標茶町の塘路湖で行われている「べカンベ採集」【連載『中道智大のしべちゃ日和』(11)】

みなさんこんにちは。標茶(しべちゃ)町の中道智大(なかみち ともひろ)です。北海道2年目の秋を迎え、去年に撮影できなかった被写体を今年はどれだけ追えるかを楽しみにしています。僕の視点で標茶町の魅力を伝えていく「しべちゃ日和」。今回は前回の塘路(とうろ)湖の特集に続き、塘路湖で行われている「べカンベ採集」についてお話します。

塘路湖の「べカンベ」って一体?

みなさんは「べカンベ」というものをご存知でしょうか。べカンベは、塘路湖で繁殖している植物の名前で「菱(ひし)の実」とも言われます。この菱の実を塘路のアイヌの人々は保存食にしていましたが、今はべカンベを採る人が年々減少し、数えられる人数しかいなくなってしまいました。今回はそんな数少ないべカンベを採集している土佐さんに同行させていただきました。

早朝に採集を開始するのには理由があって、湖が凪(風のない状態)でいることが多いからだそう。確かにこの日の塘路湖も、霧は出ていましたが湖は凪の状態で、とても穏やかでした。

べカンベの歴史

塘路湖にべカンベが生えた謂れには諸説あります。「その昔行き場を失ったべカンベが塘路湖の神様にお願いして住まわせてもらう代わりに、塘路に住むアイヌのために食糧となった」という話や「熊の背中についてその熊が塘路湖を泳いだ時に塘路湖が気に入り、住むようになった」といった話などが伝えられています。このべカンベは、塘路のアイヌの方々にとって非常に大きな役割を持っているのです。

古典的な方法で採るべカンベ

さて、いよいよスタートしたべカンベ採集。どんな方法で採集をするのだろうと思って見ていると、その方法は至って古典的。船で行って手で採る。そして採った実をカゴに入れていく。本当にこれだけでした。

実に古典的で単純な方法ですが、僕はとても感動しました。聞いてみると、過去には「網で採ったりもっと効率的に行う方法もあるのでは?」という提案があったそうです。しかし、べカンベを根こそぎ取ってしまったりしないよう環境への負荷を考え、手で採るというこの方法が取られているそうです。

これだけテクノロジーが進んだ昨今において、カヌーという実に環境に対してローインパクトなアプローチ方法と、手で採集をするというこれも非常にローインパクトな方法であることに、僕はただただ感動しました。必要な分を必要なだけ、できる限り環境やその周りに負荷をかけないように行われるこの営みは、現代のSDGsに通じる精神だと思います。

古典的が故に技術も必要

撮影していると僕もやってみたくなり、べカンベ採集に挑戦してみました。元々水中に逆さの状態で生えているべカンベは、手で葉ごとひっくり返して実を採らなければいけません。しかし、採集できるくらいになった実は外れやすく、葉を裏返すとすぐにポロッと落ちて湖に沈んでしまうのです。これが非常に難しい…。そしてべカンベの実はトゲトゲしいため、がっつり掴んでしまうと痛い。簡単そうに見えて技術と根気のいる作業です。

早朝にみる塘路の美しさ

べカンベ採集に気を取られていましたが、早朝の朝日が立ち込める塘路湖はなんとも幻想的な風景が広がっていました。釧路に近く、気候的にも霧が発生しやすい為、この時期は朝よく霧が立ち込めています。

食用としてのべカンベ

冒頭に述べた通り、べカンベは食用として採集されていました。今回採集したべカンベを特別にいただくことができました。まずは茹でて直接殻を剥ぎ、実を食べます。

このべカンベが本当に絶品!食感や味は栗に近く、ほんのりと甘い香りが口に広がり、とても上品な味です。実も柔らかいものから歯ごたえがあるものまで様々で、子供たちのおやつや大人の枝豆感覚でどんどん食べられます。

そして何といっても最高に美味しかったのがべカンベのおしるこ!こちらも土佐さんに作っていただいたのですが、べカンベの自然の甘さがぎゅっと濃縮されていてとっても美味しかったです。(個人的には普通のおしるこよりも好きでした。)お孫さんたちにも大好評だそうで、何度でも食べたくなる、とっても美味しいべカンベのおしるこです。

存続するか否かの狭間にあるべカンべ採集

今回、僕が土佐さんにべカンベ採集の撮影を依頼したのは完全に個人的な理由からでした。塘路に住むアイヌの方々から脈々と続いてきたべカンベ採集が今、存続するか否かの狭間にある。きっと100年か200年先にはもしかしたらこの光景が過去のものになってしまうかもしれない。そう思って2022年の今の塘路を記録したいと思ったことがきっかけでした。

きっと今僕は、100年前と同じ光景を見ているのかもしれないとふと思いました。時代は変わっても採集法や技術が変わるわけでもなく、脈々と続いてきた塘路湖のべカンベ採集の歴史です。

「今」を生きている土佐さんを、そうした歴史的な観点から撮影するのは大変失礼なことなのかもしれないと思いました。そして記事にすることにもとても戸惑いがありました。しかし、土佐さんから今回の記事化を快諾していただき、僕の気持ちは固まりました。僕が目にした光景は、今行われていることであり、土佐さんの毎年のライフワークです。決して過去のものではなく、歴史がありながら「今」行われていることです。その文化と触れ合えたこと、写真に撮れたこと、べカンベを食べられたこと、全てが僕にとって貴重な経験となりました。

撮影の合間もとても気さくにお話をしてくださり、撮影もスムーズに進むことができました。べカンベまでご馳走になってしまい、本当に土佐家のみなさまにはお世話になりっぱなしです。本当にありがとうございました。

終わりに

いかがでしたでしょうか。標茶町には、まだまだこのような歴史ある文化や物語がたくさんあります。僕にとって、それらをしっかりと記録していくことは自分の責務だとも感じています。移住者の僕ですが、移住者だからこそ、その土地に興味を持ち、いい意味での外からの視点で外部に発信できるのではないかと考えています。今後もこういった取材は続けていこうと思っています。

来月には塘路湖も紅葉に染まります。歴史ある塘路湖にぜひ皆様一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

今回ご紹介させて頂いた土佐さんは普段はアウトドアカヌー事業もされております。べカンベのお話はもちろんのこと、塘路の様々な動植物についても詳しく解説してもらいながら釧路湿原源流を下っていける貴重なツアーも行っておりますので、ぜひ行ってみてくださいね。

■ レイクサイドとうろ

■所在地:川上郡標茶町塘路原野北8線73番地
■営業時間:9:00~17:00(冬季は9:00~16:00)
■電話:015-487-2172
「レイクサイドとうろ」の詳細をDomingoで見る

筆者プロフィール

標茶町地域おこし協力隊・写真家・映像クリエイター 中道 智大

1988年千葉県野田市出身。小さい頃から動物や自然が大好きで20代の頃はドッグトレーナーとして様々な犬の訓練に携わる。5年前から自然と動物達の写真と映像制作を始める。現在、北海道標茶町の狼20頭が飼育されていた森で犬4頭と自然暮らしをしている。『人と動物の関係性』をテーマに各SNSにて作品を発表中。

これまでの「中道智大のしべちゃ日和」

第1回:自然の宝庫、標茶町で写真と映像を作る
第2回:「暮らすことキナ」中本啓子さんが教えてくれること
第3回:北海道へ移住して約半年。自然と共に暮らすこと
第4回:Youtubeで町おこし!標茶町が目指す本当の地域おこしとは
第5回:標茶町にある純喫茶ぽけっとさん。SL限定のメニューをご紹介
第6回:北海道の馬「北海道和種馬」を守る。標茶町での小濵真人さんの挑戦
第7回:「標茶の美しさを写真で伝えたい」宮澤香織さん
第8回:いよいよ春到来!美しい新緑と夕日、そして子育てをはじめる動物たち
第9回:標茶町のシンボル「西別岳」その魅力とは
第10回:釧路湿原最大の湖「塘路湖」の魅力と楽しみ方をご案内!

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