fOUL - 類型皆無の不世出バンド、実に17年7カ月ぶりに下北沢SHELTERへ帰還!

まるで告白するかのように「fOULをやろう」と学に言った

──昨年(2021年)9月、大石規湖監督によるドキュメンタリー映画『fOUL』の公開初日の舞台挨拶で大地さんがfOULの活動再開を宣言してから1年が経過しましたが、fOULを再始動させようという意向は3人の中でいつ頃固まったんですか。

大地:具体的にこのタイミングで3人の足並みが揃ったという感じではなかったんですよ。きっとそれぞれきっかけはあったと思うんだけど、俺の場合は映画を製作するにあたって昔の映像を探し集めたときでした。PAの朋ちゃん(今井朋美)とブッチャーズの射守矢(雄)くんとで映像を持ち寄って飲んだことがあって、そのときに「fOULをやりたい」と話したんです。fOULもやるし、できたら射守矢くんとも一緒にバンドをやりたいと。まあ、酒の勢いもあって(笑)。

谷口:僕は映画の話をいただいた時点ではfOULをやる発想はありませんでした。BEYONDSが動いていたし、新作(『Serpentine』)のレコーディングもしていたし、早く録って出してリリース・ライブをやりたいと考えていたので。

大地:バンドを再開するにあたって、健ちゃんが学と話したことがあったよね?

平松:映画の公開初日に大地さんが「fOULをやります」と話したのを聞いたとき、俺はまだ半信半疑だったんです。本当にやるのかな? どうするんだろう? と思って、大地さんに連絡したんですよ。それで一度、リズム隊だけでスタジオに入って。それが去年の12月の話で。

大地:映画用のインタビューを3人個別に撮って、その試写をキングレコードの会議室で3人揃って観たんですけど、あのときに「またfOULをやりたい」という熱が若干上がらなかった?

平松:試写を観た後、キングの近くのコインパーキングでみんなで外飲みをしながら話して。コロナ禍で飲食店が閉まっていたから。

谷口:去年の夏だよね?

大地:そうそう。そもそも映画の撮影のためにFEVERで3人で集まって話したとき、またfOULをやろうという雰囲気を俺は出してたつもりだったんですよ。

平松:コインパーキングで飲んだとき、fOULをやる話になりませんでしたっけ? それで健ちゃんと握手した記憶もあるし。

谷口:それは新宿のスタジオで観た最終試写の後、スタジオのそばの駐車場だね。あのとき僕が学に、まるで告白するかのように「fOULをやろう」と言ったんです。具体的にいつからどんなふうに始めるかというヴィジョンはまだなかったけど、fOULの再結成をしたいという気持ちが自分の中で固まったので、学に伝えて握手を求めました。その少し前から僕と大介のあいだでfOULをやろうぜという話があったんですけど、何せBEYONDSをやっていたので。だからまず(中川)暁生くんとテッキン(工藤哲也)に僕らの意向を伝えることにしたんです。BEYONDSを休止したいと。

──映画の公開初日の舞台挨拶の後、劇場近くにあるリハーサルスタジオに3人で集まったじゃないですか。あれが久しぶりの3人揃ってのスタジオ入りだったんですか。

平松:そうです。3人で音を合わせたのは16年ぶりでした。

谷口:まさかのご対面だったよね。僕なんて16年間、一度もギターを弾いてなかったというのに。

──たまたま僕もその場に居合わせたんですが、大地さんと学さんはまるでブランクを感じさせないプレイでしたね。

谷口:学は射守矢くんと一緒にバンドをやっていて現役だし、学も大介もfOULの曲が身体に染みついているんだなと思いましたね。

大地:2人には言ってなかったけど、実はあのスタジオ入りは俺が計画してたの。舞台挨拶が終わってからキングレコードの人たちに「この後、スタジオ飲みしません?」と俺が提案して、(小声で)「そこで3人で音を出すように持っていきますから」と話したんです。

谷口:でも、いざそこで音を出したものの、またfOULをやるのはだいぶ厳しいかなと感じたんです。案の定、僕は全然弾けなかったので。

大地:確かにその時点でちゃんと練習しないとヤバいなとは思いました。その後に学と2人でスタジオに入ったのはそういう経緯もあったんです。まずわれわれがちゃんとプレイできるようにしようって。

「リズム隊がしっかりしていればいい」ではダメ

──fOULはそもそもギターをまるで弾けなかった健さんがギターを弾こうとしたバンドでしたし、またスタート地点に舞い戻ったとも言えたのでは?

大地:そういう感覚はなかったですね。何作もアルバムを出して、ちゃんとしたライブをずっとやれてたバンドだったから、その感覚が残ってたんです。だからゼロベースにはできなかったし、ちゃんとやれてた自分たちの演奏力を追っかけちゃうところがありました。これが全くの新曲をやるとなると話は変わるんだけど、かつてやってた曲をまたやりたいとなると、どうしても16年前の残像を追っかけてしまうと言うか。

谷口:今年の1月の頭に吉野(寿)くんと向井(秀徳)くんと飲んだとき、実はまだ僕はfOULを再開することに心からの踏ん切りがついていなかったんです。なぜならば自信がなかったし、本当にfOULをやれるだろうか? という思いがあったから。そのことを吉野くんと向井くんに話したら、「大丈夫、やれるよ。まずは弦を張り替えて弾いてみようよ」と彼らに背中を押されるようなことを言ってもらいまして。「ギターなんてどこを押さえたってどうにでも鳴るんだよ」なんて言われて(笑)。それからしばらくして、向井くんのライブに行ったんですよ。楽屋へ挨拶に行ったら彼と僕だけになって、「それで谷口さん、リッケンの弦はちゃんと張り替えたんですか?」と言われたんです。

大地:張り替えてなかったんだ?

谷口:張り替えようとはしていたよ(笑)。

──いい話ですね(笑)。現状、今年に入ってからは猛練習を重ねている感じですか。

大地:それぞれでやってるし、しっかり予約を入れて3人でスタジオに入ったのは今年の4月からです。今は週一ペースで練習してますね。週一で2時間、ライブ前だと3時間。個々人での課題はあるけど、全体的にはだいぶいいところまで来てると思います。ただ、健ちゃんがリセッターなんですよ。前の練習ではできてた曲が、次の練習でできなくなってたりする。反復練習が彼には必要だとここで強く言っておきたいですね(笑)。

──上手く弾けないのを逆手に取った独自チューニング、コードの押さえ方が健さんのギターの魅力であり特徴ですが、自身で考案した押さえ方はなかなか思い出せないものですか。

谷口:ずっと弾きながら探してると思い出します。すぐには出てきませんけど。

──学さんはどうですか。

平松:思い出せるものもあれば、音源をどれだけ聴いても思い出せないものもありますね。ライブでやろうって曲は必死に思い出してますけど(笑)。ただ、今なりのひらめきもあるし、リアレンジでやれるケースもあるし、それを楽しみながらやれています。

──さる7月2日には新代田FEVERにて『砂上の楼閣35』(ワンマン)が開催され、2005年の“休憩”から17年4カ月ぶりに復活を遂げたわけですが、セットリストはどう決めたんですか。

谷口:みんなのやりたい曲の候補を挙げて、そこから固めていきました。

大地:やりたい曲の違いはそれぞれあったけど、結果的に「やっぱりfOULと言えばこれでしょ?」という選曲になったと思います。セットリストを決め打ちして練習しないと間に合わないから、まずはできる曲を優先して決めていきましたね。

平松:できる曲と言うか、できそうな曲と言うか(笑)。それが最重要でした。

──たとえばこれはできるだろうと考えていたら上手くできなかった曲、あるいはその逆でできそうもないだろうと考えていたらできた曲などはありましたか。

大地:個人的な話で言うと、「フッサリアーナ」は思っていたよりもできなかったかな。自分の中では、ですけどね。最初に合わせたとき、曲も展開も「あれッ?!」と思った。

平松:「フッサリアーナ」はシンプルだけど難しい曲ですからね。

谷口:僕からすると、他の曲も全部難しいんだけど…(笑)。

平松:まあ、簡単な曲はないかもしれない(笑)。

谷口:リハを終えた学が「fOULの曲は全部難しいんですよ」とよく言うんですけど、僕とはちょっと感覚が違うんでしょうね。当時も今も。学の言う“難しい”と僕の“難しい”にはだいぶ落差があって、僕の“難しい”はかなりレベルが低いんです。

大地:そのレベルをもうちょっと上げてほしいね(笑)。「リズム隊がしっかりキメていればfOULはそれでいいじゃない?」って意見をよく聞きますけど、それじゃダメなんですよ。ここのボーカルやギターをちゃんと聴かせたいというポイントとなる箇所があるのに、そういうところに限って健ちゃんは間違えるんです(笑)。

ギターを弾きながら唄うことで生まれる狂気の歌

──そうした苦行にも似た練習をしなければならないのを予め覚悟してもなお、今この時代にfOULを蘇生させたい気持ちが強くあったということですよね?

谷口:そうですね。BEYONDSでの表現が決してダメだったわけではないんですけど、ギターを弾きながら唄う自分の発狂ぶりと言うんですかね。弾きながら歌に出てくる狂気の沙汰と言うべき唄い方や声、感情のわだかまりみたいなものは、やっぱり弾いているときにしか出てこないものなんです。「向こう三年の通暁者」みたいな歌は特にそうですね。どれだけギターがままならないものでも、ボーカルだけでは出てこない何かが弾いてるときに出てくるんです。ある種のカタルシスというのは、苦行があるからこそ生まれるものなのかなと思うんですよね。だからギターがおざなりでも…本来はおざなりになってはいけないんだけれども、歌がなしになる箇所がfOULの曲にはほとんどないんですよ。2人がずっと音を出してるときでも僕は青息吐息で絶えず声を出してるし、その特異な声はやはりギターを弾いてるからこそなんだとFEVERでライブをやって実感しましたね。

──複数回の練習よりも一度の本番で得られるものは多いにあるんでしょうね。

谷口:でも今は練習がとにかく楽しいんです。ギターを弾くのが純粋に楽しい。一人で弾いていても楽しくはないけど、3人で音を合わせていると思わず「ヤベェ!」と震える瞬間が多々あるんです。逆に言えば、従来の歌だけというのは何て寂しいんだろうと思いました。fOULでは僕の歌を映えさせてくれるし、ギターを弾かなくても映えさせてくれるし、弾いたら弾いたで映えさせてくれる。とても楽しいですよ。

──FEVERでのライブですが、実際にやってみていかがでしたか。

大地:17年ぶりのライブということでのめり込みすぎたっていうのもあるんですけど、まあガチガチでしたね。

谷口:ガチガチだったなあ、僕も。

平松:俺も凄い緊張しました。

大地:やっぱり期待されてるって部分に載っかっちゃってたと言うか。映画もあったし、映画の中では上手く切り取られてあれだけの演奏をしてるわけで、クオリティとしてそれくらいのレベルを求められるんじゃないか? っていうのがあって。自分としては、FEVERのライブまでに練習が間に合わなかったとしても全力で今のfOULを出せればいいと思ったけど、休止前のfOULと比較されることを考えると平常心ではいられなかったですね。特にライブがスタートして4、5曲くらいはそんな感じでした。だんだんとその場の雰囲気を感じられるようになってからはちょっと落ち着きましたけどね。

平松:自分としてはずっと待ち望んでいた場所であり景色だったんですよ、お客さんの誰よりも。

大地:そうだよね。何より自分たちが待ち望んでた空間だった。だから余計に気負うものがあったんじゃないかな。

平松:ステージに立つまでは泣き崩れるんじゃないか? とか、いろいろと考えていたんです。フロアにいる顔馴染みの誰かと目が合っても平然としていられるかな? とか。でも実際に始まったら、とにかく必死(笑)。最初の3曲くらいは全然余裕がなかったし、徐々に健ちゃんと大地さんの顔を見られるようになって…「フッサリアーナ」くらいでやっと肩の力が抜けました。そこからは楽しかったですね。でもやっぱり、全体としては必死だったかな(笑)。

──映画『fOUL』が発火点の一つになったのかもしれませんけど、それがfOUL再始動に至る直接の要因ではありませんよね?

谷口:映画が要因ではないと僕は思っています。ただ映画の完成形がだんだん近づくにつれ、fOULをやりたい僕らの気持ちが高まっていくのとタイミングが重なったのは確かです。仮にあの映画がなかったとしても、いつかはfOULをやりたいという気持ちが3人それぞれにあったと思うんですよ。まだ再始動していなければ「もういい加減、fOULをやりませんか?」みたいな話が断続的にあっただろうし。

撮影:菊池茂夫(トップページのアーティスト写真も含む)

──イースタンユース主宰のコンピレーション『極東最前線 2』(2008年7月発表)収録の「Decade」をレコーディングするために集結することはあっても、ライブ活動は17年間“休憩”のままでしたよね。これまでも絶えずライブのオファーがあったんじゃないかと思いますが。

大地:カメラマンの菊池(茂夫)さんが写真家生活30周年で新宿LOFTでライブをやるということで、fOULを呼びたいって話をもらったよね。

谷口:あと、吉野(寿)くんの意向かは分からないけど『極東最前線』の何かの節目でfOULとしてやれないか? とか。大変申し訳なかったんですが、当時の僕にはBEYONDSがあったのでいずれも丁重にお断りをさせていただきました。

平松:3人でまたfOULをやりたい気持ちが消えたことはこれまで一度もなかったけど、俺も日々の生活に追われてましたからね。

谷口:これだけ長くfOULをやっていない時間が経つと、3人の気持ちが同じ温度を保つのが難しいんじゃないかと僕は一時期感じていて。いつかはやりたいねという話をしていたものの、休止から数年経って学や大介が「生活があるからfOULはもうやれない」と言われる可能性だってあったと思うし、時間がだいぶあいて温度差もありすぎてもうダメかなと思うことが僕にはあったんです。でも去年、映画の仕上げのときに3人で会う機会が増えて、そろそろ機が熟してfOULをやる時期なんじゃないかという機運が背中を押してくれたことは事実です。そのやり取りの中で、大介が「もうやるしかないでしょ!?」と言ったのが僕の中では大きかったですね。きっと学もそうだったんじゃないかな。

時代との共時性がないところで存在していた楽曲群

──そもそもfOULが2005年の春に活動休止した背景には、バンドよりも家庭を優先させたいというメンバーの意向があったからなんですよね?

大地:俺は完全にそうでした。結婚して子どもが生まれたことで、バンドで食べていくという生活の在り方が現実的ではなくなったんです。ちゃんとした定職に就かないといけなかったし、大学に入り直して教員免許を取って、教員になって。しかも学校が青森だったので、青森と東京を行き来する生活になって。最初はfOULの活動を止めずに、たとえば練習で録った音をデータでやり取りしてドラムの音を足そうなんて話もあったんですけど、当時の自分は音楽をやる余裕がまるでなかったんです。

谷口:fOULの活動末期から大介はそんな感じで、それが結果的にfOULの活動における不具合やメンバー間の釣り合いが取れなくなったことに繋がっていったんです。実は新曲もあったんですよ。学がアクセントを入れつつ繰り返しベースを弾き続ける曲で、不甲斐なくギターが決まらないまま未完成になった曲なんですけど。あと、日の目を見ないまま歌詞を全部完成させた曲もありましたね。自分としてはニュー・ウェイヴっぽいアプローチができた曲で、歌詞もタイトルも気に入っていたんですよ。だから未発表曲が2つあったのかな。

大地:まあだから、活動休止に至ったのは俺個人の事情でしたよね。

谷口:いや、みんな仕事や家庭でいろんな事情があったんだよ。

平松:俺も結婚して、仕事をしながら『砂上の楼閣』をやっていた頃に「仕事を休んでんじゃねぇよ!」みたいなことを上の人に言われましたからね。昔ながらの職人が多い職場だったので。

──健さんはfOUL休止後、2005年12月にBEYONDSを復活。大地さんはfOUL休止後にTABLEに参加、2011年8月にはBEYONDSへ合流しますが、BEYONDSの健さんとfOULの健さんの一番の違いはどんなところだと大地さんは感じていますか。

大地:fOULを一緒にやってると、彼はやっぱり狂気の人なんだなと改めて感じますね。さっき彼も話していた通り、ギターを弾くことで狂った部分が増幅されるのを肌で感じます。歌詞で同じことを唄ってたとしても、BEYONDSとfOULでは全然違うので。

──確かに。「FEDDISH THINGS」が良い例ですね。

谷口:僕から見た大地大介もBEYONDSとfOULでは全然違います。BEYONDSでの僕はボーカルだけなので、ドラムとの呼応や絡むことによる込み上げてくるものがfOULほどはなかったんです。だから大介と楽器同士で繋がれていた暁生くんやテッキンが羨ましかったし、彼のドラムは特に他の楽器と呼応するドラムなんですよ。もちろんボーカルとも呼応するんだけど、fOULではギターでも呼応できる部分が多いのでBEYONDSとは強烈な違いがありますね。緩急の付け方、静と動のバランスが楽器同士だと如実に伝わりますし。

──時空を超えた楽曲の普遍性や鮮度の高さもfOULの大いなる魅力の一つだと思いますが、ご当人たちとしては17年ぶりに封印を解いてみてどう感じましたか。

大地:手前味噌ですけど、全然古びてないですね。ちょっとこれは古くさいからやるのはやめようかって曲がまるでないので。自分たちでも不思議です。

谷口:それは見方を変えると、1994年の結成当時からやっていた曲が古いも新しいもないってことなんでしょうね。おこがましい表現をするなら隔世の感と言うか、時代との共時性がないところで存在していた曲なのかなと思います。

大地:そう、その時代を切り取った音楽じゃないよね。

谷口:でもおかげさまでこうしてまたfOULをやれて気づくこともあるんです。たとえば「Smart Boy Meets Fat Girl」に「oh I'm a just poor boy just 29」という歌詞があって、ああ、これは自分が29歳のときの曲なのか、今の自分ならこういう歌詞は出てこないかもなと感じたりもして。「fOULの休憩」や「そして浸透」のようにふわっと出てくる気持ちを描いたような曲も、今ならああいう歌詞は出てこないかもしれないとか、いろいろ感じたりもします。今なら従来とは違う、未来を担う子どもたちや社会の現実に向けた歌詞を書けるんじゃないかと今は今で逆に楽しみですね。

大地:今思うと、fOULを始めたのは健ちゃんと俺が25、6で、学が22とかでしょ? それであんな曲をやってたのが凄いよね?

──そうですよね。歌詞の世界が妙に達観していると言うか、やけに諦観していると言うか。

谷口:そうそう。学なんて22歳であんなに平然と構えて流麗なベースを弾くんだから恐ろしいね(笑)。

平松:そういうベースのフレーズが生まれたのは大地さんと健ちゃんのおかげですよ。もともとSocial Distortionとか大好きだったのもあるけど。

大地:3人ともそれぞれfOULをやることによって違う回路が開いたんだよ。「こんな引き出しがあったんだ!?」っていうのをお互い感じてびっくりしたんだと思う。

──学さんのバッキバキで図太い鋭角ベース、大地さんの重すぎず軽すぎない安定と信頼のリズム&ビート、健さんのギターを弾けないのに弾こうとする精神性と実験性と狂気を孕んだ代替不可の歌声、三角形の辺の引っ張り合いで生じる3ピース特有のヒリヒリ感がfOULをfOULたらしめる要素だと思うのですが、古今東西どこを探しても見つからない、類型皆無の不世出バンドとしか言いようがないんですよね。

大地:学のベースはバッキバキでテンポ・キープがばっちりで粒揃い、コード弾きもするという何でも来いスタイルだったんです。だからこっちもやりやすかったし、いろんな曲を試せたんですよ。いろんなリズムやアプローチを試せたのは学のベースありきと思うし、その相乗効果としてギターのとんでもないフレーズが出てくるわけですよ(笑)。

谷口:その相乗効果でね(笑)。

──年齢を重ねてきたことで、fOULのようにパーソナルな部分をより出せるバンドが自身の拠り所としてあるのがいいなと感じたところはありますか。

大地:映画の中で学が「fOULは自分のすべて」と話しているんですけど、俺にとってもまさにそうなんです。人生、山あり谷ありの中でfOULはちょっとのあいだ止まっていただけで、今またこうして動かし始めてfOULが自分の人生の一部になっているのが凄く心地いいんですよね。これでまたfOULをやれないことになったら、俺自身のバンド人生がついに終わるかもしれない。だから絶対にやめたくないし、それくらい本気なんですよ。

平松:今はこの状況を噛み締めながらやらせてもらっていると言うか。「齟齬」や「大人になる予感」、「煉獄のなかで」や「fOULの皮算用」といったちょっと地味だけど8ビートのいい曲がfOULにはあって、その良さを弾きながら再確認してるんです。ああいう曲ってなかなかできないと思うし、今になってその良さを再確認できる喜びもあるし、その上でこれからまた新しい曲を作れるのは最強じゃないかと思って。

復活一発目はお祭り、真価を問われるのはこれから

──映画を観て新たにファンになった若い世代もいるでしょうし、今の3人で奏でる音盤も早く聴きたいですね。

大地:音源を出したい気持ちはもちろんあります。

谷口:せっかく再始動したわけだし、過去の作品をリマスターして出し直すことにも取り組みたいですね。新曲だっていずれもちろん作る気でいるので、昔の音源も今の音源も等しくライブラリーとして聴けるようになれば嬉しいし、ぜひそうしたいです。

──坂本商店とキングレコードの作品群は諸事情により再発できない状況ですが、それも何とか打開したいですよね。

大地:権利の関係で再発が無理なら、セルフカバーして出したっていいわけですからね。

谷口:“セルフカバー・グレイテスト・ヒッツ”みたいなね。

平松:それいいですね。

大地:今のfOULが過去の曲を録り直したらどうなるんだろう? っていう興味があるんですよ。この年齢ならではの解釈やアプローチができるかもしれないし、そういう試みも面白いかなと思って。

──期待しております。さて、17年7カ月ぶりとなる下北沢SHELTERへの帰還、10月1日(土)に行なわれる『砂上の楼閣36 〜スマートボーイ ミーツ フィーメール パンクス〜』ですが、共演のMs.Machineは健さんのオファーで決まったそうですね。

谷口:友人が僕の好みを察してMs.Machineを勧めてくれて、すぐにレコードを買ったり映像を見たら僕の大好きなゴシック系のバンドで、凄い格好良かったんです。ここ数年、オーストラリアやヨーロッパとかでも黒装束のゴシックパンクバンドがかなり台頭してきて、少し前のInterpolとかとはまた違った陰鬱でダークさが深まった感じのバンドが出てきたんですけど、それに似た匂いをMs.Machineに感じたんです。それで今回、ぜひ共演したくてオファーしました。Ms.Machineの堂々とした佇まいと言うか、良い意味でのふてぶてしさも僕は凄く好きなんです。周囲におもねらない感じが格好いい。

──面白そうな未知のバンドと出会えるのが『砂上の楼閣』の醍醐味でもあったし、今回もそのスタンスが貫かれているのは頼もしい限りです。

大地:ツイッターをやってると、そういう知らないバンドの情報がいろいろ上がってくるんですよね。

──大地さんは今年の2月からツイッターを始めて、このあいだはNo BusesのMVを引き合いにして「今更ながら、すげ〜良い! めちゃくちゃカッコいい!」とツイートしていましたね。

大地:いろんな音楽を知れるのが楽しくなっちゃって。日本のバンドはまだまだ凄いのがいるんだなと実感するし、ツイッターを始めて良かったなと思いますね。SNSは世界と直結してるから面白いし、われわれがこの先新たなMVを発信したら海外の人たちが反応するかもしれないし、世界が凄く身近に感じます。

──現状、ライブの予定はわりと先まで詰まっているんですか。

谷口:おかげさまで。『砂上の楼閣』も2、3カ月に一度のペースでやれたらいいなと考えています。対バンで僕らと同世代やその上の世代の格好いいバンドも呼びたいし、若い世代の気鋭バンドはわれわれなりにアンテナを広げつつお誘いできればいいなと。それと新曲も作っていきたいし、3曲くらいの音源を来年には出せたらと思っています。さっき話に出た“セルフカバー・グレイテスト・ヒッツ”も視野に入れながら。

大地:再始動の一発目はやっぱりお祭りだったと思うんですよ。17年振りの復活祭だし、お客さんもご祝儀的な感じで関心を持って観に来てくれた。真価を問われるのは2本目のライブ以降、今度のSHELTER以降だと個人的には思ってるんです。だからそこは逃さず、しっかりやりたいんですよね。練習のペースも掴んできてるし。ねぇ、谷口さん?

谷口:学がここまで練習してちゃんと弾けるようになっているのに、僕の弾くギターが一音も合っていないという現実がありますからね(笑)。

大地:まあ、今はそういう状況も楽しめてるからいいですけど、これが1年先も2年先も同じならさすがに「いい加減にしろ!」って言いますよね(笑)。

──ところで、健さんは今後も変わらずリッケンバッカーを使い続ける予定なんですか?

谷口:いや、グレッチやストラトとか他のギターにもいろいろと挑戦したいです。足元のエフェクターやアンプはあまり変えたくないんですけど、ギター本体は変えてみたい。

平松:それはいいですね。

谷口:アームをグイングインやってみたいんですよ。

大地:かつての押さえ方を探しながらね。

谷口:探しながらアームをグイングインやるっていう。

大地:そうなったらもう探し出せないよ(笑)。

谷口:見つからないまま曲が終わる。

大地:…っていう曲を作ろうか?

谷口:懸命に探しても見つからずに終わる人生、探しあぐねていた人生をテーマに。

──“思い通りに運ばない人生”(=ファウルボール)をバンド名に込めたfOULらしくていいじゃないですか。

大地:でもそれもやっぱり、俺と学がちゃんと演奏しないとダメだよね(笑)。

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