーパーの動きも見えていたので「GKの横側に流せば入るな」というゴールでした。

試合が終わったあと、内田選手から「俺のボールが良かったってちゃんと言ってくれよ」という話だったので、ぜひこれは使ってほしいなと思います(笑)。

動画では他にも、清水エスパルスで国内復帰した理由や、シティ・フットボール・グループに加わった横浜F・マリノスの変貌ぶり、当時一緒にプレーした久保建英の印象、そして「横浜の街に帰りたかった」という横浜FCへの加入など、たっぷり聞いているのでそちらもぜひ!

【関連記事】ベテランストライカーとなった横浜FCの伊藤翔!「アーセナル練習参加」の話がおもしろい

現在J2で2位の横浜FCは今週末、9月18日(日)にヴァンフォーレ甲府とホームのニッパツ三ツ沢球技場で対戦する。

© 株式会社ファッションニュース通信社