安倍晋三氏を悼むアメリカ その1

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・安倍元総理の死の後、バイデン米大統領は安倍氏の業績を礼賛し、弔意を表明した。

・そうした安倍元総理の死を悼む米国の反応は日本とは対照的である。

・日本では安倍氏の政治遺産の評価やこの冷酷な殺人の理不尽さの糾弾よりも、旧統一教会の疑惑の動きに焦点が移っている。

安倍晋三氏の死をアメリカの首都ワシントンで改めて想うと、日本での反応の奇異を実感する。そしてアメリカ側の官民がなお安倍氏の政治的な業績を正面から総括し、その喪失を深く悼むという態度に安倍氏の国際的評価の高さを改めて痛感する。

安倍氏の悲劇へのアメリカの官民の反応はすでに広く知られてきた。

ワシントンでは現地時間の7月8日未明に安倍氏の死亡が確認されると、その朝すぐにホワイトハウスはその死を悼む声明を発表した。そして連邦政府機関や在外公館では弔意を表する半旗を3日間、掲げる指令を発した。自国の指導者の逝去の扱いと変わらないほどの丁重な対応だった。

続いてバイデン大統領が特別に記者会見を開き、「安倍氏は日米同盟を深化させ、自由で開かれたインド太平洋という日米共同の構想を促進した」とその業績を礼賛し、弔意を表明した。ほぼ同時にトランプ、オバマ、二代目ブッシュという歴代の大統領がそれぞれに安倍氏の死をアメリカや世界にとっての損失と位置づける追悼の意を表した。

アメリカ議会でも上院本会議に安倍氏の追悼の決議案が出され、全会一致で採択された。発案者の1人はかつて駐日大使を務めたビル・ハガティ上院議員だった。決議は安倍氏の民主主義の拡散と強化による世界への貢献、さらには北朝鮮による日本人拉致事件の解決への努力までを讃えていた。

私自身もアメリカの知人や友人から多数の追悼が寄せられたのに驚いた。長年、交信のない知人たちからも「安倍元首相の死を心から悼む」という趣旨の弔文が届いたのだ。アメリカ側でのこうした反響は日本とはあまりに対照的だった。

日本では安倍氏の政治遺産の評価やこの冷酷な殺人の理不尽さの糾弾よりも、旧統一教会の疑惑の動きに焦点が移り、この疑惑が安倍氏の殺害をあたかも正当化するような示唆さえが目立つ。いかなる「動機」も残忍な殺戮を許せるはずがない。その意味では安倍氏の悲劇と旧統一教会とはなんの関係もないといえよう。

私は安倍氏の殺害から2週間余の7月下旬に東京からワシントンに戻った。ワシントンは私の長年の報道活動の拠点である。そしてまた2週間ほど、日米両国での反響の相違を痛感しながら悲劇からのちょうど1ヵ月、改めて米側の日本や日米関係をよく知る識者たちに感想を尋ねてみた。

「ここ10年ほど全世界でも最も傑出した政治リーダーは安倍氏だったといえる。遠大なビジョンを持った政治家というだけでなく熟練した外交活動家として日本の外交と資源を『自由で開かれたインド太平洋』構想と日米同盟の強化の実現へと投入し、成功した」

これほどの手放しともいえる賞賛の言葉はハドソン研究所日本部の上級研究員ジム・プリシュタップ氏の安倍評だった。同氏は東アジア、とくに日本の専門学者として国務省や国防総省の政策企画部門に勤務したほか、国防大学の教授を経て、ヘリテージ財団、ハドソン研究所など民間シンクタンクでの在勤も長い。日本では慶應大学で客員教授として教えたこともある。

プリシュタップ氏が安倍氏を国際的な背景で高く位置づけたが、確かにここ10年ほど世界の主要各国の指導者でも、世界的なリーダーシップとか国際的な構想という点でのこれぞ、という単一の人物の名はなかなか浮かんでこない。

それ以前の時代ならば、たとえば東西冷戦でソ連を崩壊に追いこんだアメリカのレーガン大統領、そのソ連の共産党体制を根本から変えようとしたゴルバチョフ書記長というような傑出した指導者の実績がすぐに連想される。だが近年はそうした例外的な指導者が不在のなかでは安倍氏の実績が光るということなのだろう。こうした考察は日本の中ではまず出にくい視点だといえよう。

(その2につづく)

◎この記事は雑誌WILLの2022年10月号掲載の古森義久氏の論文「ワシントン報告 安倍元総理の死―悲嘆にくれるアメリカ」の転載です。

トップ写真:国連総会開会中に米国副大統領ジョー ・ バイデン氏と会う安倍晋三首相(当時)2014年9月26日 アメリカ・ニューヨーク市

出典:Photo by Spencer Platt/Getty Images

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