大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」スタッフも納得の出来
初めて聴いたあの日から、ずっとその曲は心の中に息づいていた。理由なんて分からない。そしてある日突然、その曲の素晴らしさに気づかされるのだ。
それは自分が大人になったから? 成長して曲の世界に追いついたから?
―― 私にとってそんな1曲が大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」だ。
1984年にリリースされた名曲「そして僕は途方に暮れる」。当時はEPICソニー全盛期。鈴木雅之、佐野元春、渡辺美里、TM NETWORKなど煌びやかなアーティストと共に、大沢もEPICソニー所属アーティストの1人だった。
大沢はアイドルたちへの楽曲提供を経て、自身の音楽活動へと歩を進めた。80年代には、作詞家の銀色夏生やプロデューサーの木崎賢治氏らと共に、チームのように作品作りに取り組んでいたのも印象的で、その中から生まれたのが「そして僕は途方に暮れる」だった。このときのことを銀色夏生はこう振り返っている。
「このうたが出来た時、これ、なんかすごく好きだから、もういいね、と木崎さんたちと話したことを覚えています。なにがいいって、いい歌を作れたから売れなくてもいいね、みたいな心境です」
※銀色夏生 その瞳の奥にある自由(河出書房新社)より
制作に携わったスタッフたちが、いかにこの曲を愛し、その仕上がりに大きな満足感を得ていたか分かる。
淡々と描かれたセピア色の世界
淡々としたリズムとメロディー。最後まで派手な展開もなければ、ゴージャスなアレンジもない。当時流行りの転調を繰り返すドラマティックさや、華やかさもない。そうした煌びやかな曲とは一線を画し、真逆の “セピア色の世界” を描いたこの曲。一見、“地味な曲” ともいえる。当時、まだ中学生だった私は、歌詞の大人っぽさもうまく理解できなかった。それなのに… けっしてこの曲が頭から消えることはなかったのだ。
きっと頭では理解できなくても、心の中ではこの曲の素晴らしさを感じていたのだと思う。タイトルの妙、歌詞のインパクト、曲の美しさ、大沢のせつない歌声… そのすべてが、理屈を通り越していた。大沢のソウルフルな歌声とかすれた低音ボイスが、歌詞のせつなさをいっそう深くさせる。大沢の歌声は、別れを決めて出て行く女性と、静かに見送る男性の物語の語り部のようでもある。
カップヌードルのCM曲に起用されたことも意外だった。パンチのあるド派手な曲ではなく、あえてこの曲をチョイスしたセンスが素晴らしいなと思う。
小泉今日子「永遠の友達」は “恋の黄昏”の名がふさわしい名曲
ここで改めて、大沢誉志幸が楽曲提供した曲を振り返ってみたい。
中森明菜 / 1/2の神話
吉川晃司 / ラ・ヴィアンローズ
鈴木雅之 / ガラス越しに消えた夏
UP-BEAT / Kiss...いきなり天国
…… えっ、この曲もそうなの!? と名曲の数々に驚かされる。
その中に、1993年に小泉今日子に提供した「永遠の友達」という曲がある。キョンキョンの代表曲「優しい雨」のカップリング曲でもある。「優しい雨」の人気に隠れてしまったイメージもあるが、この曲がまたとてつもなく素晴らしい。とても静かで抑揚のない、まるで深い海の底を泳いでいるような独特な世界。ささやくようなウィスパーボイスで歌い上げるキョンキョンもまたイイ。
この曲を聴くたびに「そして僕は途方に暮れる」の世界に通じるものを感じる。「そして僕は途方に暮れる」が男性目線の曲ならば、「永遠の友達」は女性目線。どちらも別れを歌ったラブソングだ。「そして僕は途方に暮れる」の続編… とは言わないまでも、キョンキョンが作詞をする際に、「そして僕は途方に暮れる」を意識した… ということはなかっただろうか。「そして僕は途方に暮れる」で、
君の選んだことだから
きっと 大丈夫さ
… と彼女を見送った男性。一方「永遠の友達」で、
さようならと 抱き合ったとき
ふたりの真ん中に
温かくて 信じられる
愛が生まれた
… と歌う女性。どちらの曲も、曲の展開が同じようにシンプルで、歌詞も同じ物語を辿っているようで、まるで返歌のように聞こえてくる… というのは、深読みが過ぎるだろうか。
抑揚の少ない淡々とした曲を、聴き手に飽きさせることなく最後まで聴かせる「そして僕は途方に暮れる」の凄さ。飽きさせるどころか、最後の最後までその世界に聴き手を惹きつけて離さないところ… 大人になって聴くたびに、この曲が持つ力に感動を覚える。胸をギュッとせつなくさせて、聴いた後になんとも言えない大きな余韻を残す…。
“恋の黄昏” という言葉がぴったりな名曲といえる。
カタリベ: 村上あやの
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