チタン合金に火星のレゴリスを混ぜれば強度を高められることが判明

【▲ 図1: 将来的な有人火星探査計画における課題の1つは、宇宙飛行士が長期的に滞在する際に必要とされる様々な部材の調達方法です。 (Credit: NASA)】

宇宙にモノを打ち上げるというのは、宇宙開発が始まって以来ずっと続いてきた大きな課題です。例えばNASA (アメリカ航空宇宙局) のスペースシャトルは、1kgのモノを地球周回軌道へ投入するのに5万4000ドルもの費用がかかったと言われています。地球の重力圏を脱出した先にある月や火星にモノを送り込もうとすれば、さらに費用が掛かります。

近年の技術開発は宇宙へモノを打ち上げるのに必要な費用を少しずつ圧縮していますが、依然として高額であることに変わりはありません。特に、有人火星探査や月面基地の運用など、人間が宇宙に長期間滞在するための拠点を維持するには、その場で得られる資源を活用することがほぼ必須といえます。交換可能な機械部品の修理や、そのために必要な道具を地球から調達しようとすれば、費用も時間もかかるからです。

ただし、月や火星の表面にあるレゴリスは、部材を作るのには不向きであることが知られています (※) 。レゴリスは極めて細かい砂のような物質です。乾いた砂では砂の城を作れないように、そのままでは月や火星のレゴリスを固めることはできません。レゴリス同士を結合させるには工夫が必要ですが、地球で伝統的に行われている方法は月や火星では不向きです。例えば、セメントやその原料は月や火星にはないので、地球から運んでいく必要があります。陶器の伝統的な製造方法である熱を利用した焼結は、炉全体を加熱するために大量のエネルギーを必要とするため、そのエネルギー源となる燃料や電力の調達方法もまた課題となります。

※…今回の解説内容における月や火星のレゴリスとは、正確には月や火星に存在するレゴリスの化学成分を模して作られた人工物や、それらに近い組成を持つ地球の岩石を粉末状にしたものです。

ワシントン州立大学のAli Afrouzian氏らの研究チームは、火星で十分な強度を持つ部材を作るための方法を研究し、論文にまとめました。この研究は、2011年に同大学で行われた、3Dプリンターで月のレゴリスから部材を作る方法を応用したものです。

火星と月の環境は、地球よりもはるかに希薄かほとんど存在しない大気と、地球よりも小さな重力という点が共通しています。普通の3Dプリンターは部材を成形するために粒子状の固体を噴射するため、抵抗のない真空空間と微小重力の下では粒子が狙った場所に落ちなかったり、浮遊して飛び散ってしまったりといった悪影響が生じる恐れがあります。そこで2011年の研究では、レーザーを利用してレゴリスを焼結させる方法が開発されました。レーザーの光エネルギーを直接熱エネルギーに変換できるため、伝統的な陶器の製造方法で課題となるエネルギーの問題を克服できます。

今回の研究では当時の研究を応用しつつ、月のレゴリスで発生した課題を克服することも意図されました。レゴリスのみを焼き固めた部材は、冷えて固まると熱収縮して、シワやひび割れが生じます。これは部材の強度を低下させるだけでなく、適切な寸法を維持できないという課題ももたらします。

そこで今回、研究チームはレゴリスと混合して焼結させる物質として、チタン合金の一種である「Ti6Al4V」に着目しました。1950年代に開発されたTi6Al4Vは航空宇宙業界で長年多用されているチタン合金であり、その特性はよく理解されています。ただし、ケイ酸塩鉱物が主体のレゴリスと、様々な金属元素の混合物であるTi6Al4Vでは、熱伝導率や熱収縮の度合いが異なります。そのため、熱特性の違いが部材にどのような影響を与えるのかについては未知の点が多くありました。

【▲ 図2: Ti6Al4Vと火星のレゴリスの混合物をレーザー焼結した後の表面の画像。 (A) Ti6Al4V+火星レゴリス5%のものは、 (B) Ti6Al4V+火星レゴリス10%のものや (E) 火星のレゴリス100%のものと比べて表面が滑らかです。(Credit: Afrouzian, et.al.)】

【▲ 図3: 今回の実験材料の耐摩性試験結果。 (A) Ti6Al4V100%、 (B) Ti6Al4V+火星のレゴリス5%、 (C) Ti6Al4V+火星のレゴリス10%、 (D) 火星のレゴリス100% で比較すると、BはAよりも優れている一方、Cは表面が割れてしまい、基盤まで削られてしまっていることが分かる。 (Credit: Afrouzian, et.al.)】

研究チームは、Ti6Al4Vに対して火星のレゴリスを5%混ぜたものと10%混ぜたもの、それに比較用として火星のレゴリス100%のサンプルを用意し、レーザー焼結を利用する3Dプリンターを使って2000℃の高温で焼き固め、その外観や特性を比較しました。

すると、100%レゴリスのサンプルは予想通り熱収縮によるシワやひび割れ、表面の泡立ちが生じたのに対し、Ti6Al4Vにレゴリスを混合したサンプルはそのようなダメージがほとんどない状態でした。また、レゴリスを5%混合した材料は、ビッカース硬さや耐摩性が純粋なTi6Al4Vよりも高くなることもわかりました。これは、火星で十分な強度の部品を作る手段として、Ti6Al4Vとレゴリスの混合物が有用であることを示す結果です。ちなみに100%レゴリスでできた部材も、例えば基地を覆う放射線遮蔽壁といった、ひび割れが問題にならない用途であれば使うことが可能です。

今回の研究では、火星で十分可能な方法を使って、強度の高い部品を作ることに成功しました。Afrouzian氏らは、この研究は始まりにすぎず、今後は様々な材料や3Dプリンター技術を組み込むことを試みる予定だとしています。もし成功すれば、より効率的な高強度材料の作成方法を発見することにつながるかもしれません。

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文/彩恵りり

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