夫婦はわかないことだらけ
――結婚生活の中で倦怠期、離婚寸前の夫婦という現実的な部分を描かれたのは何故ですか。
市井昌秀:
『犬も食わねどチャーリーは笑う』はオリジナル作品なのでパーソナルな部分を出さなければいけないと思ったんです。自分の結婚生活を振り返ったとき、離婚とまではいかないまでも危ない時期がありました。今作の脚本を書いているときも実は危ない時期で、そのこともあって結婚や離婚にまつわるものを描いてみたいと思ったんです。その構想をプロデューサーに相談したところ“だんなDEATH NOTE”というサイトがあると伺ったんです。そこには辛辣なことが書いてますが滑稽でコミカルな書き込みもあって、面白いなと感じどんどん広がっていきました。
――上手くいってない時期に“だんなDEATH NOTE”を読んで、さらにこんな作品を書くというのはメンタルを保つのが大変そうですが。
市井:
最初はメンタル的にきつかったですけど創作する中で妻と協力し合うことが出来、危ない時期を乗り越えられました。書き進めていく中で僕たちの関係性も修復していったので良かったなと思います。
――監督の家族の再生の物語とも重なっていたんですね。
市井:
そういう面もありました。
――田村夫妻以外の夫婦も出てきますが、ほかの方にもお話を聞かれたのですか。
市井:
取材というほどではないですが、友人などに聞いたりはしました。ですが、聞いた話を作中で描かれる夫婦・家庭に投影したわけではないです。
――結婚・夫婦の形で描かれていますが、根本としては人づきあいの大切さを描いていると感じました。友人関係・仕事関係でも、自分が伝えたいことが相手にキチンと伝わっているかは別ですから。
市井:
そうですね。夫婦はわからないことだらけで、こうだという解決はないだろうなと思っています。
――田村夫妻も小さなすれ違いの積み重ねから険悪になっていますが、その視点はどのような気付きから得たのでしょうか。
市井:
自分と妻との関係性を振り返ったとき、思いやりと考えての行動からでも齟齬が生まれているなと思ったんです。例えば、衣装ケースから靴下を取ろうとして落とした時に「ちゃんとしまっておいてね」と注意を受けイラっとしてしまう。ちょっとしたことですが先行して言われることに腹が立つということが僕ら夫婦にあって、それはどの夫婦にもあると思ったんです。
――「やろうと思っていたのに。」ということですね。
市井:
そうそう(笑)。
――注意している方も悪気があるわけではなく、「忘れないでね。」くらいの気持ちなんですけど、受取手が過剰に反応してしまうことはよくあることですから。
市井:
生活しているとその前のことを引きずってしまって、別の怒りをここに持ってくるということがありますよね。そういうものを本作に落とし込みました。
皆さんに用意していただいたものを受け取って
――シリアスとコメディのバランスが素晴らしかったです。物語のバランスはどう意識されていたのですか。
市井:
ありがとうございます。コメディ映画を撮りたいと考えてはいますが、結果として笑いが生まれるものになればいいなと思っています。なので、コメディにしたいと意識してしまうと理想とする作品にならないので、目の前で本当に起こっている出来事という意識だけは大切にしてます。
――確かに、本作ようにドラマも重要な作品では、コメディを強く押し出されてしまうと観ていて冷めてしまいますからね。だんなDEATH NOTEを題材にしてるので男性目線では心に来るエグイ言葉もありますが、この自然な笑いから重たい気持ちにならずに楽しむことができました。
市井:
良かったです。
――表情の撮り方も凄く素敵だなと感じました。演出・演技指導の面で役者の皆さんとお話しされたことはあったのでしょうか。
市井:
演出というほどのことはしていないです。今までの作品ではキャラクターの履歴書のようなものを書いて渡していたのですが、そうすると演技を制約してしまうと思ったので今回は辞めました。
――想像の余地を残せるようにしたんですね。
市井:
そうです。それぞれのキャラクターのバックボーンを軽くお伝えしましたが、文字にしてしまうと良くないなと思ってきたので会話でお伝えするくらいで押さえました。香取慎吾さんも岸井ゆきのさんも、いざ演じていただいたら田村夫婦になっていました。
――二人のくたびれた感も含めてよかったですね。
市井:
素晴らしかったですよね。皆さんに演じていただいたものを受け取って、「僕の好みはこうなんです」とニュアンスを伝えるくらいでしたね。
――その方法がばっちりハマっていて、自然な演技でした。
市井:
そういっていただけて良かったです。
乗り越えてしまうと「こんなくだらないことだったんだな」と思えてしまいます
――作中で気になったこと点でいうと「システム」に対しての考え方です。日和がいう「システムは乗っかてしまえば楽なモノのはずなのに。」という台詞が印象的でした。
市井:
自分で物事を考えなくなるのは怖いなと思っているんです。以前、TVを見ていた際に「なぜ支持するんですか。」みたいなインタビューがあって、「いま主流だから」「ほかを知らないから」と答えている方がいて、怖いなと思ったんです。そういうことはほかにも沢山あるなと感じていたので出た台詞になります。
――システムというものは過去の経験から作られたものですが、それが今に合っているわけではないですからね。時代やその時・その人の状況によっては、システム通りにすると悪くなることもありますから。
市井:
そうなんです。
――今作では同性愛のカップルだったり、パートナーがずっと入院していて一緒にいれないけどお互いに通じ合っていたり、結婚に限らず繋がっていることの良さを打ち出しているのも深いなと感じました。
市井:
どういう形がいいかは人それぞれで、結婚が最適解かと言われればそういうわけではない方もいますからね。
――好きだから結婚しなければいけないという訳ではないですからね。田村夫妻は子供もいないですし、二人とも働いていますから、お互いが納得できるのであれば離婚してもいいんですよね。そんな中でスグに離婚とならず、システムに対して疑問を持つ、危機にどう対峙するかを模索している二人の姿が人間らしくていいなと思いました。
市井:
ありがとうございます。
――猛禽類が一度ツガイになると離れないけどフクロウは違うというのも今作を象徴していましたね。田村裕次郎の「俺たちよりひどい。」というのもいい落ちでした。オシドリもずっとツガイが変わらないと勘違いされていますけど実は違いますからね。
市井:
実は毎年違うらしいですね。
――夫婦をフクロウが見ている姿にちょっとしたホラー感もあって作品にいい緊張感がでていました。フクロウにしようというのは最初から予定していたのですか。
市井:
はい。チャーリーは、ホームセンターのペットコーナーで売れ残っているのを独身時代の日和が飼ったものなんです。
――そうなんですね。
市井:
『犬も食わねどチャーリーは笑う』の小説版もあって、そこではチャーリーを飼った経緯など少し前のことと、映画の少し先の物語も書いているんです。
――その話を伺うと小説も読みたくなりますね。
市井:
ぜひ。映画と合わせて読んでいただけると嬉しいですね。
――監督が考える結婚の良さ・難しさは何ですか。
市井:
難しいですね。裕次郎の「こんなくだらないことを聞いてほしかった、話してほしかった」という台詞が僕の本音かもしれないですね。僕らの夫婦は本当にくだらないことを話している関係なんですけど、そういうことを話して笑い合えるというのは素敵だなと思っています。お互いに経験したことを伝えたいと思える人がいることは良いなと思うんです。それが全てかな。
――いいですね。
市井:
今は同居していますけど、単身赴任だった期間も長かったんです。一緒にいない時間も多かったからこそ、単純にこんなくだらないことを話し合える相手が居るというだけでありがたいなと思います。難しさは何でしょうね。パッとは思いつかないんですね。もちろん、危機というか不穏な空気が出ていた時期もありますけど。乗り越えてしまうと「こんなくだらないことだったんだな」と思えてしまいますね。
――田村夫婦からもそういう空気感を感じました。
市井:
ありがとうございます。みなさんもお互いを振り返るきっかけになってくれると嬉しいですね。
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