一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅨ│間違いだらけのコーポレートガバナンス(27)

バーンレート(航海期間)と成功報酬をめぐって諮問委員会との交渉が難航する(写真はイメージ)

1486年5月、コロンブスはカトリック両王に拝謁した。コルドバの王宮で開催された運命のプレゼンで、コロンブスはイザベルに訴える。邪教に耽り、キリストの福音を知らぬまま、死んで地獄に落ちる憐れな未開の異教徒たちを聖なる教えに導いて救うと。

コロンブス、渾身のプレゼンをぶちかます

そしてフェルディナンドにも訴える。この新貿易ルート開拓が、スペイン王国に巨万のリターンをもたらすだろうと。コロンブスは、両王の政治的関心事を正確に分析し、それぞれに対して「グサッと刺さる」一世一代のプレゼンを行った。

1486年のこのプレゼンにおいて、イザベラは多少の興味を示し、フェルディナンドはほとんど興味を示さなかったというのが史実らしい。イザベラは、諮問委員会を設置し、具体的に検証するように指示した。諮問委員会の長はイザベラ女王の贖罪司祭エルナンド・デ・タラベーラ。のちのグラナダ大司教だ。

彼もまた、数代前にユダヤ教からキリスト教に改宗した新キリスト教徒だった。タラベーラの諮問委員会はコロンブスの事業計画書を精査し、否定的な見解を示す。スペインとの交渉が暗礁に乗り上げたコロンブスは、欧州各地の王国(フランスやイギリスなど)にも、弟と協力して自分のプロジェクトを売り込む。

現代の起業家が、アタックリストを作成して端から投資家アポを取ろうとする様子と瓜二つだ。しかし、ほぼすべての国が初回プレゼンさえ聞かずに断った。

6年間塩漬けにされたあと、6か月ですべてが決まる

1486年の初回プレゼンから何も進まないまま6年が過ぎる。そして運命の1492年の幕が開ける。グラナダ奪還、ユダヤ人の追放、コロンブスの初航海…すべてが一気に動き出す。

カスティージャの支払い総監サンタンゲルは、コロンブスの航海計画について相談を受け、すぐに動く。1492年1月24日。サンタンゲルはイザベルに対し、かつての諮問委員会の決定を取り消してコロンブスを出発させるよう説得を試みる。彼はこう主張する。

ポルトガルの喜望峰ルート開拓が成功したら、香辛料貿易は彼らに独占され、スペインにとって決定的なダメージになるだろう。また、コロンブスの航海には、実はそれほど巨額の資金はかからない。重要な賓客を招いて1週間祝宴を挙げる程度の金額である。

しかし、宮廷ユダヤ人サンタンゲルの助言の前に、同じ宮廷ユダヤ人にして諮問会議の委員長タラベーラが、再び大きな壁として立ちはだかる。


バーンレートと成功報酬をめぐって紛糾

諮問委員会は、主に2つの点でコロンブスのビジネスプランにケチをつけた。一つは距離をめぐる問題だ。諮問委員会は、仮に西回り航路でインドにたどり着けたとしても、コロンブスの計画の3倍は距離が長く、時間もかかると分析した。

距離と期間を見誤れば、必要な食料や水の積載量など(≒必要投資額)も読み違えることになる。ゴールに到達するまでに飢え死にしてしまうだろう。失敗すれば大西洋に金塊をばらまくような、この馬鹿げた投資を実行したスペインは、他国からの笑いものだ。

これは、現代のスタートアップ投資になぞらえるなら、バーンレート(調達した資金を使い果たすまでの期間)の読みが甘いという指摘といえる。これについては、諮問委員会の見立てが正しかったことが後世明らかになっている。いつの時代も投資家はバーンレートを保守的に見積もり、起業家は楽観的に甘く見積る。たいていの場合、投資家の方が正しい。

投資契約書「サンタフェ協約」の概要

もう一つの問題は、前回のコラムでも触れた通り、成功報酬に対するコロンブスの高すぎる要求だ。交渉経緯の詳細は割愛するが、最終的に決着したスペイン王国とコロンブスの投資契約(サンタフェ協約)の要旨はおよそ以下の通りだ。

1. コロンブスに対して、終身にわたり「提督」の称号が与えられ彼の子孫がその地位を世襲すること。

2. コロンブスが発見した大洋の島々や大陸の「副王」および「総督」の地位が 与えられること。当該地の統治者をコロンブスが任命する権利を持つこと(推挙する3名の候補者の中から選ばれること)

3. 発見地が絡む貿易紛争において、コロンブスが唯一の裁判官の地位を得ること。

4. 新発見地との交易によって得られる利益に関し、経費を差し引いた純益の10分の1がコロンブスの無税の取り分となること。

5. 今後なされる航海においてコロンブスがその費用の1/8(12.5%)を負担する場合、その利益の1/8をコロンブスの取り分とすること。


コロンブスが要求した経済的リターン

上記要約の4項では、「純利益の10分1を無税で得る」という取り決めがある。これはいわば役員報酬に近いだろう。タックスメリット(無税)まで勝ち取っている点も驚きだ。

そして筆者が最も注目しているのはやはり5項だ。自分自身も航海に対して出資することで、シェアに応じた成功報酬を得るという取り決めだ。4項が役員報酬なら、5項は出資者配当だ。役員報酬(税引き後利益の10%)+出資者配当(配当利益の12.5%)。現代の感覚でざっくりいうと、これがコロンブスの成功報酬パッケージだった。

命を懸けて航海に臨むなら、このくらいの要求は当たり前だろうか。最終的にスペイン王室は、公的資金を投資しないことを前提に、これにサインした。イタリアから流れ着いた船乗りと、イベリア半島を支配する王国との間で、本来成立するはずのないビッグディールが決まった。なぜか。

結局のところ、当事者の多くは、コロンブスは太平洋の藻屑となり、この協約はその時点で破棄されると思っていたのだろう。しかし、奇跡は起きた。

資金調達に奔走したコロンブスとサンタンゲル

コロンブスの第1回航海の調達資金総額は、約200万マラベディだったとされる。現在の貨幣価値に換算するならおよそ7~10億円程度と捉えるのが一般的なようだ。逆に解釈すれば、10億円の範囲でやれることしかできなかったというでもある。

コロンブスは、サンタフェ規約(上記要約5項)における出資者としての権利を確保すべく、少なくとも25万マラベディ(投資総額の8分の1)を自己資金として集める必要があった。そして、最大の理解者サンタンゲルは、残りの175万マラベディを調達するために奔走していく。

(この項続く)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)

西澤 龍

IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社 (イグナイトキャピタルパートナーズ株式会社)代表取締役/パートナー

投資ファンド運営会社において、不動産投資ファンド運営業務等を経て、GMDコーポレートファイナンス(現KPMG FAS)に参画。 M&Aアドバイザリー業務に従事。その後、JAFCO事業投資本部にて、マネジメントバイアウト(MBO)投資業務に従事。投資案件発掘活動、買収・売却や、投資先の株式公開支援に携わる。そののち、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS 現在IBMに統合)に参画し、事業ポートフォリオ戦略立案、ベンチャー設立支援等、コーポレートファイナンス領域を中心にプロジェクトに参画。2013年にIGNiTE設立。ファイナンシャルアドバイザリー業務に加え、自己資金によるベンチャー投資を推進。

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業(マクロ経済政策、国際経済論)
公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員 CMA®、日本ファイナンス学会会員

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