ティム・バートンのセンスに近い異形への愛情 雄大な自然を背景に描く 「LAMB/ラム」レビュー

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飯塚克味のホラー道 第27回「LAMB/ラム」

先に断っておくが、実は私はノオミ・ラパスの顔が苦手だ。どこがどうという訳ではないし、綺麗な人だとは思うのだが、どうにも生理的にダメなのだ。だが、なぜか彼女が出ている映画はかなり観ている。オリジナルの『ミレニアム』シリーズや大作『プロメテウス』や、『デッドマン・ダウン』『アンロック/陰謀のコード』などのアクションも。『セブン・シスターズ』ではノオミ・ラパスがデジタル技術で一度に7人も出てきたが、それでも観に行った。彼女の作品選びは、間違いなく自分の好みと一致しているのだ。今回の『LAMB/ラム』も、海外の予告編などを観ては、早く本編を観たいと思える素材だった。

人里離れたアイスランドで羊飼いをして生計を立てている夫婦。日々、羊の育成に必死だが、ある時、羊ではない何かが生まれてしまう。二人は、その存在にアダと名付けて、自分の子どものように育て始める。

いわゆる異形の存在のアダだが、本作では何とも愛おしい存在で、夫妻が愛情を注げば注ぐほど、人のように見えてくるから不思議だ。途中で登場する夫の弟も、アダの存在を怖がったり、逃げたりもしない。ごく自然に接する姿に、アダを異常と考える自分の方が、おかしいかもとすら思えてくる。異形の者への愛情という点ではティム・バートンのセンスに近いのだが、雄大な自然が背景で、時間の流れも異なる本作は、より神秘的な雰囲気をまとい、別次元へ連れていってくれるような錯覚を覚えるだろう。

また本作にはあやふやな時代設定や、音だけが聞こえてくる画面外の出来事など、非常に面白い仕掛けがしてあるので、2回観てみると再発見があって楽しめるかもしれない。

アイスランド出身のヴァルディミール・ヨハンソン監督は『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン2(2012)や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)などで美術、特殊効果、技術部門を担当し、2013年から2015年にかけて、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの大学で、『サタンタンゴ』で知られるタル・ベーラ監督による映画制作の博士課程に在籍という、異色のキャリアを持つ。大学在籍中に本作の構想に着手したとのこと。幼少期に祖父母の羊牧場を訪れることが多かったらしく、そうした背景も映画に多くの影響を与えたと思われる。メジャー級の現場と、マイナーな巨匠から映画を学び、双方の長所が映画の持ち味になっていることは、作品を観てもらえば理解してもらえるだろう。

撮影技術の高さも圧巻だ。シンメトリー効果を狙った美しい構図や、広大な草原を捉えたショットは、映画館の大スクリーンで見るに相応しいスケール感のあるもので、ミュージックビデオやCM、短編映画などでキャリアを築いてきた撮影監督、イーライ・アレンソンの才能がいかんなく発揮されている。

北米配給を担当したのはA24。映画好きなら、アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』や、『X エックス』『ライトハウス』などでおなじみな、信頼のブランドと言って差し支えないだろう。

全米では昨年10月に公開され、コロナ禍にもかかわらず260万ドルの成績を記録。知名度のあるノオミ・ラパス主演の効果もあり、3週にわたりベスト10に入り続けた。アイスランドのインディペンデント作品としては、十分なヒットと言えるだろう。本作が日本の映画ファンにどのように受け止めてもらえるか、非常に楽しみな一本である。


飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
LAMB/ラム
2022年9月23日全国公開
配給:クロックワークス
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