呆れたNHKのやらせ 根絶策は?

安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・BPOはBS1スペシャル『河瀨直美が見つめた東京五輪』に重大な放送倫理違反があった」との意見書を公開。

・NHKがドキュメンタリーなどを数多く制作していることと、番組制作に関わる人間のジャーナリズムに対する理解の欠如がやらせの原因。

・NHK、民放、制作会社が共にジャーナリズムを学ぶ場があってよいのではないか。

BPO=放送倫理・番組向上機構放送倫理検証委員会 は9月9日、「NHK BS1 東京五輪に関するドキュメンタリー番組への意見」を公開した。意見書は、同番組に「重大な放送倫理違反があった」とした。

この番組は、NHKが2021年12月26日に放送した、BS1スペシャル河瀨直美が見つめた東京五輪』だ。河瀬直美氏とは、東京五輪公式映画監督だ。

同番組HPは、「開催を巡り賛否の声がぶつかりあった五輪が私たちの社会に残したものとはなにか。その問いへの答えを探そうと、河瀨さんは膨大な映像素材と向き合っている。長期にわたる密着取材に加え、記録映画の素材も用いながら河瀨さんの知的格闘を描く」と記している。

同番組は、河瀨直美氏と映画製作チームに密着取材したものだが、問題となったのは、公式映画の撮影を担う映画ディレクターが、ある男性を取材するシーンだ。

字幕には、「五輪反対デモに参加しているという男性」、「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」となっていた。男性は公園のベンチに座り、手に缶ビールを持ちながら、「デモは全部上の人がやるから (主催者が)書いたやつを言ったあとに言うだけ」などと発言した。この男性は東京の山谷地区で働く日雇い労働者だった。

しかし、この男性は過去、幾つかのデモに参加したことはあったが、五輪反対デモには参加していなかった。このシーンを見れば、視聴者は五輪反対デモの参加者が金で動員されているとの印象を受けるのは自明だ。放送倫理違反などというと綺麗に聞こえるが、ようするに悪質な「やらせ・ねつ造」である。

NHKは、同番組後編の字幕の一部に不確かな内容があったとして、2022年1月9日、番組と局のホームページで公表し謝罪している。不確かというより、「虚偽」であろう。

なぜこんなことが起きるのか。NHKは過去にもやらせを行っている。BPO放送倫理検証委員会は2015年11月、「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」(委員会決定第23号)を公表している。

その反省は生きていなかった。BPOの報告書には、上記のBS1の番組でなぜ事実と異なった放送がなされたのか、詳しい経緯が書かれている。その上でBPOは問題が見すごされた要因として、「デモや広い意味での社会運動に対する関心の薄さ」と「ディレクターへの信頼」の2つを挙げた。

しかし、過去のさまざまなテレビのやらせ・ねつ造の例を見ると、実際に番組を制作した記者・ディレクターが意図的に事実をねじ曲げたり、虚偽の内容を仕込んだ場合、それを見つけるのはかなり困難なことがわかる。いや、ほぼ不可能に近い。

ドキュメンタリーなどの番組を制作する過程では、プロデューサーや担当部長など管理職のチェックを必ず受ける。今回のBS1の番組も、数回の試写が行われている。当該場面については何度か事実関係に関して質問が出ていたが、担当ディレクターの回答の真偽を確かめる事はしなかった。それがBPOの言う「ディレクターへの信頼」という言葉につながるのだが、取材をした人間が「事実だ」と言うものを疑ってウラを取ることまでしないのが普通だろう。全ての番組においてそれをやっていたら膨大な時間とコストがかかり、到底現実的ではないからだ。

ではどうするか。NHKは今回の問題を受け、対策として以下の3つを挙げている。

①ルールの徹底とチェック体制の強化

②BS1スペシャルのチェック強化

③全国での勉強会の実施と研修・人材育成の強化

こうした対策が無意味とは言わないが、やらせ・ねつ造がくりかえされる以下の2つの根源的な原因を考える時、あまり意味をなさないと筆者は考える。

1つは、NHKがドキュメンタリーや企画番組を数多く制作していることだ。ドキュメンタリーや長編の企画モノの取材は長期間にわたり、膨大な素材(撮影した動画)の編集に追われるのが常だ。しかし、NHKはチャンネル数が多いが故に、多くのこうした番組を抱える。潤沢な予算と多くの局員を抱えるNHKだから出来ることではあるが、それにしてもこれだけの数の番組を毎日放送するのはかなり大変な事だと思う。

現場のプレッシャーはかなりのものだろうと推察できる。各番組には放送日という締め切りがありそれに間に合わせなければいけない。制作者は自分の頭の中にあるストーリーに合わせた映像が撮れなければ番組が完成しないと焦り、やらせ・ねつ造に手を染めてしまうケースが後を絶たない。

対策は番組数を減らすか放送間隔を空ける、もしくは人員を増やして1人に過剰な負荷をかけない制作体制にするしかない。NHKは多くの職員を抱える。特に後者は可能なのではないか。

2つ目が、テレビ番組の制作に関わる人間のジャーナリズムに対する理解の欠如だ。BS1の担当ディレクターはスポーツ畑、この道20年のベテランだったという。ジャーナリストとして訓練された人間だったら、同シーンを番組に挿入すれば「オリンピック反対デモはカネで動員されたもの」という印象を視聴者に与えることになるから、ことさら慎重に取材を重ね、ウラを取るだろう。

もしこのディレクターが意図的にこのシーンを挿入したのではなく、なんとなく挿入したのだとしたら、ジャーナリスティックなセンスはゼロということになる。

テレビ局には報道局とそれ以外の番組を作っている局がある。報道局の記者達はデイリーのニュースに追われ、番組をじっくり作る時間はない。ドキュメンタリーやエンタメ系の番組は、民放もNHKも報道局以外の局のディテクターが作っていることが多い。また民放は外部制作会社を使っていることが多い。彼らの中には、ジャーナリズムがなんたるか、知らない者も少なくないと思われる。

日本民間放送連盟はかつて年に1回、全国民放の記者、ディレクター、カメラマン、アナウンサーら100名以上を集め、研修をやっていた。様々な分科会に分かれ、他の局の人間と議論することで、テレビジャーナリズムのあり方を見つめ直す機会としていた。これは非常に良い試みだと思う。

私はNHKも民放と一緒にこうした研修をやったらいいのではないかと以前から思っている。お互いライバル同士ではあるが、テレビジャーナリズムが危機に瀕している今、同じテレビの人間同士、議論を戦わす意味はあると思う。

さらにこうした研修に、制作会社のディレクターも招聘すべきだ。彼らは質の高いドキュメンタリーやさまざまな番組をつくっている。テレビ局員と共にジャーナリズムを学ぶ機会があってしかるべきだろう。

繰り返すが、第1次番組制作者が虚偽の情報を流す意図を持っている場合、それを防ぐのは極めて困難だ。結局、記者であれ、ディレクターであれ、カメラマンであれ、アナウンサーであれ、テレビ局員であれ、制作会社の社員であれ、およそテレビに関わる人間がすべて、「事実を正確に伝える」というジャーナリズムの原点に立ち返らなければ、やらせ・ねつ造は根絶できない。これまでとは違ったアプローチが必要なのではないだろうか。

トップ写真:NHK本社 出典:PhotoAC Ⓒ fuku41

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