中森明菜「ファンタジー〈幻想曲〉」痛みを引き受け、分かち合い、癒してくれる歌  隠れた名曲「目をとじて小旅行」。アルバムの聴きどころは「セカンド・ラブ」だけじゃない!

デビュー40周年、そして朗報! 中森明菜が示した意思「またステージで歌いたい」

まずは、1983年の「オリコン・アルバム年間売上げチャートTOP10」をご覧いただこう。

1位:フラッシュダンス(映画サントラ盤)
2位:愛の瞬間(フリオ・イグレシアス)
3位:ユートピア(松田聖子)
4位:ファンタジー〈幻想曲〉(中森明菜)
5位:綺麗(サザンオールスターズ)
6位:スリラー(マイケル・ジャクソン)
7位:Melodies(山下達郎)
8位:バリエーション〈変奏曲〉(中森明菜)
9位:リ・インカネーション(松任谷由実)
10位:NEW AKINA エトランゼ(中森明菜)

松田聖子に頭を抑えられてはいるが、中森明菜のアルバムがなんと3枚もランクイン! 日本人が大好きなフリオとマイケルに、サザン、達郎、ユーミンが顔を覗かせる中でこのセールスを記録したのは、特筆すべき快挙だ。

アルバムがこれだけ売れたのは、明菜が「シングルだけでは満足できない。もっと聴きたい!」とファンに渇望させる歌手だったことの証しでもある。デビュー2年目にして、早くもその域に達していることにまず震える。

「花の1982年デビュー組」である明菜は、今年がデビュー40周年にあたる。明菜は先日、「体調が万全の状態に戻ったら」という但し書き付きで、活動復帰に向けて少しずつ動き出すと宣言した。節目の年に、明菜が「またステージで歌いたい」という意思を示しただけでも、活動再開を心待ちにしているファンにとってはこの上ない朗報だった。

また、ワーナーミュージックジャパンは、40周年を記念して、明菜がワーナー時代に発表した「全アルバム復刻」を行っている。今回は、1983年に最高の売上げを記録した4枚目のアルバム『ファンタジー〈幻想曲〉』(1983年3月23日発売)について触れてみたい。

アルバム「ファンタジー〈幻想曲〉」中森明菜の歌唱力を信頼した座組

明菜のアルバムタイトルは、ファーストが『プロローグ〈序幕〉』、セカンドが『バリエーション〈変奏曲〉』、サードが『ファンタジー〈幻想曲〉』と3部作風になっている。デビュー時から「この子はタダ者ではない」と明菜の歌唱力を高く買っていた制作スタッフの心意気が窺える。

その可能性を存分に引き出すため、スタッフは様々な作詞家・作曲家に曲を発注した。たとえば、デビュー曲「スローモーション」を来生えつこ・たかお姉弟に委ねながら、第2弾は、売野雅勇・芹澤廣明コンビによる「少女A」をリリース。シングルでは、聴かせるバラード路線と、いわゆる “ツッパリ路線” を交互にリリースして、歌手としての幅を広げようとした戦略は(明菜本人の思いはともかく)見事に当たった。

これは余談だが、以前シングル第3弾「セカンド・ラブ」について来生えつこ氏に取材した際、こんな秘話を語ってくれた――

この曲は「スローモーション」に次ぐセカンドシングルになると思っていました。だからタイトルを「セカンド・ラブ」にしたんです

――「セカンド・ラブ」が第3弾になると事前に知っていたら「このタイトルにはしなかったですね」と言い切ったえつこ氏。もしかすると「♪恋も二度目なら……」という詞のコンセプト自体も変わっていたかもしれない。

ワーナーの明菜担当スタッフは、アルバム制作にあたって、作曲に歌謡曲系の作曲家はあまり起用せず、アーティスト系の作家を積極的に起用。音楽志向の強いワーナーらしい戦略だし、明菜の歌唱力を信頼し、「ベタなアイドル路線では行かないよ」という意図がはっきり見てとれる。「彼女は、どこまで我々の高い要求に応えてくれるんだろう」という純粋な興味もあったのではないか。

オープニング「明菜から……。」の語りがいちばんファンタジック

さて、この『ファンタジー』は全10曲収録。オープニングを飾るA面1曲目の「明菜から……。」は、萩田光雄作曲のインスト曲に乗せて、明菜が聴き手へYes / Noの質問を語りかけていく不思議な作品だ。

「お元気ですか? 風邪なんかひいてませんか? 遊んでますか? 勉強してますか? いっぱいお仕事してますか?」という単純な質問から始まったかと思えば、やがて「夜は眠れますか? 目覚めはいいですか?」「何か悩んでますか? 悲しいですか?」と質問は精神科医のカウンセリングみたいな方向に進んでいく。最後はなんと「いま苦しんでますか? いま楽しいですか?」だ。

少なくとも、アイドルがアルバムの冒頭で「いま苦しんでますか?」とファンに訊くなんて前代未聞。だが明菜が語ると、あまり違和感を覚えないのはなぜだろう(当時もスッと聴けた)。

このアルバム、『ファンタジー』と謳いながら、あまり幻想的な曲は収録されていないのだが、ある意味、この語りがいちばんファンタジックだ。

残る9曲の作詞・作曲は、これもスタッフが意図的にそうしたのだろう、1曲も同じコンビがない。作曲家は9曲すべて異なり、作詞家も、2作提供したのは来生えつこと伊達歩(=伊集院静)だけで、あとは見事にバラバラだ。

A面2曲目の「瑠璃色の夜へ」は、作詞が来生えつこだが、作曲は来生たかおではなく、佐瀬寿一(「およげ! たいやきくん」の作曲者)を起用。A面5曲目「傷だらけのラブ」は、作詞が伊達歩、作曲が芳野藤丸だ。ついでに芳野はギタリストとしても本アルバムに参加している。

隠れた名曲「目をとじて小旅行」

明菜は本アルバムで様々な主人公を演じ、1曲1曲、違った表情を見せてくれている。中でも隠れた名曲と呼ばれているのが、B面1曲目の「目をとじて小旅行(イクスカーション)」だ。作詞は明菜と同じ『スター誕生!!』出身者で、後にものまねタレントとしても活躍した篠塚満由美。作曲は、サーカスの元メンバーだった茂村泰彦だ。

 過ぎ去りし夢のあいだを 泳いでゆく私
 こんなにまだ 好きでごめんね
 目をとじて小旅行

目を閉じて、過去に見た夢の間を漂う主人公は、恋人に別の彼女ができ、捨てられてしまった女性だ。

 ふいにサヨナラが 素直に云えたのは
 強がりとか悲しさじゃなく
 恋してる顔のあなたが眩しくって
 見つめるのが つらかっただけ

その後、明菜が歩む人生を知っていて聴くと、いろいろシンクロして何とも言えない気持ちになる歌詞だ。「♪こんなにまだ 好きでごめんね」って、なんで別の女性に走った男に謝るんだ、明菜? 歌の中のことだとわかっていても、ついそう思ってしまう。

神様が “両取り” を許してくれないなら、私は歌を取る

失恋を “幻想” で紛らわす女性。その気持ちがなぜ、大失恋を実際に経験する前に歌えたのか? 明菜はかつて、こんなことを語っている。

「歌手・中森明菜は、神様から幸せになることを許されていないんです」

―― たとえ私生活は不幸になっても、自分には歌があり、その歌を待ち望むファンがいる。神様が“両取り”を許してくれないなら、私は歌を取る…… そんな覚悟を、明菜はいつから決めていたのかはわからない。わからないが、10代の頃から本能的にそのことを悟っていたんじゃないかなぁ…… と、この曲を聴くたびに思う。

その直後に流れるのが、B面2曲目「セカンド・ラブ」だ。「目をとじて小旅行」から、明菜最大のヒットとなった名曲への流れが、このアルバム最大の聴きどころである。

愛という「幻想」、その狭間をたゆたう女性の心はまさに「ファンタジー」だ。中森明菜の歌が今も常に求められているのは、彼女の歌が、心の痛みを引き受け、分かち合い、優しく癒してくれるからではないだろうか。

カタリベ: チャッピー加藤

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