「ありがとう、特急かもめ。」 ラストラン見届け ホームに別れの拍手

たくさんの鉄道ファンに見送られる長崎発特急かもめの最終列車=22日午後9時38分、長崎市、JR長崎駅

 「ありがとう、かもめ」-。特急かもめは22日、長崎県での60年余りの歴史に幕を閉じた。始終着駅のJR長崎駅にはラストランを見届けるため、全国からたくさんの鉄道ファンが駆け付け、別れを惜しんだ。
 午後7時過ぎ。みどりの窓口や券売機は、自由席の購入や予約分の発券をするため、長蛇の列ができていた。発車時刻が迫ると「未発券での乗客に対応します」とのアナウンス。2階ホームはカメラを抱えて動き回る人も多く、慌ただしかった。
 ホームの端に陣取った諫早市の会社員男性(50)は「息子が小さい時、一緒に乗ってよく旅行に行った。その息子も大学生になって…」と、かもめとの長い付き合いをしみじみ。長崎市平間町の泉田美保子さん(67)は「最後だと思うとなんだか寂しくなって」。この日の夕方、友人2人を誘って、急きょ佐賀まで往復乗車。長崎駅のホームに降り立ち、「楽しい時間だった。乗ってよかったね」と笑い合った。
 長崎発の最終列車の発車時刻が近づくにつれ、ホームには人だかりができていく。車両と記念写真を撮ったり、停車駅を案内する電光掲示板を動画で撮影したり。思い思いに別れの時間を過ごしていた。諫早市城見町の会社員、岡秀樹さん(49)は幼い頃から、かもめファン。「自分の人生、夢を運んでくれた存在。感謝の思いでいっぱい」。そう言って、長崎発の最終便に乗り込んだ。
 午後9時40分ごろ。車掌の笛が甲高く2回、鳴った。「ありがとう」「お疲れさま」の声、自然に湧く拍手。長崎をたつ最後の特急かもめがゆっくりと動き出した。
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 「かもめ」の名は1937(昭和12)年から東京-神戸で運行を始めた特急「鷗(かもめ)」がルーツ。戦時下での廃止や路線変更を経て、61(昭和36)年に長崎まで来るようになり、76(昭和51)年から博多-長崎に定着した。直近は787系(通称・黒いかもめ)と885系(通称・白いかもめ)の2種類で運行。西九州新幹線開業に伴い、この日廃止された。


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