カネミ油症と古木武次さん

 五島市の奈留島などで取材をするたびに、その人はある思いを口にしていた。「同じ毒の油ば家族で食べて認定、未認定に分けるのはおかしかでしょう」▲島で6人暮らしだった1968年、38歳の頃、「安くて良い油」と聞く一斗缶の米ぬか油を買い、てんぷらなどで家族全員が食べた。原因不明の症状に襲われたが、カネミ油症の細かい情報は長い間、集落に届かなかった。検診を受けるようになっても認定は却下され続け、未認定のまま医療費などが生活を圧迫した▲2004年、やっと診断基準が変更され、家族のうち3人が認定されたが、認定されていない子どももいた。油症の原因企業に損害賠償を求め08年に集団提訴したとき、既に78歳。きつい体を押して先頭に立った▲カネミ油症新認定訴訟の原告団長を務めた古木武次さんが先月、92歳で亡くなった。「許せんですよ」と憤りをあらわにしたり、取材を受けると必ず記者に丁寧にお礼を言ったりしていた姿が思い出される▲訴訟は15年に原告側の敗訴が確定。落胆していた。しかし訴訟過程で被害実態が広く発信されたこともあって12年には被害者救済法が成立しており、家族単位で認定する改善策も加えられた▲古木さん、あなたは救済の重い扉をこじ開けた立役者です。そう直接伝えたかった。(貴)

© 株式会社長崎新聞社