ブラックホールの“4本目の毛”?「渦度」を持つ可能性が示される

【▲ 楕円銀河「M87」の中心にある超大質量ブラックホールの画像。2019年4月公開(Credit: EHT Collaboration)】

ブラックホール」は宇宙で最も極端な天体だと言えますが、実は理論で取り扱うのが比較的優しい天体だと言えます。

太陽や地球のような “普通の星” は、物質の構成、質量、温度、形状、色などの様々な性質が組み合わさってできており、理論的に取り扱うことは困難です。一方でブラックホールは簡単です。ブラックホールの性質は質量、電荷、角運動量 (回転速度あるいは自転速度) のたった3つで、他の性質は全て失われています。これを “ブラックホールには毛が3本しかない” と喩え、ブラックホール無毛定理と呼びます。

このようにブラックホールは理論的には扱いやすい天体であり、M87の中心にあるブラックホールの直接撮影画像で実際に証明されたように、はるか遠くにあるブラックホールの見え方を事前に予測できるなど、高い確度で取り扱えます。

【▲ 図1: 今回の研究の進展次第では、ブラックホールの毛が1本 “増毛” される可能性があります。 (Image Credit: Dvali, et.al.) 】

ただし、理論的に取り扱いやすいと言っても、ブラックホールの全てが理解されているとは到底言えない状況です。ブラックホールの取り扱いに苦労しているケースの1つは、ミクロの世界におけるブラックホールの理論的記述です。

ブラックホールの存在はマクロの世界における理論である「一般相対性理論」によって予言されました。一方で、ブラックホールは中心部にあるとされる大きさゼロの特異点や、表面に極めて近い場所で起こるホーキング放射 (※) など、ミクロの世界を取り扱う「量子力学」を避けては通れない性質を多く抱えています。このため、ブラックホールの重力に関する性質を量子力学で記述する必要があるのですが、重力と量子力学は相性が非常に悪く、ミクロの世界で重力を記述する試みはほとんど進展していません。

※…量子力学を考慮しない古典的ブラックホールは何も放射しないと説明されますが、実際には量子力学の効果を考慮すると、極めてわずかながらブラックホールは熱放射をします。これをホーキング放射と呼びます。熱放射はエネルギー=質量の放出に対応するため、1の後に0が何十個もつくような極めて長い年数を経れば、ブラックホールは全ての質量を失ってしまうと推定されています。これをブラックホールの蒸発と呼びます。

この状況を打開するため、近年 “急がば回れ” のような発想が理論的に考え出されました。この背景は非常に難しい理論をいくつもまたぐため、今回は厳密な部分を割愛し、重要な点のみを抜粋します。

まず先述の通り、ブラックホールの表面からはホーキング放射と呼ばれる放射があると予測されています。ホーキング放射は普通の物質における熱放射と一緒であり、ホーキング放射を記述する方程式もまた普通の物質に適用できることが判明しています。このため、熱放射に関しては、「ブラックホールと共通する性質を持つ普通の物質」を考えることができます。これを「サチュロン (Saturon) 」と呼びます。

今回はサチュロンを「部分的にブラックホールと同じ性質を持つ普通の物質」と考えてください。あくまでもサチュロンは普通の物質であり、例えば極端な重力などは持っていません。一方、サチュロンを許容することで、ブラックホールの性質の一部を普通の物質の理論で代替えして考察することが可能となります。

次に、物質を構成する無数の原子が、まるで1つの巨大な粒子であるかのようにふるまう「ボース=アインシュタイン凝縮」を考えます。非常に極端な性質ですが、普通の物質でも見られます。ボース=アインシュタイン凝縮は実験室で作ることが可能で、その性質は量子力学に強く依存しており、理論的にだけでなく、実験的にもよく理解されています。

そして、ボース=アインシュタイン凝縮の実験で示された興味深い性質の1つとして、「量子渦」と呼ばれる渦状構造が現れることが分かっています。量子渦も一言で言い表すのは難しいのですが、ここでは普通の渦と同じように、水の流れの中にできる渦と同じものであると考えてください。量子渦は、ある程度の速さで回転させたボース=アインシュタイン凝縮体の中に現れることが分かっています。

これらを総合すると、ボース=アインシュタイン凝縮体となった物質は、普通の物質を量子力学で扱いやすい状態にしたものであり、理論と実験値を相互に検証しやすい状態にしている、という点が重要となります。

最後に、ブラックホールの際立った特徴でもある重力について追加の説明をします。先述の通り、重力を量子力学で記述する試みは成功していませんが、仮説の1つとして、「重力子」と呼ばれる素粒子の存在を仮定して記述することが試みられています。重力子は未発見であり、そもそも重力が素粒子を介して伝わるのか否かが議論の対象のため、この考えが正しいかどうかはわかりません。

しかし、もしも重力子が存在するのであれば、それはボース=アインシュタイン凝縮が可能であり、理論的には高速で回転するブラックホールを重力子のボース=アインシュタイン凝縮体とみなすことができると予測されています。

さて、ここまで様々な用語が出てきて大変だったかと思いますが、今回の記事で覚えてほしいのは次のことです。

ブラックホールの性質を表す方程式の一部は、普通の物質でも適用可能であり、そのような性質を持つサチュロンを仮定できます。そして普通の物質は、量子力学で取り扱いやすいボース=アインシュタイン凝縮という状態にすることが可能です。つまり、ブラックホールと似たような物質としてサチュロンの存在を仮定できるのであれば、その逆に「回転するブラックホールを重力子のボース=アインシュタイン凝縮体と仮定する」ことも可能で、お互いに共通した性質を持つと考えることができます。そうなれば、「ボース=アインシュタイン凝縮体でみられる性質がブラックホールにもみられると仮定する」ことには何の不思議もありません。

【▲ 図2: ブラックホールと、ブラックホールではない普通の物質では、理論的に対応する共通点が存在します。遠回りなルートですが、ブラックホールのホーキング放射が普通の物質でも見られるのであれば、普通の物質で見られる量子渦がブラックホールで見られても不思議はありません。(Credit: 彩恵りり)】

ミュンヘン大学のGia Dvali氏ら3氏の研究チームは、まさにこのような発想で、ブラックホールの新しい性質、つまり「量子渦を持つブラックホール」の存在を理論的に予測しました。もちろん、予測に至る過程はそこまで単純ではなく、実際にはサチュロンの性質に関する方程式を解いた結果です。

しかしながら、サチュロンの回転速度と量子渦の数に関する方程式は、ブラックホールの角運動量と熱放射に関する方程式と極めて似ており、両者が関連している可能性はかなり高いと言えます。ブラックホールは、質量、電荷、角運動量に加えて、4つ目の性質である「渦度 (Vorticity)」を持つかもしれません。これは正しい意味で “教科書を書き換える” 可能性のある発見です。

【▲ 図3: ブラックホールの量子渦は磁力線を捕らえると考えられていて、ブラックホールの強磁場を維持する担い手である可能性があります。量子渦には(正の)渦に対する反渦も存在するため、ブラックホール全体の渦度はプラスマイナスゼロとなります。 (Image Credit: Dvali, et.al.) 】

ところで、ブラックホールの渦度は全体としてはゼロであると予測されます。ブラックホールに現れる量子渦は、 (正の) 渦に対する反渦とも言える正反対の性質を持つ量子渦が現れるため、打ち消しあってプラスマイナスゼロとなってしまうからです。ただし、「全体としてゼロである」ことと「存在しない」ことは全く違います。では、仮にブラックホールが渦度を持つとして、何か変わることがあるのでしょうか。

ブラックホールの個々の量子渦は、周りに電荷が存在する場合に磁力線を捕らえると考えられます。そしてブラックホールが保持できる量子渦の数は、ブラックホールの角運動量が大きいほど多くなり、捕らえられる磁力線の数もそれだけ増えていきます。つまり、回転速度が速いブラックホールは、回転速度が遅いブラックホールと比べて、周りを取り巻く磁場の強さが強くなることになります。量子渦に捕らえられる磁場の源は、ブラックホールの周りに存在する暗黒物質 (ダークマター) が極めて弱い電荷を持っているとすれば説明できます。渦度を持つブラックホールは、微弱な電荷を持つ暗黒物質の存在をも間接的に浮き彫りにするのです。

【▲ 図4: ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した楕円銀河「M87(Messier 87)」。M87は活動銀河のひとつとして知られており、中心からジェットが放出されている(Credit: NASA, ESA, and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA); Acknowledgment: P. Cote (Herzberg Institute of Astrophysics) and E. Baltz (Stanford University))】

渦度を持つブラックホールは、「活動銀河」と呼ばれる銀河の性質の謎を解明する可能性もあります。活動銀河の中心からは、非常に激しくエネルギーが放射されていることが知られています。その源となる “エンジン” は巨大なブラックホールしか考えられない、というのは共通見解ですが、それでも説明しきれない部分がありました。純粋なエネルギー量やその変化の激しさは、ブラックホールの周りに強大な磁場がなければ説明がつきませんが、ブラックホールを取り巻く降着円盤の磁場が理論的に可能な数値よりもはるかに強大なため、これまで説明不可能な状態でした。

しかしながら、ブラックホールが渦度を持つのであれば状況が異なります。量子渦が磁力線を捕らえることで、ブラックホール自身も間接的に磁場を持てることになるからです。つまり、渦度を持つブラックホールは、活動銀河の強大な磁場を説明することができるのです。また、活動銀河ほど強くはなくとも、多くの銀河の中心部に見られる活動に、ブラックホールの渦度が間接的に関与している可能性もあります。

また、渦度を持つブラックホールは、別の興味深い性質を示すかもしれません。ブラックホールの回転速度は理論上の上限値が決まっているので、同時に渦度にも上限が定められます。最大の渦度を持つブラックホールは、理論的には渦度を変化させる熱放射ができないため、ホーキング放射によるブラックホールの蒸発が禁止されてしまうのです。ただし、それほど高速で回転するブラックホールが存在できるかという問題や、物質を吸収することによって回転速度が減少すれば渦度の最大値を下回ることが可能なため、現実のブラックホールが蒸発せず永久に残るとは考えにくい問題です。

さらに、渦度は重力波によるコンパクト天体の観測にも影響を与えそうです。重力波望遠鏡の登場によって、現在ではいくつものコンパクト天体の合体にともなう重力波が観測されています。その多くはブラックホール同士の合体であると考えられていますが、少数の事例では太陽質量の数倍以下という小さな天体が関与しており、重力波と同時にX線放射が観測されている例も存在します。これらの合体は、その推定質量や電磁波放出を伴うことから、片方ないし両方が中性子星であると考えられてきました。

しかしながら、重力波から得られる情報は極めて限られているため、合体した天体の正体が本当に中性子星だと決定することはできません。ブラックホールが渦度を持つのであれば、合体で電磁波を放射することも可能であるため、質量の情報のみで中性子星だと仮定していた場合と比べて、正体に関する考察の幅が広がることになるでしょう。

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文/彩恵りり

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