Vol.03 欧州EBUとDVBが目指す放送のOBM化とメタベースへの挑戦[IBC2022]

次世代の放送に向けたアプローチには、アメリカのATSC3.0とDVBのDVB-Iがそれぞれ進行中だ。日本においてはこれらをベンチマークしながら次世代の放送の検討を進めることになる。IBC2022ではEBUとDVBがオブジェクトベースの放送OBMとメタバースへの取り組みをアピールしていた。

ATSC3.0とDVB-I、日本がベンチマークすべきなのかはどちらか

ATSC3.0はIP専用を謳っているが、基本的には放送ネットワークに依存したシステムである。確かにATSC3.0はIPを伝送するのだが、IPはインターネットではない。DVBのソリューションはDVB-Iとストリーミング技術を中心として、IPではなくインターネットファーストを目指している。これはIPファーストのアプローチとは似て非なるものとまでは言わないまでも微妙に異なるもので、重要な相違点である。DVBは放送とオンラインにアクセスできる視聴者に対して、テレビ(もちろんスマホも)でシームレスなユーザーエクスペリエンスを提供する。

欧州を中心とした放送の国際標準規格であるDVBは、ブース展示やセッションにおいて、OBM(Object-Based Media)を広く提唱している。これはBBCのラボで研究されてきたオブジェクトベースのメディアで、コンテンツを単一のアセット、完パケとして配信するのではなく、個々のオブジェクトアセットとして提供するものである。OBMを用いて放送を行う場合はOBB(Object-Based Broacast)という。

BBCでは、2007年のiPlayerサービス開始以降、視聴者が現在どのようにリニアな映像コンテンツを消費しているのか、オンデマンドコンテンツとどのように接しているかを継続して調査してきた。従来のようなリニアな放送の受動的なコンテンツ消費から、お気に入りのコンテンツを能動的かつ積極的に探す消費スタイルへの変化の過程をずっと観察してきたのだ。

OBMがもたらす新たなチャンス

OBMによる映像制作では、制作チーム間、視聴者と制作チーム間で制作や視聴プロセスを共有することができる。OBMでは視聴者のコンテンツの接触状況を時間的制約なしに個別に特定できるからだ。

OBMコンテンツは、検索エンジンによってインデックス化することも可能である。これによって番組から個々のオブジェクトを自動または手動で抽出して再生することができる。インデックス化によって番組のパーソナライズも可能だ。番組の冒頭部分であらかじめ選択した嗜好や、視聴者のプロファイルに保存されている嗜好、あるいはその時視聴可能な時間尺、たとえば10分で見たいといったような情報に基づいて、自動的に最適な時間にまとめられたバージョンを提供することができる。倍速でコンテンツを視聴している人々の行動からするとこれは理にかなっている。

例えばニュースコンテンツでは、個々の記事単位でテキストと写真や動画、音声をそれぞれ独立したオブジェクトとして提供する。これらのオブジェクトにはユニークなフラグが設定されており、例えば自分の住む地域の動画ニュースだけをクリッピングして見ることができるようになる。

また、画面上のレイヤーを活用することもできる。たとえばスポーツコンテンツにおいて、特定の選手に関連したインフォグラフィックスをダイナミックにレンダリングして表示するようなものだ。これは同時に画面解像度に依存しない最適化されたグラフィックスを提供することも可能にする。8K大画面で視聴していてもスマートフォンで視聴していても、前述のような特定の選手に関連したデータグラフィックスを完璧なオーバーレイで実現できるようになる。映像だけではなく、音声領域でも同様にレイヤーを使用することで、さらにアクセシビリティを向上させることができる。

ライブ・コンサートでは、現場でのリアルな体験、大型ビジョン、観客のスマートフォン、ライブ中継などに向けて、映像と音声をそれぞれ独立したオブジェクトとしてデリバリーする。推しのアーティストを自動でトラッキングや拡大したり、ミキサーアウトではないライブ感のある現場音を聞くといったと、個々の視聴者にとって最適な視聴スタイルを得ることができる。いままでのスイッチングアウトのライブ中継やマルチアングルでは得なかった体験を提供できるだろう。

OBMを利用したライブ今サイトでのサービスイメージ

OBMがその可能性を発揮するためには、克服すべき多くの課題がある。従来の制作プロセスにおいては、編集データの多くは制作過程でレンダリングなどをする際に失われてしまう。制作のためのツール内でワークフローを再構築し、この情報を保持し続けること、そしてそのデータは共通の方法で記述されている必要がある。すなわちオブジェクトと関連するメタデータを業界全体で共有できるようにし、相互運用とコンテンツ管理を可能にする1つのOBM標準を構築する必要がある。DVBはそのための標準化作業も行っていく。

放送とメタバース

IBC2022では、メタバースは決してバズワード扱いではなく、技術的な裏付けのある、現実的だが希望に満ちた挑戦として取り扱われている。DVBやEBUブースの技術担当者に話を聞き、IEEとITU-Rの公開資料などを元にして、いま欧州を中心として行われていることをまとめてみる。

メタバースは、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)を用いて、ユーザーは物理的な存在を体感しながらも、実際には仮想空間や遠隔地などのイベント、パフォーマンスなどを体験できる、没入型の、時にはインタラクティブな環境を作り出すものだ。これは当面はヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着することで実現されることになる。

メタバースは我々の生活の中で重要な位置を占めるようになると期待をもって予測されている。ビジネス、ショッピング、医療、イベント、エンターテインメントなど、様々な場面で活用され、インターネットの進化の一端を担うことになる。メタバースが本当に人々の支持を得て成功するためには、多くの革新的な技術、プロトコル、そしてイノベーションが必要となる。その中でも前述したOBMは特に重要になる。異なるメタバース間の相互運用性も必要だ。普及には時間がかかるだろうし、決して現在のリニア放送やメディアを完全に置き換えるのではなく、強力に補完するものになるのだろう。

ボリュメトリックビデオを利用した放送のためのメタバースコンテンツ制作に関するセッション
メタバースによってディストリビューションと権利の扱いが変化するというプレゼンテーション※画像をクリックして拡大

VRはメタバースにおける基盤となる技術であり、多くの標準化団体が必要なパラメータの検討を行っている。一例としてITU-Rの分科会SG6では、よりリアルに見えるためにはVR画像の画素密度を目の受容体とほぼ同じ密度にする必要があると結論付けている。目の受容体は均等に配列されているわけではなく、いわゆるVR酔いを回避する必要もあるので話は単純ではなく、これをディスプレイ解像度に換算するといくつになるかはまだはっきりしていないようだ。

ひとつ言えることは、メタバースの伝送にはギガビットクラスの高速広帯域がどうしても必要になり、5Gや6Gといった新世代のワイヤレスネットワーク技術を待つ必要がある。それは決して遠い未来ではなく8年先の2030年頃である。

IEEEでは、XMLベースの高水準言語であるX-VRMLを使用してVRを配信するためのプロトコルに長年取り組んできている。またMPEGグループは、VR映像の構築方法に関する規格であるMPEG-VRを策定している。最近ではMeta、Microsoft、EPIC GAMES、Adobe、NVIDIA、IKEA、Unityといった企業グループによる「Metaverse Standards Forum」が設立され、標準規格に基づいた相互運用性の高いメタバースの実現を目指している。

DVBはこうした動きと常に連携しながら、DVB-NIPのような次世代の標準規格を策定し、それを常にアップデートさせている。果たして日本はこうしたビジョンを持って次世代放送の検討がなされているのだろうか。

メタバース成功の可能性は様々な方法で見出すことができる。この未知でチャレンジングな取り組みに対するシンプルな分析方法は、メタバースが成功するためには何が必要なのか?という問いを立てることだ。

HMDが小型軽量化できたとしても長時間装着していても違和感がないのか、相互運用可能なグローバルな技術標準に世界が合意できるのか、必要なフォーマットのコンテンツは経済的かつ実用的に制作可能か、クリエイティブに関わるコミュニティはメタバースに肯定的な反応を示すのか、必要となる配信環境は利用可能で経済的か、そしてそもそもメタバースで過ごすことが人間にプラスになるかなど、課題は数え切れない。

もちろんメタバースはHMDが絶対に必要であるわけではないが、当面はHMDでリアルな3D映像を長時間、違和感なく楽しめるシステムを実現できるかだ。その近未来が見えたときのために、DVBは常に技術進化を見据えながら標準化作業を継続している。配信フォーマット、プロトコル、ソフトウェア、容量は、時間とリソースがあれば必ず発見、開発することができるからだ。しかし、実際に市場に受け入れられるかどうかは、ユーザーエクスペリエンスの質に強く依存する。これはまさに挑戦なのである。

このようにIBC2022では、DVBが中心となって映像の未来を常に見据えながら活動を続けていることが伝わってきた。これは技術とニーズが表裏一体となって進めていくものであり、放送や映像の未来に対する希望をその根底に強く感じることができたのである。

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