ビリー・ジョエルが80年代に歌ったベトナム戦争「グッドナイト・サイゴン」  アルバム「ナイロン・カーテン」を象徴するナンバー

ナイロン・カーテンを象徴する歌「グッドナイト・サイゴン」

1980年代はベトナム戦争を題材にした映画が数多く制作された時代だった。『プラトーン』、『ハンバーガー・ヒル』、『フルメタル・ジャケット』、『グッドモーニング, ベトナム』、『7月4日に生まれて』、『ランボー』等々、枚挙に暇がない。音楽でも、帰還兵の苦悩を歌ったブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」や、「ベトナム戦争における兵士の平均年齢は19歳だった」という衝撃的なリリックをもつポール・ハードキャッスルの「19(ナインティーン)」等、印象深いヒット曲もあった。

僕が最初に聴いたベトナム戦争に関する歌は、ビリー・ジョエルの「グッドナイト・サイゴン」だった。この曲は1982年発表のアルバム『ナイロン・カーテン』に収録されており、アナログ・レコードで言うところのA面ラストに置かれていた。『ナイロン・カーテン』は、ビリー・ジョエルのそれまでの作風とは一線を画すシリアスな内容をもった作品で、「グッドナイト・サイゴン」はこのアルバムを象徴する曲だと言える。

曲の冒頭、静寂の中を虫が鳴いている。遠くからヘリコプターの音が聞こえてくる。そこにひんやりとした悲しげなピアノのフレーズが重なる。ビリーが最初のヴァースを歌い始める。

パリス・アイランドで出会った若者たち

 僕らはパリス・アイランドで出会い生涯の友となった
 そして、鍛え上げられた兵士として
 その収容所のような場所から出て行った

若者2人がパリス・アイランドにある海兵隊新兵訓練所で出会い朋友となった。2人はそこで鍛え上げられ、戦うための兵士として戦地へ送られた。彼らはナイフのように研ぎすまされ、自らの命を投げ出すだけの忠誠心を持っていたが、同時に調教不足の馬のように震えてもいた。番号をふられた死体袋に入って戻ってくることが頭から離れないからだ。

戦場ではとにかく速く移動することを求められたが、武器で腕は重かった。送られてくる「プレイボーイ」誌。慰問にやって来たコメディアンのボブ・ホープ。そしてドアーズのテープ。マリファナのパイプを回し、神に祈る日々。信じられるのは仲間だけ。彼らは暗闇の中で兄弟のように支え合った。なんとか生きて母親に手紙を出し続けようと約束した。けれど、目の前の現実はそんな希望さえも許してはくれない。

 僕らはみんな一緒に倒れるのだ
 僕らは言った、みんな一緒に倒れるのだと
 そう、僕らはみんな一緒に倒れるのだ
  そんなコーラスが荘厳に響き渡る。ここでは生き残った者達だけでなく、死んでしまった者達の声も重なって聞こえてくる。そして、深く悲しい声が後につづく。

恐怖の中で過ごす夜、戦死した朋友たち、そして繰り返す自問自答

 チャーリーを覚えているか?
 ベイカーを覚えているか?
 奴らは少年のような顔をして墓の中にいる
 誰が間違っていたんだ?
 誰が正しかったんだ?
 戦いの中でそんな問いかけは無意味だった   悲しみが虚無を生み出す。ひんやりとしたピアノのトーンが、僕らにそう教えてくれる。アメリカ軍が昼を制圧すると、ベトナム軍は夜を支配した。敵は闇夜に光るナイフのように研ぎすまされていた。彼らは恐怖の中で過ごした。夜が6週間の長さに思えた。敵が待ち伏せしているのはわかっていた。再びコーラスが荘厳に響き渡る。    僕らはみんな一緒に倒れるのだ
 僕らは言った、みんな一緒に倒れるのだと
 そう、僕らはみんな一緒に倒れるのだ

そして、曲は終わりを迎える。ひんやりとしたピアノのフレーズ。ヘリコプターの音が彼方へと消えてゆく。静寂。虫だけが鳴き続けている。

今の時代にもつながる、ビリー・ジョエルが歌ったベトナム戦争

僕がこの歌の本当の凄さを知ったのは、大分時間がたってからだった。発売された当時はよくわかっていなかった。でも、あの頃にはもうアメリカはそういう空気だったのだろう。そして、今はよくわかる。それは僕が歳をとったからなのか? それとも、この歌をリアルに感じる何かが今の時代にあるからなのか?

アルバムは「オーケストラは何処へ?(Where's the Orchestra?)」という美しい曲で幕を閉じる。「グッドナイト・サイゴン」がレクイエムならば、これはお別れの歌ということになる。けれど、さよならを言うべき人達の姿はもうここにはない。まるで悲しみが去った後、残るのは虚無であるかように。カーテン・コールの後、椅子には誰も座っていなかった。彼らは何処へ行ってしまったのだろう?

※2017年3月11日に掲載された記事のタイトルと見出しを変更

カタリベ: 宮井章裕

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