1億5000万円と不動産を息子2人に相続させたい56歳会社役員、ベストな方法は?

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。
今回の相談者は、56歳の会社役員の男性。2人の息子に約1億5,000万円の資産と不動産を相続させたいと考えています。相続税を無駄にしないベストな方法はあるのでしょうか。公認会計士・税理士の伊藤英佑氏がお答えします。


56歳で、会社役員をしています。息子2人に資産を相続させる方法について、良い方法を教えてください。

資産(見込み)は以下の通りです。

70歳引退までの14年間×500万=7,000万円の貯蓄と投資を行い、退職金5,000万、年金保険1,700万、現金預貯金1,800万、合計1億5,500万、プラス自宅戸建RC造(土地評価5,000万)。

方法として、自分としては以下の3パターンを考えていますが、プロの目から見たご意見をお願いします。

(1)少しでも早く(今年から)暦年贈与を開始する。

(2)月の貯蓄40万円を繰上返済へ回し、先に住宅ローンを返済してから、暦年贈与を開始する。

(3)暦年贈与はせず、退職金で不動産を購入し、不動産で相続させる。

もし、他にも方法があればご提案をお願いします。

【相談者プロフィール】

・男性、56歳、会社役員

・妻:50歳(パート。年収280万円)

・息子2人とも社会人(同居)

・住居の形態:持ち家(戸建て、東京都)

・毎月の世帯の手取り金額:108万円(本人90万5,000円、配偶者17万5,000円)

・年間の世帯の手取りボーナス額:本人無し、配偶者8万円

・毎月の世帯の支出の目安:66万円

【毎月の支出の内訳】

・住居費:ローン約定返済19万5,000円、繰上返済13万3,000円(返済額軽減型)

・食費:6万円

・水道光熱費:4万円

・保険料:医療&ガン65歳払込済2万円、配偶者死亡保障2万4,000円

・通信費:1万円

・車両費:保険税金車検積立2万4,000円、ガソリン5,000円

・お小遣い:6万円

・その他:日用品8,000円、美容院2万円、衣服家電旅冠婚葬祭6万円、固定資産税2万円

【毎月の支出の内訳】

・毎月の貯蓄額:40万円

・ボーナスからの年間貯蓄額:8万円

・現在の貯蓄総額:650万円

・現在の投資総額:1,200万円

・現在の負債総額:4,300万円(住宅ローン:物件購入額7,400万円、借入額7,400万円、変動金利0.497%、返済期間残り20年)

・老後資金 : 年金予定(22万/月)、役員退職金70歳おそらく5,000万円、年金保険69歳一括受取1,700万円。現金4割、投資信託&株6割(iDeCo、NISA運用中)

伊藤:ご相談ありがとうございます。ご質問者は、70歳のリタイアまでの残り14年間で堅実に貯蓄と投資を行い、築いた資産を息子2名に相続予定とのこと。金融資産の見込みが約1億5,500万円、不動産が自宅戸建RC造で土地評価額5,000万円(相続税評価額とします)、また仮の前提として、自宅の建物は相続税評価額が1,500万円、現在4,300万円の残債は70歳時点で1,300万円ーーこれらを相続する上で最適となるタックスプランニングについて考えてみます。

70歳時点での財産状況想定から相続税はいくらかかるか?

現時点よりも70歳時点で投資運用や退職金により財産が大きくなることが見込まれ、将来的な税負担をご懸念されているかと思いますので、具体的な金額を把握されるのが分かりやすいでしょう。そこで、前提条件での70歳時点での相続税額を大まかに試算してみます。

今回、上記の簡単な想定とシミュレーションでの計算の詳細は省略しますが、相続税額は、妻は配偶者控除によりゼロ円となり、息子は約469万円ずつの計937万円が相続税の納税見込額になります。

ご質問者のあとに配偶者が亡くなったときの二次相続までのシミュレーションは省略しますが、相続税見込額を十分に負担できる金融資産を持っていますので、納税負担はあるものの、滞りない納税は問題ないかと思います。

不動産や非上場株式が相続財産に占める割合が大きく、納税見込額より金融資産が少ないと、納税資金の工面が大変なことがありますが、ご質問者の場合はこの点はまったく問題がない状況と評価できます。

もちろん実際には70歳以降にリタイアされ収入が減るとすると、実際の相続時までに財産が減っていき財産構成も変わっていくと思いますが、財産全体の金融資産割合がかなり大きいため、現状で納税資金の準備に関して特段の懸念はないと言えるでしょう。

これを踏まえ、資産を息子2名へ相続していくに際しての、以下のご質問に沿って説明をしてまいります。

(1)少しでも早く(今年から)暦年贈与を開始する。
(2)月の貯蓄40万円を繰上返済へ回し、先に住宅ローンを返済してから、暦年贈与を開始する。
(3)暦年贈与はせず、退職金で不動産を購入し、不動産で相続させる。
(4)他にも方法があるか

暦年贈与は税制改正でルールが変わるかも?

暦年贈与は、相続税の税率よりも低い税率により親族へ毎年生前贈与をしていくことにより、相続税の軽減を低くしていく方法です。生前贈与についての詳細は以前別記事にて解説をしておりますのでここでは割愛します。(総資産2億超えの52歳会社員「娘に有利に生前贈与したい」)

ここで、近年における留意点ですが、2022年8月末現在「相続税と贈与税の一体化」の法改正に向けての議論が進んでいると報道されており、実際に2020年12月に出された税制改正大綱では、見直しに向けて検討を進めるという文言が加わっています。

これは暦年贈与による節税効果が贈与税率が高い富裕層の方がより効果的であることを勘案し、より公平な税制度にしようという背景とされています。そのため、今後の税制改正で暦年贈与の手法が否定される可能性があります。

困ったことに、「相続税と贈与税の一体化」の税制改正の具体的な内容や確定的な方向性ははっきりしていません。現行の相続税では相続前3年間の贈与は相続財産に組み込まれるルールになっていますが、この3年間の年数が拡充され延長される可能性がある、あるいは相続時精算課税制度の強化となるのではないかなどと識者間では予想されています。相続前の贈与の持ち戻し期間はドイツやフランスでは10年間や15年間であり、日本税理連合会などは5年間ないし7年間を提言しています。

現行制度での生前贈与は一つの選択肢

税制改正において、一般論としては過去の贈与にまで遡って適用となると大変な混乱が生じますから、適用年度が定められその年度以降の暦年贈与から相続贈与が一体となる可能性が高いとは思われますが、絶対的な見通しは分かりません。現時点では現行制度に基づき生前贈与をしていくのが1つの選択肢になるのかと思います。

また、暦年贈与とどちらかの選択になる、累計2,500万円まで贈与が非課税になる相続時精算課税制度の検討もありますが、一度適用すると暦年贈与に戻れず、上述の通り税制度の改正が予見されるため、これを進める強い理由がない場合は相続時精算課税制度の使用を急ぐ必要はないでしょう。

暦年贈与はいつから開始するべき?

暦年贈与についての留意点の話が長くなってしまいましたが、過去の贈与にまで遡っての税制改正はないという前提で話を進めます。

(1)少しでも早く(今年から)暦年贈与を開始する。
(2)月の貯蓄40万円を繰上返済へ回し、先に住宅ローンを返済してから、暦年贈与を開始する。

のどちらがいいでしょうか。

まず(1)は、生前贈与の別記事の解説などにある注意点に問題がなければ、相続税対策という観点では、今年から行わない理由はありません。

ローンを返済する(2)は、相続財産のプラスの財産とマイナスの財産が同時に減るため、相続財産合計には影響がありません。資産1億円、ローン2,000万円とするとき、相続財産は8,000万円で、ローンを返済し資産8,000万円になるのと同額だからです。そのため、ローンが残っていること自体が好ましくないというお考えでもなければ、手持ちのキャッシュ及びキャッシュフローの状況と余裕度でどうするか考えればよいでしょう。

金融資産の運用能力があり、住宅ローンの金利以上の期待利回りで資産運用できるのであれば、住宅ローンは金利も優遇されていますので、そのまま返済していくことが合理的な判断ではあります。金利が上昇することがあれば、その時に一括返済を検討すればよいでしょう。

不動産で相続させる方法の注意点は?

70歳時におそらく5,000万円の役員退職金を得る予定とのこと。この資金で不動産の将来的な購入を検討されているようで、「(3)暦年贈与はせず、退職金で不動産を購入し、不動産で相続させる」ことについてみていきましょう。

一般に賃貸不動産は購入額より相続税評価が下がり相続財産が相当程度軽減され、相続税減少の効果が期待できますので、有効な手段とは言えるでしょう。

賃料収入の安定性や物件の価値の保全(値下がりリスクがあっては相続税対策以上に損失を追います)、その物件の売買相場と相続税評価との乖離など様々な要素を考慮する必要があります。

近年では、不動産を用いた過度な節税に対して、相続税対策を主目的に借入により大幅に相続税を引き下げたとみなされた事案での否認事例もありますので、また70歳時における動向も踏まえてその時点で検討されるとよいでしょう。

ご質問が「暦年贈与はせず退職金で不動産を購入」とのことですが、現行制度においては暦年贈与は確実な効果がありますので優先で考え、暦年贈与はしないのではなく並行で検討するのがよいのかと思います。

なお、不動産は分割しづらく一般に共有にするのは方針の違いなどが生じた場合にトラブルになるためあまり良いとはされていませんので、遺言などで誰にどの物件を残すかなどは明確化しておいたり、息子のためにそれぞれ法人を用意して法人株式・持分を相続や生前贈与するという方法もありますので、様々な検討が必要です。

生命保険やその他の節税方法

生命保険は500万円×法定相続人の人数まで非課税になるため、一時払い終身保険などに加入することで最大1,500万円まで相続財産を減らすことができますので、余裕資金の範囲で最も優先順位が高い方法の1つです。

また、子どもの状況やメリットデメリットを踏まえ、教育資金の一括贈与、結婚・子育て資金の一括贈与、住宅取得資金贈与なども場合によっては検討されるとよいでしょう。

質問者の場合、相続税を支払う金融資産は十分にありますので、税金対策は考えながらも、長期的な財産の保全、誰に財産をどう残すかの検討を踏まえた遺言の作成要否、ご自身夫婦のリタイア後のライフプラン、資産運用方法などのバランスを合わせて検討するのがよいかと思います。

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